第28話 メーテル第一教会


 俺とベアトリーチェはメーテル第一教会の近くで様子を窺っていた。

 工事中だけあって周囲には足場が組まれ、一部分には覆いで塞がれている。

 これなら外から見られる心配は無いし、万が一の際にはここで戦闘になっても構わないと考えたのかもしれない。

 見慣れない人物が頻繁に人が出入りしても、工事関係者だと言い張れば怪しまれないだろう。大きな荷物を運んできても不審に思われることもない。

 たとえ、その中身がならず者たちの武器や、攫ってきた女の子だったとしても。


 辺りはしんと静まり返っていて、俺たち以外は人っ子一人見当たらない。

 街を捜査中のはずの騎士団も、ここは想定の範囲外のようで、誰も探しには来ていないみたいだった。


 手近な民家の陰に隠れ、暫く観察する。

 建物内部に明かりは見られず、見張りの姿も確認できない。

 しかし、魔力を瞳に集中させると、なんらかの強い力が建物の中にあるのが感じられる。リリーを攫った犯人のものか、あるいは。


 「さすがに一人くらいは見張りがいると思ったけど」

 「何もないはずの場所に人が立っていれば怪しまれます。とはいえ、入り口や窓に張り付いている者はいるでしょうね」

 「だよな。どこから忍び込むか……」


 俺とベアトリーチェが侵入法について模索していると、いかにもじれったい、という風に足元から影が伸びてきた。


 『おい、いつまでこうしているのだ。既に姫は目前。魔王城へ乗り込む勇者のように、一気呵成に飛び込まんか』

 「馬鹿、それじゃリリーの身が危険だろうが。人質に取ってくるかもしれないんだぞ。やるなら隙を狙って急襲するくらいじゃないと」

 『ふん。……しょうがないのう』


 悪魔は何やら呟いたかと思うと、とぷん、と影の中、いや地面へと潜っていった。

 少しして再び浮上してきた悪魔は、入口を見つけたぞ、と俺たちを手招きする。


 『西側の通用口に向かえ。生垣に遮られて視界が悪い上に、見張りもどうやら一人しかおらん。内部の連中とも上手い具合に距離が離れておるし、都合が良かろう』

 「わかるのか?」

 『無論。見張りの位置も会話の内容も手に取るようにわかるぞ。そして朗報じゃ、友よ。儂らの見立て通り、お前の姫はここに囚われておるようだ』

 「っ! リリア様がここに!?」

 『うむ、確かに感知した。礼拝堂の祭壇に寝かされておるようだな。その周囲を、十人……いや九人の男が固めておるな』

 「九人か。いけるか、ベアトリーチェ?」

 「……ごめんなさい。今更なんですが、私、武装を全て解除されてしまって……今は、護身用の短剣が一本しか」

 『貸せ、女騎士』


 言うが早いか、悪魔は俺の影からさっと手を伸ばし、ベアトリーチェから有無を言わさず短剣を奪い取ると、そのまま影の中へと引きずり込んでいった。

 そして、俺の影がぐにゃぐにゃと怪しく蠢き、明滅を繰り返す。


 やがて影からにゅっと手が突き出され、彼女に向けて一振りの剣が放り投げられた。

 ベアトリーチェが慌てて剣を受け取る。

 先程の短剣を更に短くしたような、ダガーのような剣になっていた。刃の部分が厚くなり、峰には精緻な紋様が刻まれている。


 『急ごしらえだが、貴様の波長に合わせた特別性だぞ。今回は我が友に免じて、駄賃は取らないでやろう。感謝せよ、女騎士』


 放り投げられるようにして渡されたダガーを受け取ったベアトリーチェが狼狽している。

 見た目の変化もさることながら、内に込められた魔力の量、その質も半端じゃない。さっきまでの剣がなまくらだったかと思うくらい、とんでもない変化を遂げていた。

 


 「ちょっ、これ精霊武装……!? しかも途轍もなく高位の業物に……。こんなの第一騎士団の精鋭部隊でも数えるほどしか配備されてませんよ!?」

 『くはは! せいぜい儂を崇め奉るがよい!』

 「遊んでる場合じゃないぞ。ベアトリーチェ、武器はそれでいいな? 準備が良ければ行くぞ」

 『あ、遊んでなどおらんわ! まったく、この儂に向かって何と生意気な……』

 「……ええ。もう覚悟を決めました。行きましょう、ゾルバ」

 「ああ!」


 俺たちは、影から伸びてきた悪魔の腕に投げられるように空高く飛び上がり、そのまま塀を越えて屋根から教会の敷地に侵入する。

 すかさず、指示通りに西の通用口へ回る。

 窓の死角に身を隠しつつ、コン、と控えめに戸を叩く。


 「あん? ……なんだぁ?」


 中から野太い男の声がして、足音が近づいてきた。

 やがて扉の前に気配を感じ、ドアノブが回った瞬間、扉越しに悪魔が電撃を放つ。


 「~~~~ががががががががっ!?」


 男は声にならない悲鳴を上げ、そのままばたりと倒れてしまった。

 俺たちはすかさず扉を開けて中に入り、男を適当に縛り上げる。


 「すげーな……」

 『くはは! 儂にかかればこの程度、造作もないわ。見たか我が友よ、儂は頼りになるであろう?』

 「何言ってんだ、最初から当てにしてるっつーの。それよりとっとと移動するぞ」

 『ふん、わかっておるではないか? その調子で儂を褒め称えるがよい!』

 「行こう、ベアトリーチェ」

 「ええ」


 男の意識が完全に落ちているのを確かめて、俺たちは扉の奥へと向かっていく。

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