【述怪】顛末と断片の話(OB・井坂)

 平枝、お前顔色だいぶマシになったな。目つきが悪いのは変わんないけど、色合いが違う。血色がいい。一時期コピー紙みたいな顔色してたもん。良かったよ元気になったんなら、あんまり俺の人生には関係がないけど。

 留年したんですかって、初っ端からひどいこと言うなよ。俺はちゃんと卒業したよ。ほら、家も就職先もこっちだからさ。気軽にOB風吹かせにこられんの。吹かせにきたらサー室誰もいなかったから、こうやって喫煙所で暇潰してる。留年したやつはまあ、いるけど。俺そういうとこは真面目なんだよ。


 そういやお前、煙草吸い始めたのか。喫煙所ここで会うの、初めてじゃないか。

 いや、吸ってること自体は聞いた。酒井サカイが忘年会のときに下級生たぶらかして煙草教えてたって……あ、違うのか。納井に教わったの? あいつら名前も顔も似てるからな、その辺の適当なあれだろ。だからそんな怖い顔すんなよ。目がさあ、道端に落ちてるゲロ見るときと一緒なんだよ。そういう目を人に向けるなよ、傷つくから。間違ったのはあれだ、俺の落ち度だけど。

 確かに納井と一緒だな、銘柄。じゃあお前で三人目だ。酒井も同じやつ吸ってたからな。煙草の趣味が合うのは良いやつだよ。……だからなんなんだよ、さっきから。やめろよな、俺が後輩いじめてるみたいだろ。笑えよ。辛気臭い方にばっかり表情豊かな一面を見せるんじゃないよ。


 そういやさ、今回の部誌でやらかしたんだって?


 OBさんと新部長がさ、こないだの会合の後で愚痴ってたよ。合宿の怪談会、あれ記事にしちゃったのがこう……ちょっと偉い感じのOBさん方から不評だったみたいな。ご法度だったって話だけど、引継ぎが上手くいってなかったって話。さすがに再発行って訳にもいかないから、今回はお咎めなしで次回から禁止だってことだけど。まあねえ、所詮学生のお遊びの記念品で発禁回収なんて対応もしないだろうし。よそに売ったら別だけど、な。

 企画したの誰だっけ、酒──納井か。一応謝りに行ったってさ。お前は聞いてないってのはあれだ、お手伝いっていうか下請けだから見逃されたんだろ。


 何でご法度かっつったら、あれよ。よくないことが起きるから。シンプルだろ。


 お前、作業で話聞いてたんなら久野さんの話も分かるだろ。あの人、大体言ってること合ってたんだよ。

 ちょっとよくないことがあったのも、それを受けて怪談会自体も止めてた時期もあったってのも、趣味の悪い思い付きをやった先輩方がいたのも、本当。架空の先輩と怪談作って遊ぼうぜ、みたいなやつな。それが致命的だったみたいなこととか、ね。そっちの方はOBさんから新部長が直聞きしてたけど。

 古いやつしか知らないんじゃないか、それこそ……引き継いだってなあ。今年は丸川さん入院してたしね。あの人二十八期だから、知ってる中で一番古くて顔出してる方だよ。その辺で一回、デカめのあれこれがあったらしくてさ。さすがに全部は教えてもらえてない。ほら俺役職とかないし。ヒラだから。だからこそ色んな人が余計なこと話にくる、ってのもあるけど。王様の耳の話を吹きこまれる穴だよ。

 二十年くらい前に肝試しやめたのもその辺の流れだっては言ってたな。あそこの神社のせい、とは限んないけど、そういうことが起こるんならって町の人とこっちの役員連中で取り決めてな。宿泊施設は変えないんですかって、あそこは安いしな。うちみたいな大所帯──それこそ小学校のクラス一つ分くらいは行くからな。この人数で融通利く場所ってそんなにないんだよ。そもそもほら、昭和の頃からの交流だから。サークルの伝統だよ、今更俺らがどうこうできるもんでもない。

 それでも一番やらかしたの部誌は欠番扱いにしたんだよ。怖かったんだろうな、先輩がた。や、憶測だけど。


 七年に一辺くらいの頻度でやらかす、みたいなこと言ってたな。OBさん。や、フォローのつもりだと思うよ、多分。オリンピックより感覚が遠いんだからさあ、普通の人はあんまり覚えてないよな。

