第47話 エピローグ


 ウィル王子とその御一行は、出立のため朝早く孤児院にリリーを迎えに来た。

 ベアトリーチェも最初に見た鎧姿に着替え、荷物を馬車に積み込んでいる。

 リリーは朝からずっと静かだったが、今朝先生から話を聞いた子どもたちが、寂しがって泣いて別れを惜しむので、リリーもつられて一緒になって泣いていた。


 一番泣いていたのはほかでもないミルフィで、リリーに抱きついて「行っちゃいや!」と離さなかったほどだ。

 最後には先生が強引に引きはがして、そのまま先生の胸でわんわん泣いていた。

 リリーも先生のひざ元に抱き着いて、優しく頭を撫でられていた。


「リリー。短い間だったけど、あなたと家族になれて嬉しかったわ」

「はい。ありがとうございました、せんせい」


 ばあちゃんは、少し離れたところでベアトリーチェと何事か話していたが、しばらくして、頑張るんだよ、と握手を交わしていた。

 そのとき、ベアトリーチェも感極まったのか、少し目を潤ませて深く頭を下げていた。

 あのばあちゃんがあんな風に誰かに笑いかけていたのは、初めて見た。


「本当にいいのかい、褒賞をすべて放棄してしまっても。今ならまだ、子どもの我儘くらい叶えてあげられるよ」

「いいんです。みんな無罪放免にしてもらっただけでもありがたいのに、この上何かを望んだら、罰が当たるってもんです」

「金も物もいらないと。では勲章などどうかな? 実は私からはまだ誰にも授けたことが無くてね、君が第一号というわけだ。これは名誉なことだよ」

「ありがたいお話ですが、分不相応かと。謹んでお断り申し上げます」

「王子の粋な計らいを一刀両断とは、それこそ罰当たりじゃないかな?」

「その冗談笑えないんで」

「はっはっは」


 ウィル王子は昨日まで面倒な事務仕事に追われていたそうで、そこから解放されて機嫌がいいそうだ。隣にいる秘書官は苦い顔で主を見ていたが。

 王子はこの国の貴族、それも最上階級にあって本当に珍しく身分差にこだわらず人材を登用する数奇な人のようで、周囲もその恩恵に与っているものばかりだから、多少はお目こぼししてくれているらしい。他ならぬハロルドさんが言うのだから、間違いないのだろう。


「欲が無いね。孤児院で育てられると、みんなこうなるものかな」

「殿下、この少年に限った話かと」

「だろうな。まったくこれで五歳とは、将来が楽しみだね」


 なにやら楽しそうに笑う王子が不気味で仕方ない。

 とはいえ、相手をしないわけにもいかないので、子どもたちのお別れと、先生たちの大人の話し合いが終わるまで仕方なく付き合っている。


「結局、この半月の間には“赤錆”の件での収穫は得られなかった。手元に動かせる人員が少なかったのもあるが、それは言い訳だな。……まったく、どいつもこいつも邪魔ばかりしてくれる。僕はこの国の王子だというのに、いつになったら思い通りに動けるのか」

