第29話 邪竜討伐後②『特異点の力』

《29話》


【魔界─邪竜ファヴニアルの棲家】


俺は邪竜ファヴニアルの中に封じられていた黒い球体に触れるとなるべく恐怖心を与えないよう声をかけてみる───。


フィリスのように強引に力で球体を破壊して中の竜人を助けるというのも一つの手ではあるが…


(流石にリスクもあるし、助けられたところで向こうに恐怖心を持たれて警戒されるのも考えものだよな…)


「中から反応は無し、もしかしたら何か外からの力に反応するのかもだし、少し魔力を流し込んで見るよ。」


「んー…上手くいけば良いけど下手したら中の竜人の怒りを買うかも…やっぱ私がその封印ぶち破ろっか?中の竜人がギリ死なないよう調節してみるし…♪」


フィリスは俺が駄目と言うのを分かっていながら冗談交じりで提案してくる。


(絶対わざとだ……)


「いや…そっちの方が怒り買うでしょーが!」


でも、ちゃんとそこはツッコミを入れるのも優しさかもしれない。


「ニャハハ♪」


(なるべくフィリスの案は最終手段だ。フィリスは緻密な力のコントロールは相当上手いはずだ…それでも中に入っている竜人を殺してしまいかねないという事はそれほど強い複雑な封印…もしくは、何かしらの細工がなされているのかもしれない……)


「困ったなぁ……、とにかくフィリスに半殺しにされたくないのなら中からも封印を破ろうとしてみてよ…竜人さん」


俺はそう声をかけながら、魔力を黒い球体に流し込んでみる───


すると黒い球体は俺の声が届いたのか再び光りだした……


…ものの一切の返事などは無く、俺はどうすれば良いかと思考を巡らせる。


しかし、結局これ…


「フィリスどうしよう…なんか光りだしたし、熱くなって来てるんだけど!」


「んー…中の竜人が怒りだしたとかかなー?」


(おいおい、俺何もしてないって!)


「いや待って!?半殺しにするって言ったのフィリスだし俺怒らせるようなことしてないって」


「アハハ、魔力流したのが駄目だったんじゃない?」


(フィリス俺が慌ててるの見て楽しんでるだろ……(苦笑))


そんな事を言いながらフィリスに助けを求めていると、仕方ないなぁという表情でフィリスが近づいてくる…


──その瞬間だった。


俺が触れていた黒い球体はいきなり俺の腕を掴むと、引きずり込もうとし始める。


「ッ……!何だこれ…抜けないしドンドン引き込まれようと……!」


「ディガル君!!」


「フィリス……駄目だ…!!」


フィリスに呼ばれ咄嗟に振り返ると、フィリスの蒼い瞳が先程邪竜の四肢を爆破させた時のように光り始めている──


フィリスのそこからの行動は素早かった!


漆黒の球体へ向け、大量の光の斬撃を浴びせかける───


俺に当たらないようには調整しているようだが…


「フィリス……!!」


──間違いない、フィリスは中の竜人ごと封印を消し飛ばすつもりだ!


(俺はフィリスの契約で死なないだろうが、竜人はただではすまないだろう…!)


「私はね…この場ではディガル君の命が第一優先だから……」


フィリスは先程まで楽しんでいた様子ではあったものの、状況が一変したことで…


(無駄な足掻きをするな、私の所有物を傷つけるのならば灰燼かいじんに帰すまでだと言いたげである。)


「俺は大丈夫!契約もあるし…」


「契約がその黒い球体の中でも効果継続出来るか分からないでしょ?仮に能力が阻害される封印が掛かってたら、私が封印ごと今破らなければ……どうなるか分からないよ?」


「ッ……!」


(そう言われてしまうと俺が言える事は無くなってしまう…それに今の自分自身がドンドン黒い球体に呑み込まれようとしてる状況に恐怖を感じない訳がない…)


「にしても……私の斬撃をここまで完璧に防ぎきるか〜…なるほど…何重にも重ねがけされた物理対策の封印がされてるね…」


フィリスの光の刃は防がれているというよりはそもそも攻撃ごと相殺されているような印象を受ける。


「フィリスでも断ち切れないってどんだけ硬いんだよ…!」


「硬いというより…多分攻撃そのものを無効化されている感じかな…普通の攻撃じゃまず破れないね」


「ッ……!」


マジでフィリスが破れないっていわれたら絶望感凄いんだが……


「安心して…?私なら破り方はあるよ、封印師が数百年単位の期間をかけて何重にも編み込んでる封印っぽいから…解析に5分位はかかるけど……ディガル君耐えれる?」


「5分間なら……クッソー……!にしても抜けねぇー!!オラァ…!!」


『駄目…逃さない…』 


(相変わらずこの頭に直接語りかけるような喋り方は不快感が凄まじいな……!)


「ッ……!またこの声……!頼む…君と敵対するつもりは無いから出てきてくれ……!」


球体に俺の右腕は完全に吸い込まれ、ドンドンと半身まで引き込まれていく勢いだ──


(このまま完全に引き込まれてしまえば中から出るのは容易ではないだろう……ったく、女の子が丸呑みされるシチュは悪くないが自分が丸呑みされるのは話が別だ。何か手は…何か……!)


