第2話 娼館の用心棒、奮闘中。


 天空の主人が太陽から月に変わった頃、カメリアの花園の扉が開かれる。お忍びでやってきた貴族がひとり。旅商人がひとり。傭兵が三人。豪華な馬車で乗り付けた商団主がエントランスの端に立つ私に目を止めた。

「……お、すっごい美人じゃないか。いくらだ?」

 私に近寄ろうとしたけれど、女将さんが扇を振って遮る。

「生憎、その子は売り物じゃないんだよ」

 私は黒いブーツを履いて男装しているし、帯剣しているから、娼婦ではないと一目でわかるのに、声をかける客は多い。

「初物か? 二倍、払うからいいだろう」

 たった二倍?

 儲かっている商団主なのにケチじゃね?

 メラニーを狙うなら一〇倍から始めな、と私は心底で語りかけて、自分がすっかり娼館のカラーに染まったことを知る。父や兄が知ったら憤死するかもしれない。……ん、一番びっくりしているは私自身かな?

「用心棒、やっておしまい」

 女将さんに了解をもらった。

 よし、商団主だから剣は抜かない。

 渾身の背負い投げ。

 ドスッ、と我ながら華麗に決まった。

「……え?」

 商団主は狐につままれたような顔で伸びている。

「お客様、ここは浮世の憂さを晴らすところ。綺麗な花と気持ちよく遊んでください」

 私はズラリと並んだ娼婦たちに手で示した。瑞々しい花から枯れる寸前の花まで、各種取り揃えている。

「……よ、よ、用心棒?」

「私に惚れちゃいけません。高くつきます」

 私がドヤ顔で決めると、商団主は降参したように息を吐いた。

「……参った。惚れた」

 ポンッ、と商団主が私に向かって差しだしたのは金貨で膨れ上がった巾着袋だ。女将さがやり手婆に変化し、私も感化された。

「ご希望の花をお聞きしましょう」

 私が金貨分の笑顔を向けると、商団主は並ぶ花を一瞥した。

「どの花がおすすめだ?」

 商団主に聞かれ、私は花としてはギリギリのジャスミンに視線を流した。彼女は三人の子供を養うため、ひとりでも客を取ろうとしているシングルマザーだ。女将さんを筆頭に誰もがジャスミン一家を助けようとしている。

「ジャスミン」

 私が高らかに呼ぶと、ジャスミンから感謝の笑顔を注がれる。商団主も気に入ったらしく、二階の部屋に上がっていった。

 これで一件落着。

「メラニー、お見事」

 女将さんは金貨を確かめ、最高のえびす顔。

「メラニー、よくやった。ありがとう」

「メラニー、お嬢様のくせにたいしたもんだ」

 娼婦たちは歓声を上げ、私にキスの嵐。

 記憶が正しければ、私のファーストキスは小悪魔・デイジーだ。

「女将さんたちのおかげです」

「何を言っているんだい。あんたが来てから、うちはいいことばかり。花たちの顔も明るくなった」

「チップ、たくさんもらいましたよね? カカオや砂糖を買って、ケーキやパイを焼いてもいいですか?」

 質のいいバターや新鮮なミルク、小麦や卵などの食材は安いのに、カカオや砂糖がとんでもなく高い。蜂蜜を使っていたけど、メレンゲを泡立てたふんわりタイプのケーキには砂糖を使いたい。みんなに食べて喜んでほしいから。

「いいよ。花が太らない程度に焼いておくれ」

 女将さんに注意されたように、私のスイーツで横に成長している花が多い。

「……あ、それが難しい……いや、ダイエットスイーツを作ればいいか」

 困った客はいるけれど、客筋は悪くない。女将さんがきっちり客を選んでいるからだ。娼館では高級な部類に入る。国境の近くにあるから、高位貴族のお忍びが多いし、隣国の客も珍しくない。地元民は少なく、旅商人や傭兵、騎士が多かった。

