首だけ騎士の選ぶ道(29日目:答え)

 冬が厳しくなると、街に足止めを喰らうことも多くなった。

 コンラートは、そうしたときに宿で一人、いろいろなことを考えるようになった。

 ――これから俺はどうしたい? どういう道を、俺は選ぶ?

 ランフォードとジェフは既に、コンラートに選択肢を示してくれている。――生き延びるため、共に戦う道。――この地に別れを告げ、新しい土地で生きる道。両者ともに、コンラートのことを守ろうと、その知恵を絞ってくれた。そのことが、ただただ心に温かくしみわたる。偶然出会った、異種族である二人。異種族が故に、人間とは違うところは多々あれど、似ているところも見つけられる二人。――いつの間にかコンラートの心を大きく占めるようになった、コンラートの仲間だと言える者達。

 その二人の提案なのに――何故すんなり、頷こうという気になれないのだろう。

 窓の外は今日も風が強く、荒れ模様であった。



「どうしたのだね、コンラート君? 今日も悩んでいるようだね」

 そのとき、ランフォードが部屋に戻ってきた。手にはほんわかと湯気のあがるワインの入ったカップを持っている。

「君が要るかと思ってね。そろそろ身体も暖めたいだろう」

「ありがとう。有難く飲ませてもらう」

「そうかね。では、飲ませてあげようね」

 ランフォードはコンラートに、ワインをそっと飲ませてくれた。いつも嫌な顔ひとつせず、ランフォードはコンラートの世話をしてくれる。確かランフォードは自分の部族を率いる長で、部族の筆頭実力者だと言っていた。そんな立場の者に手ずからコンラートの世話をさせてもいいのか、最近は密かに悩んでいたりする。

「私が君の悩みを解決してあげられたらいいのだけど、きっとそうはいかないのだろうね」

「……済まない、ランフォード。これは俺の、問題だから」

 何もかも世話にはなりたくない。俺は俺で、出来ることは自分でしたいから。

「ジェフは遅いね。もうすぐ夕飯にしたいんだけど。――まあそのうち戻ってくるだろう。私は食べ物を調達してくるね。一人で待っていられるかね、コンラート君?」

「大丈夫だ。行ってきてくれ、ランフォード」

 それではちょっと行ってくるよ。そう言い残すと、ランフォードは再び部屋を出て行った。



 ――再び部屋に静寂が戻った。外の風には、雪が交じりつつあった。今夜も吹雪になるようだ。

 がたがたと音を立てる窓をコンラートが見つめていたら、音も無く後ろに人が立った。

「今夜も荒れ模様だな、首だけ騎士」

「……そうだな、ジェフ。でもこの季節は、こういう日も多いから」

 ジェフはコンラートの乗せられているテーブルの横に立った。指輪だらけの手を、コンラートが入っている籠にかける。

「こういう、白魔が荒れ狂う日は、確かこれから増えるんだよな」

「白魔? それは、雪のことで合っているか?」

「合っているな。白魔ってのは、大雪を魔物に例えた言葉だ」

「大雪の日なら、増えるな。――前から思っていたが、ジェフはそういう風雅な言葉もよく知っているな。どこで覚えたんだ?」

「俺様、お前より長生きだからなあ? いろいろ旅をしているってことだぜ」

 ふっとジェフは瞳を閉じて笑う。それはどこか達観した表情だった。

「――ジェフ。魔界というのは、こういう気候の日はあるのか?」

「無いな。気候だけなら、ここの方が厳しいだろう。季節も同様だ。魔界にはこちらほどの変化は無い」

「――そうなのか……」

 変化の少ない気候というのは、どのようなものなのだろう。もしかしたらこちらの世界よりも、過ごしやすいのかも知れない。大雪で身動きが取れなくなったり、大雨で川が増水したりということは無いのだろうから。

 それでも。この厳しい気候こそが、自分の住まいだ。――そんな風に、ふと感じた。

 この土地こそが我が土地で、最後までここにいたいと。

「何だ、そうだったのか」

 コンラートは声を上げて笑った。

 ――何だ、答えは自分の中で既に決まっていたのだと。

「どうした、首だけ騎士? ――そうか、決まったのか」

「ああ。――ランフォードが戻ってきたら、話す」

 コンラートの晴れ晴れとした顔を見て、ジェフは切なげに小さく微笑った。微笑って、コンラートの頭をひとつ、撫でたのであった。



 ランフォードが戻ってきて、食卓が整えられた。

「食べる前に、二人とも聞いて欲しいんだ。――俺の、選んだ道を」

 ランフォードとジェフは頷いた。頷いて、先を促す。

「二人は以前、俺に選択肢をくれた。思いつかなかった道を示して。――ありがとう。とても、嬉しかった」

 一呼吸置いてから、コンラートは話しはじめた。――自分の、決めた道のことを。

「でも、俺は二人の用意した道を選べない。俺は俺で、出来ることを自分でしたい。俺は、生まれた土地に最後までいたい。――ここで、生きる道を選びたいんだ。俺は首だけ騎士だ。そんな身で何が出来ると思われるかも知れない。……それでも、俺は俺の道を行き、ここで生きていきたいんだ――」

 コンラートが話し終えると、沈黙が落ちた。

 二人を、呆れさせてしまっただろうか。そう思ったときに聞こえてきたのは、ランフォードの啜り泣く声だった。

「ランフォード……?」

「君は、本当に立派だよ。そこまで考えが決まっているなら、私は何も口を出さないよ。――ここにいればいい。力強く、最後まで」

 目元をハンカチで拭いながら、ランフォードはくしゃくしゃの笑顔を見せた。

「お前がそう決めたなら、俺様は止めないぜ。――お前の道を行け、首だけ騎士!」

 ジェフは口の端で笑って、コンラートの額を小突いた。

「痛いぞジェフ!」

「俺様、十分手を抜いたがなあ?」

「ジェフ。コンラート君をいじめてはいけないよ。――でもコンラート君。君の道を始めるのは、この荒れ模様がおさまってからだね」

「そうだな。さすがにこの吹雪の中でいきなり俺の道を始めたら、即遭難しそうだ」

 三人は声を立てて笑った。明るい声が、部屋を満たす。

「さあ、食事にしようかね。――コンラート君の選ぶ道が決まったのだから、乾杯しないとね」

 コンラートが食前の祈りを捧げてから、一行はワインで乾杯する。

 選ぶ道を決めたら、それだけで目の前がはっきり開けて明るくなったような気がした。

 どこから始めようか。コンラートは考えるのを止められなかった。



 吹雪は長引き、クリスマスを一行は共に過ごし、やがて年が明けた。

 雪がおさまってこれなら動けるだろう、と言う頃には季節がまたひとつ進もうとしていた――。

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