第33話 黒灰色のローブ


 全身からぷすぷすと煙を上げながら、大男はその場に大の字に倒れた。

 どうにか……押し切ったようだ。


 『よくやった、友よ。まさに天晴れじゃったな』

 「……へっ、どこが……」


 これは勝利ではない。

 その先にある、未来の安心を勝ち取れた訳でもない。

 無事にリリーを奪還し、テロリストどもを打ち取ったことで、孤児院も救ってもらえるように訴えなければならないのに……。

 でも、もう身体が動かない。

 礼拝堂を光で満たすほどに輝いていた魔力も、風前の灯火だった。

 再び暗闇に沈む室内を戻り、痛みを押してリリーたちのもとへ向かう。


 「く……ベアトリーチェ。おい、起きろ、ベアトリーチェ」

 「う……」


 ゆさゆさと揺すると、ベアトリーチェがようやく起き上がった。

 ほ、と息を吐くと、急にどっと眠気が襲う。

 立っていられなくなり、俺はその場にくず折れる。


 「ゾルバ!? 大丈夫ですか!?」

 「くそ……」

 『魔力が尽きたか。もう幾許も無いのぅ』

 「……悪魔! あなたの仕業ですか!?」

 『何を言うか! 正当な取引の対価じゃ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いは無い』

 「お、お前ら、うるせー……。それより、リリーを……」

 「そ、そうでした」


 ベアトリーチェが急いで布袋の口を切り裂くと、手足を縛られたリリーが出てきた。

 特に目立った怪我も無いようで、ほっとした。

 手足のロープを切られ、解放されたリリーは、俺を見るなり抱き着いてきた。

 しかし、もはや受け止めてやる体力もなく、そのまま二人とも床に倒れこんだ。

 リリーが胸にしがみついて泣くのを、ベアトリーチェが愛おしそうに見つめる。


 「……よかった」

 「はい、姫が無事で、何よりです」


 ベアトリーチェと目を合わせて、頷く。

 後のことは、彼女に任せよう。とにかく、ここから離れて――


 「なぁんだ、助かっちゃったんだ」

 「っ!? 何者ですか!?」

 

 声のした方を見上げると、開かれた天窓に何者かが腰掛けている。


 「時間になっても来ないから見に来てみれば、みんなやられちゃってんじゃーん? 革命の徒、なぁんてカッコつけてたくせにさぁ。口ばっかで弱っちいんだから」


 灰色の大きなローブを身に纏い、背格好が判別できない上に、飾り気のない仮面のようなもので素顔を覆って隠している。

 おどけた様子で笑う声が、かなり癇に障る。


 「あなたは彼らの仲間ですか」

 「仲間ぁ? 冗談はよしこちゃん。そんなゴミどもと一緒にしないでよねー」

 「では何が目的ですか。姫の命を奪おうというのなら、相手になります」


 ベアトリーチェがダガーを構えると、ローブ野郎は何がおかしいのか、けたけたと薄気味悪く笑い出した。


 「あー、ちがうちがう。見当違いですお嬢さん。僕はさー、オヒメサマだの貴族だのはどうだっていいんだよねぇ。ただ、釣りの餌にはちょうど良さそうだったから使おうと思っただけ。そこのゴミどももそう、都合よく働いてくれそうだったから利用しただけだよ」

 「何を……!?」


 狼狽えるベアトリーチェを見てさらに愉快そうに笑っている。

 そういえば男たちは、騎士団に使者をよこせと要求していた。

 使者って誰だ? そこでそいつとどんな話をする気でいた?

 いや、もしかして本当の狙いは――


 「取引そのものをぶっ潰すのが目的か?」


 ふっ、と笑いが消え、ローブがこちらを見遣る。

 仮面に隠れて表情は見えないが、目の色が変わった気がする。


 「取引を……? ゾルバ、どういうことですか?」

 「連中の話はこうだ。人質の命が惜しければ、北門に使者を送れって。それ以外の要求は何もない。おかしいと思わないか」

 「確かに……。ですが、まずは使者を呼び出しておいて、具体的な話はそこでする気なのでは?」

 「いくら人質がいるからって、こんな小さい街でそんな悠長に構えてたら捕まるのは時間の問題だろ。連中にすりゃ命がけの作戦なんだ。一刻も早く目的を叶えたいはず」

 「その目的とは……?」

 「交渉の場に罠を仕掛けて、取引を失敗させることだ」

 「な……何のためにそんなことを?」

 「さあ。騎士団を失墜させるのが目的か、あるいはその場に来るはずの特定の誰かを陥れるのが目的か。どちらにせよ、最初から真面目に取引するつもりなんてなかったんだ。そうだろ?」


 沈黙を守っていたローブは、おもむろに小さく、ぱち、ぱちと拍手した。

 天窓の向こうに見える空は、次第に白み始めている。

 その紫の空を背に、黒灰色のローブが怪しくたなびいていた。


 「いやいやすごいね君。どうみてもまだ子どもにしか見えないのに。もしかして、そこの悪魔のせいなのかな?」

 「なに?」

 (見抜かれておるな)


 影に潜んでいた悪魔の存在に気付いた?

 いや、途中から見ていたのか? だとしたら、仲間がやられるのを黙って見ていた?

 何を考えているのかわからない。


 「まあ、うん、君の言う通りだよ。取引なんて、ただの口実さ。人質だって、別にそのオヒメサマじゃなくたって誰でも良かったんだ。それなりの価値があればね」

 「く……」


 ベアトリーチェが憤っているが、ローブは気にもかけずに朗々と喋り続ける。


 「ま、そこのゴミどもは本気で取引するつもりみたいだったけどね。なんでも貴族性を廃止にして、クーデターを起こす計画だったらしいよ。馬鹿だよねえ、そんなの無理に決まってるじゃんねえ! 頭悪いんだから大人しく使われて満足してればいいのに。あー、頭悪いからわかんないのか! アハハ!」

 「……どうしてクーデターは無理って言えるんだ?」

 「はぁ? だって、この国は身分がすべてだよ? たかだかオヒメサマ一人、人質に取ったからってさ、腐りきった貴族たちがそれを許すと思う? 無理無理無理、ぜったい無理だよ」

 「だったらお前は、何がしたかったんだ? お前だって国家転覆を狙ってるわけだろ」

 「うーん、教えてあげてもいいけどぉ。――やっぱり、ナ・イ・ショ★」

 「……ひょっとしてお前が使者の役だったんじゃないのか?」


 ローブの口元からにやにやとした笑いが消えた。

 

 「君、ヤバいね」

 「ヤバいのはお前の頭だろ」

 「ははっ、言うねえ。消しといた方がいいかな?」


 ローブがすっと立ち上がり、天窓の縁に手をかけた。

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