 この調子だったら予定より早く、メラニーを買った金を返済できるかもしれない。そんな期待に胸を弾ませていた頃、メラニーの婚約者を名乗る若い男が現れた。

「メラニー、あんなに愛し合ったじゃないか。俺を覚えていないのか?」

 熱っぽい目で抱きしめられそうになり、私は慌てて身を躱した。

「記憶を失いました。どこでどんな愛を育てたのか、教えてください」

 私は隣に立つ女将さんを横目で見ながら言った。すぐに人を信じるな。これが生き抜くための鉄則。

「帝都で出会って、一目惚れした。結婚の約束をしたけど、メラニーの親父が怒って反対したんだ。娼館に売るとはひどい」

 切々と訴えられ、私は引きこまれそうになる。

「私の父は何をしている人ですか?」

「メラニーの父親は貴族だ」

「名前は?」

「……あ、え、あ、カーナル男爵」

 少しでも言い淀んだらアウト。

「嘘ですね。そこまでにしましょう」

 私が溜め息混じりに言うと、終始無言だった女将さんが初めて口を挟んだ。

「鍛冶屋のラノフ、買い物中のメラニーに一目惚れして、探っていたんだろう? 記憶喪失で家族を探していると知って、馬鹿な真似をしたんだね?」

 私が記憶喪失で素性を知りたがっていること、こういったリスクを考慮し、知っている人は限られている。ただ、隠していたわけではない。口コミは最強だから。

「……お、俺は……メラニーの婚約者だ。迎えに来た」

「ラノフ、おやめ。貴族の名を使ったら牢屋行きだよ」

 女将さんに切々と宥められ、ラノフは泣きながら去っていった。私は言葉では言い表せない悲哀を嚙みしめる。

「……これで三人目」

 メラニーの婚約者を名乗る偽物が三人現れ、女将さんの炯眼で排除された。私だったら騙されていたかもしれない。

 過ぎし日、製菓学校に進学したいと言ったら、父や兄に罵倒された。

『世間知らずの馬鹿、そんなところに進学してどうなる? 行きたいなら自分で行け』

 父につけられた傷が抉られた感じ。

 庭先のハーブに水をやりながら大きな溜め息が漏れる。

「メラニー、どうした? 黒い靄を出しているよ」

 ポンッ、と肩を叩かれて、振り向いたら魔女のレオノーラがいた。令和の私がイメージした魔女のように漆黒のローブ姿だけど、紫色の髪と瞳の美女。

「……あ、レオノーラ? いらっしゃい」

 魔女といっても魔力で怪しいことをする存在じゃない。医師が匙を投げた病人を治癒したり、失せ物や行方知れずを探したり、魔道具を発明したり作ったり、魔力で常人にはできないことをする存在だ。

 私も調べられたけれど、娼館の人たちにはいっさい魔力がない。魔力持ち自体、稀だという。

「マーガレットが体調を崩したんだろう。診てきた」

 娼館の花にとって、魔女は心のよりどころだ。望まない妊娠を止め、口にできない病気を治癒してもらっていた。

「マーガレットはどうでしたか?」

 清楚な娼婦は客が途切れないけれど、本人が優しいだけに諸刃の剣。上得意の貴族の横暴に耐え、疲弊していることは知っていた。

「過労だ。三日、客を取らずに休ませておやり」

「わかりました」

「……で、用心棒には何があったんだい?」

 魔女には誤魔化そうとしても誤魔化せない。三人目の偽物に関して話すと、神妙な顔つきで唸った。

「記憶の件、医師にも魔法師にも診てもらったんだな?」

 女将さんの好意で信頼できる医師や魔法師を紹介してもらった。もっとも、どちらもお手上げみたい。

「いずれ、思いだすだろう、って宥められた」

 私がメラニーに憑依したんだから記憶喪失で当然。……うん、当然なんだけど、何か見えないかな?

 とりあえず、メラニーの素性が知りたい。

「私もメラニーを診て……経過を観察していた。まだはっきりしたことは言えないけれど、その記憶喪失は魔力によるものかもしれない。私の手には負えん」

 予想だにしていなかったから、へたり込みそうになった。

「……魔力で記憶喪失? どういうことですか?」

「魔女の禁じ手」

 記憶の封印、とレオノーラは無間地獄を覗いたような顔で続けた。今までこんな表情を見たことがない。それまでの魔女のイメージが覆されるぐらい活発なタイプだったから。

「禁じられている魔法ですか?」

「魔女は人の記憶を消すことができる」

 魔女が人を殺せることは知っていたけど、記憶を消せるとは知らなかった。控えめに言っても重罪。

「それは罪」

 私が感情をこめて非難すると、レオノーラは悲痛な面持ちで言った。

「人は耐えがたい出来事で苦しみ、命を絶ってしまう時がある。魔女は人を救うため、記憶を封印する」

 悲惨な過去を乗り越えられず、死を選んだ娼婦の命日を聞いた。メラニーも辛すぎる現実に心が壊れ、魔女が記憶を封印したの?

