第32話 命燃やして

 悪魔の甲高い笑い声が、礼拝堂に轟いた。

 俺の弾かれた大剣に振り回されるように、大男の体が傾ぐ。

 そこへすかさず掌底を放ち、大男の腹を打ち抜いた。


 「が、ふっ!」


 身をよじる衝撃になんとか耐えた大男が顔を上げる。


 「な……な、にが……!?」


 大男の目に飛び込んできたのは、悪魔に全身を明け渡し、変貌を遂げた俺の姿。

 俺に巻き付いていた影はアーマーのように俺の全身を覆い、関節の隙間から洩れる魔力が雷のように走り、瞳は蒼く燃えている。


 「な……なんだというのだ、一体!」

 「なんでもいいだろ。どうせ俺もお前も死ぬんだ」


 悪魔に肉体の主導権を差し出したことで、今の俺の状態がやっと理解できた。

 魔力だけじゃない。体力も、そして多分、俺の魂をも燃料にして、俺はこの姿を纏っている。

 いくらなんだって、修行もしてない五歳児がこんなに戦えるわけがない。

 文字通り、俺は命を懸けて戦っていたんだ。


 俺は全身を青白く燃え上がらせ、立ち上がる。

 ああ、まさに、この命燃え果つるまで、ってやつだ。

 話が出来すぎてて笑えて来るね。


 「ふざけるな! 訳のわからん餓鬼が、俺の邪魔をするな!」

 「ふざけてんのはアンタだろ。アンタのせいで俺は死ぬ羽目になったんだ。責任取れよな」


 俺の全身を包む青白い炎……いや、体から発せられる光が幾重にも重なり、それが揺らめいて、炎のように見えているだけだ。

 なので熱くはない。


 (いんや、それはまさしくお前の命の炎。燃え尽きた時が最期じゃ)


 そうか、なら急がなきゃな。

 俺はそれ以上考えるのをやめて、倒すべき敵に目を遣る。

 大男はもはや目の前の状況についていけていないのか、狼狽えたように目を見開いて固まっている。


 「人生の締めくくりにしては、張り合いがないなあ」

 「い……意味がわからん……! こ、こんな餓鬼が……!」

 「意味? 意味なんて、ねーよ。どうせ死ぬんだからよ!」


 急にニヤニヤ笑いだした俺を不気味に思ったのか、大男が取り乱したように何事か叫んでいる。

 しかし、キーンと耳に響いて何を言っているのかよくわからない。……あいつがパニクってる余り語彙がぶっ飛んでるのか、はたまた俺の限界が近いのか。


 (くはは、そうじゃな。物足りないが、そろそろ幕引きとしよう)


 悪魔が嗤うたび、骨が軋むように締め付けられる。

 確かに物足りねーな。

 こんな野郎のために、死に物狂いで戦らなきゃならねーなんて。

 

 俺は拳を握り、最後の一歩を踏み出す。

 たじろぐ大男に向かって、暗い笑みを浮かべて言い放つ。


 「まあ、そう落ち込むなよ。すぐ俺も一緒にあの世に行ってやるから。安心して死んでくれ」


 ◆◆◆


 「おおおぉぉぉ!!!」

 「ぬぅぅぅぅっ!!!」


 光速のステップから繰り出す怒涛の連撃。

 大男も大剣を床に突き刺し、防御姿勢に。

 雷の拳が剣の腹で防がれるが、そのまま拳を打ち抜く。

 稲妻と化した俺の動きに、やつは反応できていない。

 それでも、鍛え抜かれた鋼の肉体を打ち破れないでいた。


 何度も。何度も。何度も。

 腰をぐっと落とし、まっすぐに突撃する。

 大男が苦し気に息を吐く。


 「む、う、ぅ……!」

 「往生際が悪いな! さっさと、くたばれ、よ!」


 回し蹴りを一閃。大剣に罅が入り、粉々に砕け散る。

 ど派手な雷光が大男を襲い、全身を稲妻が貫いた。


 「がはぁ!」


 大男はぐらっと体を揺らして血を吐くが、だんっ、と足を鳴らして踏みとどまった。

 口元からぼたぼたと血を流しながらも、歯を食いしばって耐えている。

 こちらを睨む瞳には、まだ闘志が消えていない。


 「お、のれ……!」

 「ぜぇ、ぜぇ……ま、まだ倒れないのかよ……」

 (親愛なる我が友よ、お前の素晴らしい底力には目を見張る物があったが、如何せん幼すぎたな。もはや肉体が耐えられまい。既に命の火が消えかけておる)


 見れば、確かにあの燃え盛るようだったオーラは見る影もなく、消えかけの蠟燭のように揺らいでいる。

 身体から徐々に力が抜けていっているのがわかる。

 だんだん息をするのも辛くなってきた。


 (とはいえ、あちらもとうに虫の息。次で決着じゃな)

 「……ああ」


 悪魔の手が俺の腕に重なり、わずかに残った魔力が全て掌に集中していく。

 がくがくと震える膝を押さえつけ、腕を構える。

 大男が吠える。


 「こんな……。こんなことがあってたまるかぁ! 奴らに報いるチャンスが……俺たちを見下してきた貴族どもを! 何もかも殺し尽くしてやるチャンスを! よくもこんな小僧がぁ!」

 「……あー、そりゃ悪かったな。ご苦労さん」

 「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! お前らは! 俺たちをなんだと! こんな……こんなことが許せるものかぁ!」


 張り裂けんばかりに叫びをあげる大男。

 焼け焦げた皮膚が血で赤黒く染まり、憎しみに荒れ狂う獣のように見える。

 ここに来て、さらに男の魔力が膨れ上がった。

 憎しみの力ってやつか……上等だ。真っ向からねじ伏せてやる。


 俺は一つ、深呼吸をして、一気に踏み出した。

 掌から輝く光の粒子が鋭い稲妻に変わり、バリバリとつんざくような音が後ろに流れていく。

 大男はカウンター気味に左手を突き出すと、指に嵌められたリングが発動した。

 しめた、とばかりにほくそ笑む大男。


 しかし、悪魔の鎧に生半可な呪詛など通じない。

 小さな爆発が俺を襲う――が、ぱりん、という音がしたかと思うと、瞬く間に爆風がかき消される。


 「なにっ!?」


 驚愕に目を見開く大男。

 そのあほ面に、喰らっとけ渾身の一撃!


 『征け、友よ!』

 「いっっけぇぇぇぇ!!!」


 全力の掌底から炸裂した雷撃が、大男を吞み込んだ。


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