エピソード15 キタキツネの生態

 一旦、別れたはずの河北がいる、旭川の旭橋近くのホテルに再び戻ってきた彼女たち。


 運良く、彼女はまだホテルにいた。


 ノックをして部屋に入ると、河北はバーナーで暖めたコーヒーを飲んで、くつろいでいた。


「あれ。君たち、出発したんじゃないの?」

「いえ。冬支度をしてまして」

 今までのあらましを、美宇が説明する。


「なるほどね。車と違って、バイクは面倒そうだね。というより、雪の中、走るのかい?」

「ええ。私たちにはこれしか手段がないので」

 言ってる傍から、好奇心旺盛な翼が、河北が机の上に開いていたノートパソコンの画面を覗き見て声を上げていた。


「何、これ。可愛い!」

 そこに映し出されていたのは、可愛らしいキタキツネの画像だった。


 フォルダ内に、いくつかの取り込んだ写真が映し出されており、いずれも愛らしいキタキツネの画像だった。


「今、キタキツネを追っていてね。彼らは面白いよ」

「面白いんですか?」


「うん」

 河北が語ってくれたのは、キタキツネの生態についてだった。


 曰く。

 キタキツネは、土手に巣穴を作るが、巣穴は複数あり、子供の成長と共に頻繁に「引っ越し」をするのだという。

 つまり、何週間かおきに移動する。

 餌は、ネズミや鳥類、昆虫、ヘビなどの爬虫類、エゾシマリス、エゾリスなどと言われているが、秋には果実や木の実、キノコや秋鮭も食べるし、人間から餌をもらう個体もいるという。

 おまけに、哺乳類には珍しく、オスも子育てを手伝うという。


「へえ。イクメンなんだね」

 と、翼は呑気な声を上げて、キタキツネの写真をうっとりとした表情で眺めていたが、美宇の感想は少し違った。


「随分とせわしないんですね」


「彼らは、基本単独行動が多いんだよ。それに、人間が餌をやることで、生態系に悪影響が出ていたんだけど、人間がいなくなったことで、かえってバランスが保たれているの。本来、人間が干渉しなくても、バランスを取っていたんだよ」

 一応、動物学者を名乗る河北は、さすがに詳しかった。


 他にも動物のことを聞いてみると、エゾシカやヒグマも人がいることで、多かれ少なかれ生態系が乱れていたが、皮肉なことに人がいなくなったことで、自然のバランスが戻ってきているという。


「それにしても、犬みたいで可愛いね」

 翼はまだキタキツネの画像を眺めていた。


「その子たちは、実は『ワン!』って鳴くこともあるんだよ」

「へえ。本当に犬みたい」

 河北の説明に、翼は嬉しそうに微笑んでいた。


「で、君たちはこれから稚内に行くんだろう?」

「留萌経由で、稚内に行きます」

 美宇は、以前少し話した計画を、河北に改めて明かす。

 つまり、道内各地の港を回って、船を探すことだ。


 現状、函館、室蘭、苫小牧、小樽、石狩湾新港に行き、それぞれが「全滅」だったが、この先は留萌から稚内、紋別、網走と抜ける予定だということ。


「無理だと思うけどね」

 河北が、投げやりに答えた。


「どうしてですか?」

「旭川の周辺を見て回ったけど、人っ子一人いなかったからね。仮に船があっても、動かすことすら出来ないでしょ?」

 言われて、まさに「ぐうの音」も出ない美宇だった。そもそも船を動かす、操縦する技術自体が彼女たちにはない。


「それでも回ってみます」

 と、力強く発言する美宇に、河北はそれ以上、意見は述べなかった。


 ただ、

「ここから先はさらに寒くなる。寒さ対策はしていくように」

 生徒を教える教師のように、諭してくれた。


「雪って、いつくらいから降るんですか?」

 翼の問いに、河北は微笑みを崩さす答える。


「来月から本格的に降り始めるよ。特に日本海側は雪が多い」

(知ってる)

 何故だろう。美宇は、記憶の一部が失われているにも関わらず、その事自体を知識として「知っている」自分に驚いていた。


 北海道では、山なら10月。平地でも場所によっては11月には雪が降り、12月には平地でも雪が積もるし、その雪が春まで溶けずに大地を覆う。これを「根雪」と呼ぶのだが、その事を美宇は、知っていた。


 翌朝、彼女たちは、バイクのタイヤにチェーンを巻き、今度こそ、河北と別れて出発することにした。


 手を振って、見送ってくれた河北に合図を送り、出発する彼女たち。


 本格的な冬に備え、旭川の中心地で、改めて防寒着を手に入れる。

 さすがにセーラー服姿の美宇は、カーゴパンツに履き替え、上もセーターを纏って、分厚いコートを着た。

 翼もまた、上下共に、登山に行くような分厚いコートと防水ズボンを履いた。

 その後、ようやく街を出る。


 目指す先は、留萌。

 旭川からは、一旦、南西に向かい、深川市から沼田町を経て、山の中を抜け、海沿いに抜ける。


 旭川の市街地を抜けると、空は鈍色にびいろに変わり、天から白い粉が降ってきており、周りの木々は、冬枯れた物に変わっていた。

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