「……あ、どこかの魔女がメラニーの辛い記憶を消した?」

 魔女がメラニーの記憶を封印したから、異世界で死んだ私が入った? そういうこと? ……んん、しっくりしない。

「黒魔法の一種だ。禁じ手だから、一度使ったらペナルティを食らって魔力を失う」

 魔女には独自の戒律があること。破れば厳しい処罰を受けること。私も娼館で聞いたことがある。

「……なら、メラニーの記憶を消した魔女は魔力を失った?」

「帝国内外あわせても魔女は少ない。稼働中の魔女は全員知っている……が、ここ数年、引退した魔女はひとりもいない」

「レオノーラの知らない魔女がいた?」

「それは考えられない。魔女が権力者に悪用されないため、皇室専属の大魔女の指導の下、横の連携がある」

 皇室専属の大魔女の噂は毎日のように話題に上る。彼女が発明した避妊薬や婦人病治癒の薬は命綱。

「皇室専属の大魔女が一番強いんですか?」

 大魔女ならばメラニーの身体に私の魂が入っていることに気づくかな? 正直に明かしたらなんとかなる?

「大魔女は私の師匠だ。近々、帝都に行く用事があるから会って、メラニーについて相談する」

「ありがとうございます」

 レオノーラを見送った後、私は気合を入れるように自分の頬を叩いた。落ちこんでも仕方がないのはわかりきっているから。




 翌日、メラニーの婚約者が現れたけど、四人目の偽物だった。女将さんがいなかったら、騙されていた可能性あり。

 へこんでいる暇はない。

 夜の女神が支配する時間は花園の稼ぎ時。

「いらっしゃいませ。ご無事で何よりです」

 紫水晶と魔石で造られた照明の魔道具の下、女将さんがすべての花を従え、生花で溢れかえるエントランスでお出迎え。

「女将さん、会いたかったぜ」

「勇猛果敢な騎士様たちのため、最高の花が揃っています。遊んでやってくださいませ」

 北方騎士団は最高のお得意様。

 綺麗に着飾った花たちに吸い寄せられていく。

 けれど、若い騎士がひとり、柱の陰に立つ私の顔を凝視して離れなかった。北方騎士団の騎士は帝国内最強と呼び名が高い。

 まともにやったら一瞬で負ける。そんな確信があった。

「……美人だな。俺はエルドレッド」

 親しそうに名乗りながら距離を詰められ、私は女将さんを横目で眺めながら一礼した。

「ありがとうございます」

「ハニーブロンドに琥珀色の瞳……どこかで会わなかったか?」

 顔をまじまじと見つめられ、私は苦笑を漏らした。花園では毎日あちこちで耳にする鉄板セリフ。

「エルドレッド様、口説いているんですか?」

「……違う。どこかで見たような気がする……貴族だよな?」

 北方騎士団は実力主義だから平民の騎士が多い。けれど、目の前の若い騎士は貴族だと確かめなくてもわかった。容姿ではなくちょっとした仕草からして違う。これ、女将さんの教育の成果。

「……あ、もしかしたら、会っているかもしれません」

 メラニーを見かけた貴族子弟かもしれない。逸る気持ちを押さえ、冷静に切り返した。

「戦場で会ったか?」

「戦場にいたとは思えませんが、いたのかもしれません」

 実は記憶がないのです、と私はそっと耳打ちした。

「……戦場以外で俺がいるところ……若い女性……領地……皇宮……あ、ハニーブロンドで黄金色の瞳は彼女だ」

 若い騎士は記憶を辿るような目で呟いた後、思いついたように指を鳴らした。心なしか、周りの空気も一変する。

「心当たりがあるのですか?」

「皇太子殿下の婚約者であるカーライル公女だ。ほら、アイリーン嬢……だけど、剣を持てるような女性じゃない」

 娼館でも次期皇后の話題は上るけど、剣を振り回す私とは真逆の淑女だ。年下の皇太子が生後三か月の時に婚約し、皇太子妃候補になったという。『高慢な令嬢』と『淑女の鑑』と評価は真っ二つに分かれる。

