エピソード16 輝く岬

 新たな防寒着として、冬山登山にも耐えられるような分厚い防寒着を、旭川中心部のデパートで手に入れた彼女たち。


 旭川は、真冬の最低気温がマイナス20度を下回ることも普通のような街なので、防寒着の類は揃っていて、分厚いコート以外にも、イヤーマフ、つまり耳当てや、分厚い手袋も簡単に手に入る。


 さらにロシア人が被っているような、頭部をすっぽり覆う、ロシア帽まであり、翼はそれを気に入って、入手し、ヘルメットを脱ぐと、必ずそれを着用するようになった。


 一方で、美宇は、兎の形を模した、可愛らしいイヤーマフを愛用するようになる。


 旭川から国道233号を走り、一旦、札幌に向かうような形を取り、深川市から秩父別ちっぷべつ町、沼田町を経る。


 さらに山の中を縫うようにして進むことしばらく。


 道中、だんだんと枯れ木が目立つようになり、「留萌」の表示が見える頃、薄っすらと雪景色になっていた。


 バイクは、冬用のスパイクタイヤを身に着け、その上からチェーンを巻いているため、早々、滑ることはない。


 感覚的には、オフロードバイクで山や森のような不整地を走っている感覚に近い。それに仮に転倒したとしても、彼女たちのバイクは軽い上、二人いるので、協力すれば女子でも起こすことが可能というメリットがあった。


「もうすぐ留萌だねー」

 相変わらず呑気な声を上げる翼に、美宇は後部シートから面倒そうに答えた。


「そうだな」

「ねえ。留萌って、不思議な名前だけど、どこから来た名前なんだろ?」


「そりゃ、アイヌ語だろうな」

「へえ。どういう由来?」


 美宇は、頭を捻る。本来なら彼女にその「知識」自体がなかったはずなのだが。何故だろう。不思議なことに彼女の脳にその記憶が刻まれていた。


「確か、『汐が奥深く入る川』を表す『ルㇽモオッペ』だったかな」

「よく知ってるね」


「何でだろう?」

 美宇自身が首を傾げていた。彼女自身、自分の過去の記憶について、曖昧なのだ。それほど記憶を「操作」されていると思われた。


 まもなく、留萌の街に入る。


 かつては、ニシン漁で栄え、その後は炭鉱でも栄えた日本海側の港町。港町特有の坂道があり、古い倉庫が建ち並ぶ街だが。


 ここは、湿潤大陸性気候または亜寒帯湿潤気候に属すると言われている。つまり、寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候とも言われる。

 特に冬の降雪量が多く、周辺の自治体と同様に特別豪雪地帯に指定されている。


 早い話が、北海道でも有数の豪雪地帯だった。


 そのため、11月に入ったばかりのこの時期でさえ、すでに雪が薄っすらと積もっていた。まだ本格的な冬には早かったが、それでも早くも冬の足音が聞こえてきていたのだ。


 というよりも、本州以南の、温暖な地方の感覚では、当然のように「冬」だろう。


 気温も厳冬期には、マイナス30度に達することも珍しくない。


 留萌港にバイクを走らせる翼。


 そして岸壁に着き、寂しい鈍色の空からちらつく雪を眺めながら、やはり「人気」がないのと、漁業用の小さな船だけが、寂しそうに海面に浮かんでいるだけの姿を見て、翼も美宇も落胆していた。


 ひとまず、この寂しい留萌の街が、さらに寂しいと感じた彼女たちは、その日のねぐらを探すことになる。


 最も、この真冬のような寒い時期に、外でキャンプをするのは憚られたため、旭川で河北がやっていたように、どこかのホテルにでも泊まろうと美宇は思っていたが、


「美宇。あそこに行ってみよう!」

 元気よく翼が指さした先には、青い案内標識があった。


 そこには、「黄金岬」と書かれてあった。美宇は頷く。


 留萌港からはすぐ近くだった。ここには岬らしい白い灯台はなかったが、丘の上に、小さな博物館が建っていた。


 留萌市海のふるさと館、という名前の観光地らしい、しかし小ぢんまりとした地域の博物館。


 当然、人の気配がなかった。


 だが、こういう非常時の悲しさか、入口のドアのガラスが割られており、中の物が盗まれていた。


 二人はそこから侵入し、中の広い空間にテントを立てることにした。


 何よりも、外はマイナスに迫ろうかというくらいに寒い。


 手早くテントを立てると、一旦、外に出る。


「見て見て、綺麗!」

 翼が叫んだ通り、そこにはまさに「黄金岬」に相応しい、絶景が広がっていた。


 冬の日本海は、例によって、「晴れる」こと自体が少なく、ここ留萌も彼女たちが到着した時には、薄っすらと雪が舞い降りていた。


 だが、夕方には止み、雲の隙間から太陽が顔を覗かせていたのだ。


 その黄色い太陽が、放射状に赤やオレンジの光を照らしながら、ゆっくりと日本海に落ちていく。

 そして、その光が海岸沿いにある石碑に当たり、輝く影を作り、岬自体が輝いていた。


「ああ」

 美宇もまた、言葉にならない感動に、ただ頷いて、夕陽を眺めていた。


 本州なら冬、そして北海道なら晩秋に当たるこの時期。まだギリギリだが、本格的な冬にはなっていないからこそ、見れる景色でもあった。


 まもなく、この北海道には、「長くツラい」本格的な冬が来る。


 それは、かつて「北海道は素敵。移住したい!」と豪語していた本州以南の移住者が、移住してウンザリするほど「恐怖の季節」の到来でもあった。

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