「……殿下、口が悪うございます」

「構うものか。この少年ならば問題あるまい。むしろ、本心で接するのが正しい礼儀というものだろう。違うかね?」

「……あの、何のことだか」


 爽やかイケメンから急に冷笑を浮かべる豹変ぶりに困惑していると、王子はわざわざ膝を曲げ、俺と目線を合わせ、じっと覗き込まれる。

 目を逸らすのも失礼かと、頑張って目を合わせていると、ふっ、と小さくこぼし、頭を撫でられた。


「この歳で悪魔憑きとは。どのような星のもとに生まれればそうなるのか。しかし、良い目をしている。初めて視た時も思ったが。あの人と同じ瞳だ」

「あの人……?」

「僕が何の理由もなく君たちを助けたと、本当にそう思うかい?」


 思わず身を固くすると、撫でられている手にぐっと力が入る。

 そして、鼻と鼻がつきそうなくらい顔を寄せられた。

 どうしてか、王子の目の色がすぅっと変わったような気がして、吸い込まれるように視線が離せない。

 王子の目の中に、俺が映りこんでいるのが分かる。情けなくも身を竦ませ、足が震えている。

 俺の中の悪魔がやけにざわついて、心臓の音も五月蠅いくらい鳴ってるのが分かる。


「君の中の悪魔は、今は大丈夫そうだ。あまり急いても良いことはなさそうだし、もうしばらくは時を待つことにしよう」


 王子が立ち上がって目線が外れると、どっと汗が噴き出してきた。

 無意識のうちに呼吸も止めていたのか、胸が苦しくてつい手を押さえてしまった。


「殿下、これ以上は」

「おっと、そうだね。いや、僕としたことが、つい興奮してしまった」


 悪かったね、ともう一度頭を撫でられ、顔を上げた時には、またあの爽やかな笑みでこちらを優しく見つめていた。


「いつか大きくなったら、僕のところに来なさい。歓迎するよ」


 そう言い残して、王子は速やかに馬車へと乗り込んでいった。

 大きく息を吐いて気を落ちつけていると、リリーがたたっ、とこちらに駆けてきた。

 慌てて笑顔を作る。

 疲れた様子を見せては、不安がるかもしれないから。


「だいじょうぶ?」

「え……」

「だいじょうぶ。だいじょうぶ、だよ」


 ぎゅっとされて、いい子いい子されてしまった。

 ……もう、この子には敵わなくなってしまったな。


「ありがとう」


 こちらも抱き締め返す。

 安心したように、俺の背中にも腕が回される。

 変に言葉は必要ない。ただ、手のひらから思いが伝わるように。

 どれだけそうしていたのか、一瞬のような、とても長かったような時間も過ぎて、とうとう出発の時間がやってきた。


「ぞるば……」


 もうすでに幾度も泣きはらしたであろう瞳に、また涙の粒が溜まっていく。

 俺も声が震えるのを必死にこらえて、すっと右の小指を差し出した。


「指切りしよう」

「……うん!」


 孤児院に来た日の、最初の約束。

 離れていても大丈夫、ちゃんと思っているよ、と。


「嘘吐いたら――」

「はりせんぼん、のーますっ!」 

「リ、リリア様!?」


 慌てるベアトリーチェを見て、二人で笑いながら、俺たちは別れた。


 子どもたちが門を飛び出して、またねー、と声を上げている。

 俺も先生も大きく手を振り、ガタゴトと進む馬車を見送る。


(行ってしまったのう)

「ああ。……で、お前はいつまでいんの?」

(無論、我が友と儂の契約が切れるまでよ)

「それっていつだよ?」

(くはは。死が二人を別つまで、よ!)

「うげぇ」

(う、うげぇって……さすがの儂もちょっと傷つくぞ……)

「……はぁ、じゃあしばらくこのままってことか」

(うむ。喜べ我が友よ。儂手ずからお前を育て、世界一の男にしてやろうぞ)

「そりゃ嬉しいね」

(くはは。なぁに、心配は要らん。――お前には、儂がついておる)

「あ、そういうのいいわ」

(なんじゃと!)

「ま、俺の体に居候してる分は、せいぜい働いてもらおうかな」

(何を!? 儂とお前は対等の契約じゃろう! なんなら儂の方が存在の格が上――ちょ、聞いておるのかお前!)


 がんっ、という音が聞こえそうなくらい素っ頓狂な声を上げる悪魔。

 この半月でこいつのいる生活にも慣れてしまった。

 慣れって恐ろしいものだよなぁ。


 さぁ戻りましょう、という先生の声に従い、俺たちは孤児院に戻っていった。

 またいつもの忙しい日常がやってくる。

 いまだぎゃいぎゃいと抗議し続けている悪魔を適当にあしらって、腕を振り走っていく。

 指切りをした俺の小指には、彼女の瞳と同じ亜麻色の石のリングがはめられていた。


~・~・~・~・~・~


 いつもお読みいただきありがとうございます。


 これで第一章はお終いになります。


 ちょっとリアルが忙しくなりまして、第二章の更新はしばらく先になってしまいますが、皆さまどうぞ気長にお付き合いくださいませ。


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悪魔憑きゾルバ サンコ @May_17_canola

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