「はい。絶対に違うと思います」

「……そういや、だいぶ前から婚約破棄の噂が流れている」

 思いだしたように触れた噂は、私の耳にも届いている。下々にとって、高貴な方々のスキャンダルは大好物だ。

「皇太子殿下とカーライル公女の婚約破棄は難しいのではないですか?」

 カーライル公爵家は帝国序列第一位の名家であり、長女のアイリーン嬢は他国の王女の血を受け継いでいる。

「それが、皇太子殿下がアイリーン嬢の妹と浮気して、アイリーン嬢も専属騎士と浮気して、陛下もご立腹と聞いた」

 あのカタブツの殿下が、とエルドレッド様は独り言のように続けた。

 幼過ぎる頃に決められた婚約は成長とともに破婚を招きかねない。それでも、表向きは体裁を繕うのが貴族だという。お忍びでやってくる貴族の愚痴は判で押したように同じ。

「てっぺんの方々はわかりませんが、私は没落貴族だと思います」

「没落貴族でも帝都の貴族院で調べられる」

 貴族ならば爵位を持たない下位貴族であれ、誕生してから半年以内に帝都の貴族院に出生届を出す。貴族録に記されてこそ貴族だ。

「メラニー、だけで調べられますか?」

「没落貴族の私生児だったら、登録されていない」

 婚外子は爵位を継ぐこともできないし、貴族録に登録することもできない。ただ、抜け道はある。正妻に子供が生まれず、手続きを踏み、婚外子を跡取りにした家門は珍しくない。

「あぁ、そういうケースもありますね」

「まぁ、カメリアの花園にすごい美人の用心棒がいると騎士団で評判になっている。結婚するのもありだと思うぜ」

 エルドレッド様に熱く見つめられ、私は営業スマイルを浮かべた。

「ありがとうございます」

「俺と結婚するか?」

 手を握られ、甲にキスされた。

 胸きゅんどころか、背筋が凍りつく。

「客の結婚話を信じてはいけない、と教育されました」

 結婚話につられて紅涙を絞った娼婦の話には枚挙に暇がない。コロリと落ちたら、生き地獄行きの暴れ馬に引きずられるようなもの。

「……ははっ……俺は婿にするには最高だと思う。大切にするぜ」

「時間が勿体ないです。花を選んでください」

 いつの間にか、お仲間の騎士たちは今夜の花を選び、部屋に消えている。女将さんの隣で指名を待っているのは、容色の衰えた花や言動に難のある花ばかり。

「メラニーを見たらどんな綺麗な花でも選べない」

 手を握られそうになったので、素早く躱した。

「私は用心棒です。客のお相手はしません」

 女将さんの攻撃OKサインがないから、自分で対処しなければならない。……ん、危なくない男なのかな?

「わかっている。……あぁ、もしかしたら、父上に貴族録を見せてもらえるかもしれない。頼んでみるか」

「貴族録?」

「あぁ、帝都の貴族院で手続きをすれば、誰でも貴族録を閲覧できる。父の承諾があれば、ここで見られるからさ」

 スッ、と書籍型の通信の魔道具が差しだされた。……や、単なる魔道具じゃなくて、iPadみたいな優れもの。皇族や高位貴族、有力騎士団の団長など、帝国の主要人物しか持てないレアアイテム。

 どうして、エルドレッド様が持っているの?

