第2話 いつもの朝

 朝起きてまず、子どもたちの様子を見る。

 寝苦しくしていないか。熱を出していないか。呼吸は乱れていないか。

 ここにいる子どもたちは、みんな五歳より下の小さな子たちばかり。そのうちの半分は、つかまり立ちも出来ない赤ん坊だ。


 そんな環境だから、誰か一人でも病気になればあっという間に広がってしまう。特に抵抗力の弱い乳児期は、些細な体調の変化も見逃せない。

 大声で泣いてくれれば気付けるときもあるが、そうでないときもままある。一人一人の顔を覗き込んで、様子を見る。……うん、大丈夫かな。


 中庭に出て、井戸水を汲んでくる。

 これがまた重労働で、しんどい。一度に運べる量なんてたかが知れているから、何度も何度も往復しなければならない。朝使う分だけでも息が絶え絶えになる。

 

 それが済んだら玄関の郵便受けを見に行く。

 毎朝届く新聞を取り出すと、まずは天気予報をチェック。

 今日は晴れのち曇り……午後から強風が吹くのか。洗濯物は早めに取り込まないとな。

 次に一面記事……国王陛下御成婚ねぇ……東の帝国で古代遺産を発掘? ほんとかな。……へー、辺境伯領で農地改革を試行・不作続きの王国を春へ導くか? かぁ。

 そのまま新聞を斜め読みしていると、お隣のブリューばあちゃんから声がかかる。


 「おはよう。なにか目新しいニュースはあったかい?」

 「おはよ。また王様が結婚したんだって。今度は隣の領の人がお相手みたい」

 「はん、これで側妃様もお二人目かい。正妃様がお隠れになってからというもの、王宮はバタバタと大忙しらしいね、あたしらには関係ない話だけど」

 「なんで? うちの国の王様が結婚なんて、みんな嬉しくて喜ぶもんじゃないの?」

 「じゃあ、アンタ今嬉しいのかい」

 「……そんなに」

 「そうだろう?」


 皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして新聞を睨むばあちゃんは、なかなか迫力がある。

 しばらく世間話に花を咲かせた後、急いで新聞を持って台所に戻ると、目が覚めてしまった赤ん坊を抱いた先生がいた。


 「おはよう。……いつもいつも無理しなくていいって言っているでしょう」

 「無理なんてしてない。俺がしたいからしてるんだ」

 「朝の挨拶をしなさい。それからその俺、って言うのをやめなさい。まったくどこで悪い言葉を覚えてくるの」

 「はいはい、おはよう先生」

 「はい、は一回!」


 はーい、と生返事を返しつつ、新聞を差し出す。

 先生はまだ何かぶつぶつ言っていたが、俺から新聞を受け取ると口を閉ざして新聞に見入っていた。


 「今日は風強いって」

 「……そう。洗濯物早めに取り込まなくちゃね」


 何か気になる記事でもあったのか、先生は新聞を丁寧に畳んでエプロンにしまうと、棚から魔道具を出して、窯に火をつける。


 『着火せよ』


 手にした魔道具が仄かに光を放つと、窯の底に並べられた薪が少しづつ燃え上がる。

 

 「ねえ、いい加減それ、俺にも使わせてよ。そしたらお湯も沸かせるし、ミルクも作れるしさあ」

 「何度も言わせないで、あなたにはまだ早いわ。火の扱いも魔道具も、もっと大きくなってから。そもそも、そんなにお手伝いしようとしてくれなくったって、構わないのよ?」

 「だーかーらー、それは良いって言ってるじゃんか。だいたいそんなこと言って、また前みたいに倒れたらどーすんだよ」

 「それは……でも、あれから一度も体調を崩していないし」

 「俺が手伝ってるからだろ?」

 「……そうね、助かってるわ。ありがとう、ゾルバ」

 「だろー? だからさあ、俺にもそろそろさぁ……」

 「それとこれとは別よ」

 「ケチ」

 「へぅっ……んぎゃぁ、んぎゃぁ……」

 「あらあら、ごめんなさいね。さ、下の子を起こしてきて。私もすぐに行くわ」

 「……へーい」


 子ども部屋へ向かうと、既に何人かはのそのそと起き出していて、寝惚け顔でこちらを振り返ってきた。


 「あー、あんちゃん、おはよー」

 「……はよ、おにーちゃん……」

 「ん、おはよう。顔洗ったやつからご飯食べていいぞ」

 「ごはーん!」

 「えへ、いこいこー!」


 寝起きだというのに、ご飯と聞いて急激にテンションが上がった子どもたちは、我先にどたどたと廊下を走っていく。


 「ちょ、おい! ちゃんと顔洗えよー!」


 はーい、と威勢のいい声は返って来るものの……絶対聞いてないな、あいつら。

 まったく元気がよくて困っちゃうね……っと、騒いだせいで赤ん坊たちがぐずりだしてしまった。


 「あー、悪い悪い。うるさかったな。おはよう、すぐミルク出来るからな」


 泣き声が聴こえたのか、先生も急いでこちらにやってきて、二人で往復して赤ん坊たちを食堂に連れていく。

 全員揃ったら、泣き声と笑い声でやかましい子供たちをテキパキと座らせて、朝の祈りをする。


 「母なる大地の神、女神メーテル様。今日もそのお恵みを頂けることに感謝いたします。祈りを」

 「感謝いたします」

 「いたしまーす」

 「まーす!」

 「さ、みんないただきましょう」

 「いただきまーす!」


 わいわいとお喋りしながら、朝食を摂る子どもたち。

 先生はそんな様子を優しい瞳で見つめると、哺乳瓶を持って赤ん坊たちに与えていく。

 俺も食べるのは後にして、先生の隣で次の子の分の粉ミルクをお湯に溶かし、冷めるのを待つ間におしめを替えていく。


 「今朝はお隣のおばあちゃんに会った?」

 「朝ご飯食べたら来るって。ニッケルのこと気にしてた」

 「そう。じゃあ食べたらお願いね。片付けたら行くわ」

 「へーい」

 「ゾルバ。ちゃんと返事をなさい」

 「……はい」


 まったく、口うるさいんだから。親ってのはそういうものなのかな。

 前世じゃ経験ないから、わかんねーけど。


 まあ、それはもういいか。

 今はこのハーグ孤児院が俺の家だ。

 死ぬ前のことは関係ない。


 ここで俺は、ゾルバ・ラ・ヴォンとして生まれ変わり、新たな第二の人生を送っている。

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