 暗黙の了解とか言って黙ってたら、思いの外みんな黙り過ぎて忘れちゃうんだよ。だからしょうがない一面もあるっていうかさ。そんな具合だろ。


 やると悪いことが起きるからやらなかった、それはそうなんだけど……ただ全くやらずにいた時期もそんなに長くなかったんだよ。

 完全に、公式の行事として中止したらこう、知らんところでやっぱりその、架空の先輩の話をするやつが出るんだとさ、何でか。その度にほんのりよくないことが起きたりして、何でだって色々調べたら別室で新入生が集まってそういうの自主的にやってましたみたいな。

 だったらまだ目の届くところでやられた方がマシだってことでな。折衷策としての怪談会なんだと。どういうわけか最低限話してさえいれば何ともないから、ってことで。匙加減が微妙だよなあ。誰の匙かったら分かんないけど。


 放っておくとやらかす、きっちりやり過ぎてもやらかす。じゃあ、被害を出さずにお互い譲歩できるとこまで、って話だな。人付き合いと同じだよな、そういうとこ。


 今回はあれだ、色んなもんが重なったのがまずかった、みたいなことだったかな。録音と、文章化。話しちゃいけない話は分かんない、それはほら、これだって分かるもんでもないだろうし。それでも怪我人とか病人とか失踪者は出てないから。だから、お咎めなし。決まりは破ったけど、セーフ判定。


 だからさあ、毎回嫌な方向に表情作んのやめてくれよ。何、煙が目に染みてんの? 俺が地雷踏んでんの? あんま繊細なこと言うなよ、俺基本が雑なんだからさあ、悪かったって。──あ?


 知らない人が知ってる人になってたらどうしますって、そんなん、ええ?


 ……例え話とか俺よく分かんないやつだから、直に聞いた通りの質問だと思って返事するけども。何だ、知り合いが増えたってことでいいんじゃないのか、そんなん。

 いるはずのない人が存在してるんですったってさ、その『はず』ってのが明確じゃないだろ。根拠はどこにあるんだ、言ってんのがお前ひとりだっていうなら尚更だよ。お前のことを疑うわけじゃないけど、信じるだけの証拠がない。そいつがこれまで存在しなかったって証を持ってこないといけないだろ、無茶だろ。できるって言うやつの方が余程信用ならない。


 そういうこと言うときは酒か何か飲んでるときにしろよ、そうじゃないとあれだ……こういう空気になるから。誤魔化せないだろ。煙草って間は持つけど酔えないんだよ。


 気にすんな、としか言えないな。俺としては、そんなに重大とも思えないけどね。人が減ったら寂しいかもしれないけど、すぐに慣れるし。知らんやつが増えて、でもそいつの素性が怪しいったって、そもそも他人のことなんてろくに知らないからな。大差ない、と思っちゃうんだよな、俺は。俺には誰が増えたやつなのか分かんないし、お前がそうだって言ってんのも全然納得できない。だって実感してないからね。話として聞いてるだけだし、。そうだろ?


 そもそもさ、お前俺のことだってよく知らんだろ。井坂先輩、って名字と何となくの年齢ぐらいは分かってるだろうけど、それだけだ。それこそ俺がかき氷ならみぞれ一択だとか吸ってる銘柄がマルボロだとか、そういうつまらんことだって知らんだろうよ。俺だってお前のことをきちんと知らない。愛想とノリと顔色が悪いサークルの後輩ってこと以外はな。


 けどそれで困ったこと、ないだろ。


 普通に生活できてるし、こうやって愉快な大学生活の一環みたいにお喋りもできてる。できちゃうんだよな、だって相手の正体が分かんなくても何にも困んないから。役所の手続きじゃあるまいし、普通に生きてる分にはどうでもいいことなんだよ。隣にいるものが何か、なんてことはな。俺だって引越しぎりぎりまでベランダのカーテン開けらんなかったからね。でも生活に支障は出なかった。普通に荷造りがしんど過ぎたってのもあるけど。片付けも分類も箱詰めも俺全部嫌い。ダルい。

 だからまあ、人ひとり増えたぐらい、って話だ。ありえないし怖いけど、困らない。つうか、どうにもできない。違うか?

 そう落ち込むなよ。ああもう、卒業してOBだって後輩構いにきたらこれかよ。何が悲しくって成人した男の不安定な情緒の面倒を──。


 ……まあ、あれだ。そいつが何かしでかしたとしても、同じことだよ。巻き込まれるとしても、せめて痛くなくて怖くなきゃいいな、ぐらいだ。どいつもこいつもそんな具合だ。だからお前が責任を感じる必要はないんじゃないかね、それ以外は知らないけど。痛い目遭ったっていうなら、その分で支払いが済んだってことにしてさ。

 それに、さ。

 そういうのを怖がるには今更過ぎるんじゃないか、何もかもな。

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