「エルドレッド様、どこのご令息ですか?」

「嫁になるなら教えてやる」

 ウインクを飛ばされ、私は苦笑を漏らした。

「娼館の用心棒を嫁にできない立場のくせに、そんなことを言うんじゃありません。愛人はいやです」

 娼婦と結婚しようとする貴族はいない。たとえ、本気でも家門の反対にあえば娼婦を捨てるだろう。カメリアの花園でも吐いて捨てるほど転がっている話だ。客に本気になるな。貴族の話を真に受けるな。基本中の基本。

「爵位を返上していても、私生児でも、どこかの養女に入れば結婚できる」

 エルドレッド様は楽しそうに喋りながら、通信の魔道具を操作した。青く光ったり、赤く光ったり、父親の魔道具と繋がっているみたい。

「婚約者がいるくせに」

 エルドレッド様の年頃ならば、婚約者がいないほうが不自然だ。皇帝陛下が一二歳で結婚しているから、すでに妻子持ちでもおかしくない。皇太子殿下も今年、挙式が予定されている。

「婚約者はいないから安心しろ……あ、父上から承諾をもらった。貴族録を調べられるぞ。生年月日は?」

 エルドレッド様に興奮気味に言われ、私も思わず勢いこんだ。

「メラニー、という名前以外、わかりません」

「メラニー、ファーストネームだな?」

 貴族ならばセカンドネームを持っている。普段、あえて、ファーストネームを使わない貴族もいると聞いた。娼館は意外なくらいやんごとなき人々の情報が飛びかう。

「わかりません」

「……メラニー……メラニー……んんんんんんんん……ちょっと見てくれ」

「拝見します」

 序列第一位のカーライル公爵家を筆頭に、家門ごとに記載されているから、メラニーという名前を探すだけでも大変だ。

「……メラニー、あった……あ、三〇歳の夫人? ……私、三〇歳には見えないですよね?」

 やっとメラニーを見つけたと思ったら、どう考えても私じゃない。

「……その三〇歳のメラニーなら知っている。皇后陛下の専属侍女だ。グレンフェル伯爵夫人」

「絶対に違う」

 結局、一晩、エルドレッド様と一緒に高性能の魔道具でメラニーを探した。けれど、それらしいメラニーはとうとう見つけられなかった。

 没落貴族の私生児かもしれない。

 朝、エルドレッド様は濃い目の紅茶を飲んでから言った。

「メラニー、俺はちょうど帝都に帰るから聞いてみるよ」

「ありがとうございます。ただ私を売った家族らしいので……」

「……あぁ、気をつける」

 エルドレッド様や北方騎士団を見送った後、私は満足そうな女将さんに尋ねた。

「女将さん、エルドレッド様が何者か知っていますか?」

「ほかの騎士から仕入れた情報によれば宰相の三男」

 エルドレッド様が父上と呼んでいたのは宰相? 想像以上のお坊ちゃまに私は驚いた。

「宰相の息子が近衛騎士じゃなくて北方騎士団?」

 名家の子息ならば入団先は近衛騎士団、もしくは第一騎士団と決まっている。最前線に駆り出される北方騎士団は避けるという。

「皇宮で名家の令嬢相手にやらかしたらしい。末っ子だから甘やかされたみたいだ」

 エルドレッド様の言動を思いだせば納得する。

「やらかした……わかります」

「まぁ、騎士としては申し分ないらしい。騎士団でも慕われている」

 エルドレッド様が実力主義の騎士団でどんな立ち位置にいるか、わざわざ確かめなくてもわかる。辛口の女将さんもエルドレッド様には甘くなるみたい。

「なんとなくわかります」

「メラニー、家族がわかればいいね」

「はい」

「こんなことを言うのもなんだけど、あんたを売り飛ばした家族だからね。会う時は私も一緒に行くから」

 つい先ほど、二番人気のマーガレットの父親が乗りこんできた。売り飛ばした後も、マーガレットから金目の物を奪おうとするから叩きだした。娘を金蔓としか考えていない父親が多い。女将さんの胸で泣きじゃくるマーガレットに胸が痛んだ。

 頑固一徹で男尊女卑な父親でも私を売ったりはしなかったな、って。

「わかっています。ただどんな家族か、私がどんな人生を送ってきたのか、知りたいだけです」

「メラニー、あんたの気持ちはわかるよ」

 女将さんに優しく抱かれ、私は甘えるように顔を摺り寄せた。ほとんど覚えていない母を思いだす。小悪魔・デイジーが言っていたように、甘えなきゃ損だ。

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