第29話 戦闘開始


 メーテル第一教会、中央礼拝堂。

 窓の向こうには外壁工事のための覆いが被せられ、外からはその様子を伺い知ることはできない。

 室内の長椅子などはすべて脇へと押しやられ、祭壇の前に広く空間が取られている。最低限の灯りと、祭りで買ってきたのであろう、屋台で売られていた串焼きや酒のゴミが散乱している。


 そして中央奥の祭壇には、少女が一人大きなずた袋に入れて上から縛られ、床に寝かされていた。

 その周囲を囲む、物騒な格好をした男たち。

 ある者はこれからの展望を思いうまそうに酒を呷り、ある者は緊張を紛らわせようと煙草の火を吹かす。

 皆一様に目が血走っており、剣呑とした雰囲気を漂わせている。

 そのうちの一人が、つまらなそうに口を開く。


 「なーんか、上手くいき過ぎてて変な気分っすねぇ。ほんとにこんなんで大丈夫すかこの国」

 「大丈夫じゃねぇから俺らが革命起こすんだろ。今の腑抜けた王国には、早いとこ潰れてもらわなくっちゃな」

 「それもそうっすねぇ」


 低く野太い笑い声が連鎖し、静かな礼拝堂に反響する。

 その声にびくっと袋の中で震える少女を見て、男がにやにやとして楽しげに笑みを浮かべる。


 「けっ、全くいいご身分だよなぁ。こちとら同じ年の頃にゃ泥水啜って地べた這いずり回ってたっていうのによぉ。下々のモンなんか目もくれずにのうのうと生きやがって、殺したくなるよなぁ、マジでよぉ」


 ガン、と少女の足元の小石を蹴り飛ばす。

 袋の内側で外の様子がわからないものの、大きな音と自分へ向けられる敵意が少女を恐怖の底へ叩き込む。

 猿轡を噛まされた少女は助けを呼ぶ声も出せず、ただ身を捩り溢れる涙に頬を濡らす。

 少女のすすり泣く声にますます勢いづく男を、集団の中で一際体格の良い大男が窘める。


 「止めろ。商品に傷つけたら殺すぞ」

 「……冗談じゃないっすかぁー。その辺のチンピラじゃねぇんだから、んな馬鹿な真似しませんよ、マジで。ただ無性にこいつを泣かしてぇなぁって」

 「ガキの喚き声なんざ耳障りなだけだ。それに、今騒がれれば騎士団に気付かれる。テメェらも余計な音を立てるんじゃねぇぞ」

 「へーい」


 大男は吸っていた煙草を深く一吸いして、自身の顎にある大きな傷跡を撫でる。その凶悪な姿に、少女は体の震えが止まらなくなる。

 酷い煙草の臭いと男たちの嗄れ声、少女はもはや恐怖と混乱の極致にあった。


 大男は時計を確認すると、煙草をぐりぐりと踏み消してから、集団に指示を出す。


 「時間だ。見張りの連中を呼んで来い、ガキを連れて移動するぞ。作戦開始まであとわずかだ。テメェら、気を抜くんじゃねぇぞ」

 「言われなくたってわかってますよぉ。この土壇場でへまするような間抜け、うちにはいやしねぇって」

 「いちいち口答えするな」


 大男は背負っていた身の丈ほどもある大剣を抜き放つと、少女の眼前に突き付ける。


 「俺だって今すぐこいつを血祭りに上げてぇんだからよ。気ぃ抜くとつい手が滑っちまいそうだ」

 「……へへっ。やっぱ、やっちまいません?」

 「抜かせ。そいつは後のお楽しみだ」


 そう言ってまた笑う男たちを尻目に、大男は一人険しい表情のまま少女に顔を寄せ、囁く。


 「絶対にテメェら貴族を地獄に引きずり落としてやる。覚悟しとけよ」


 大男は立ち上がり、大剣を背負い直す。


 「間も無くだ! 間も無く俺たちがこの国を殺しにかかる。腐りきった貴族と王どもを排除し、新たな自由を国に齎す。手始めはこのガキからだ。このガキを生贄に、俺たちの手で革命を起こすぞ!」


 静かな礼拝堂に怒号が響く。

 手にした武器をガチャガチャと打ち鳴らし、戦の始まりに気を高めていく。


 自由を。自由を。自由を。

 腐った貴族に鉄槌を。クソったれな王国に復讐を。

 弱者からすべてを奪う金の亡者ども。平民の命など屁とも思わぬ人でなしどもめ。

 全ての罪深い者どもに、血の裁きを。

 この日、この時より、世界から蔑まれてきた男たちの新たな英雄譚が幕を開ける。


 大男はそう締めくくり、祭壇のそばの聖書を大剣で一突きにした。

 少女がひっ、と悲鳴を漏らす。


 「ガキを詰めろ。行くぞ」


 男たちが少女をボロボロの布袋に強引に詰め込んでいく。

 抵抗する間も無くあっという間に口が閉じられ、袋ごと引きずられていく。

 少女はもはや泣くことも出来ず、心の中でただ楽に死ねることだけを願った。

 ただ一人、最後にもう一度、想い人に会えなかったことだけを悔やみながら。


 「――行かせるかよ」


 その時、暗闇を電光が走り、袋を引きずっていた男の胸を貫いた。

 バリバリバリ!と甲高い音が轟き、焼け焦げた男がその場に倒れ伏す。


 「何だ!?」

 「ち、テメェら構えろ!」


 大男が一喝し、男たちが次々と武器を手に取る。

 ぎぎぎ、と礼拝堂の扉が開き、ゆっくりと一人の少年と女性が入って来る。


 「あぁ? ガキと女……?」

 「テメェら何もんだぁ!?」

 「うっせーよ。お前らに用はねー。そこをどけ」

 「私には用があります。全員、国家反逆罪で逮捕しますので、そのつもりで」

 「はぁん!? なにわっけわかんねぇことほざいてんだテメェらぁ!」


 殺気立つ男たちを前に平然と歩を進める少年と女性。

 大男が大剣を振り抜き、ガィン、と床に打ちつける。

 飛び散る火花が、両者の間に閃く。


 「テメェら、わかってんな。邪魔する奴は、消す」

 「邪魔はそっちだ、ウスノロ。リリーは返してもらう」

 (いよいよか、我が友よ? さあ、早う! 儂を暴れさせろ!)


 少年から溢れる魔力が激しい雷となって、礼拝堂を埋め尽くす。

 少年と女性は、男たちと激突する。

 

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