フィリスが解析を済ましたタイミングで、何か即効性のあるクリティカルヒットを叩きだせたら割れる可能性もある。


「ッ……見つけろ、打開策を……!」


俺は、無我夢中で藻掻いてみれば吸い込まれた右腕の先が動くことに気づいた。


(これは…まさか中の大半は空洞だったりするか…?)


「フィリス…!俺の腕を吸い込んでる場所…中はある程度空洞だ!本体を巻き込まず外の殻だけを潰すなら大丈夫かも」


「へぇ…それは私に、やって良いって許可かな?ディガル君、ちょうど解析完了したし…

良い破壊方法を思いついたんだ〜…♪」


フィリスは蒼い瞳を光らせたまま悪い笑みをしている。


『やめて!熾天使、コッチに来ないで!!』


──再び頭の中に響き渡る声


「グゥッ……フィリス!ウダウダ言ってたら取り込まれる……俺が流し込んだ魔力、内側にきっと作用してない…だから…外側を覆っている俺の魔力を目印に破壊してくれ!」


「ハハ…相変わらず自分のピンチなのに結局救うこと考えてるんだ…ディガル君らしいね?ま、そう言うとこ気に入ってるんだけど…」


フィリスはそう言いながら、吸い込まれていく俺にニコッと笑いかけてくる。


(相変わらずなんつー可愛い顔だよ…自分がピンチなのにそれを忘れてしまうほどだ……)


「あ、そういえば…ディガル君は私が必殺技の名前を口に出す方がロマンがあって良いんだっけ〜?」


「へ…?今この状況でその質問!?ホント早くしないと今にも吸い込まれ……!」


俺の顔半分にまで黒い球体は迫り、身体はドンドンと球体の中へと呑み込まれていく…


俺の視界は暗黒に染まり始める──


(フィリス…ヤバイ…マジで頼む……!)


「ディガル君、私の技…よく見ててね…♪」


そう言うと、フィリスの周りだけ何やら空間が歪み始めた…


(何か今までのフィリスとは雰囲気…いや、オーラが違う…熾天使の瞳で見ると何か歪みだけじゃなく…違和感?凄みがある…)


『なんだその力は…熾天使風情が…"役割"の外の力を振るうなどと…!』


(明らかに、中の竜人は警戒している、その証拠に俺への吸い込みが多少緩んでいる気がする)


「ハハハ…私が持つ力は熾天使の加護の力の行使だけじゃないんだよね…コレは本来今から君が覚える能力だよ、ディガル君」


「俺が…?」


「うん、君の…"特異点"だけに持ち合わせる能力…普段の私は詠唱はしないんだけど、この力には詠唱を必要とするから…」


フィリスはそう呟くと、純白の翼で自分を抱くように包み込ませると祈り始める…


詠唱の準備が始まった…しかしやはり詠唱中は無防備になるものだ…その隙を狙われるのは必然か…


『させると思うか…詠唱が必要などと、我の前では自殺行為でしかない…』


中の竜人の意思か…フィリスに向けて黒い球体から大量の細かい礫が発現しフィリスに向けて一斉に放たれる───


が、そのすべてはフィリスの周りを纏う謎の歪みによってことごとく消失していく──


「なるほど…この球体一つ一つに強力な封印魔法が編み込まれてる、中に吸い込まれたら竜人と同じく半封印状態って訳ね…」


『防ぐ動作すらせず…消失…何をした…!』


竜人は動揺が隠せない様子だ…


「あー…詠唱はあくまで効果の底上げだよ?私さっきも言ったけど、基本的に戦う時は全て私の発想をそのまま発現させてるから…」


(フィリスは基本的に熾天使の加護を行使すれば大体のことは出来ると言ってたし…自分の力についてきっと相当試行錯誤と経験を繰り返してきたのだろうか…)


「だから、詠唱段階に入る前にとっくにこの能力の発動条件は達成してる。でも、ディガル君にはちゃんと自分の力を知って貰いたいからね…」


フィリスはサラッとそんな事を言うと、ひと呼吸おき



"【──救命の双翼 両極の平衡へいこうを保ちし 燦然さんぜんたる天 深淵なる魔を司りし虚空なる特異よ その身に宿りし強大な力を封じし鎖を引き千切り 理の均衡を崩す脅威に その威厳を見せつけよ すべての邪悪を現象ごと無へと帰し再誕させん──】"



──と透き通るような声で発せられる詠唱


たちまち黒い球体の周りを取り囲むように広がる空間の歪みと美しき光……


"『玲瓏』"


(そして詠唱は長いがスキル名は短っ……フィリスは戦闘時は無駄を嫌うって言ってたし……シンプルかつコンパクトな技名ってやっぱカッコイイよな…)


──フィリスは俺の方を向いてニヤッと悪戯っぽく笑い、右手の人差し指と中指の二本指を立てたまま、シュッと空を切るような動作をした瞬間…


一斉に空間の歪みが黒い球体を包み込む──


『何これ……外から光に侵食されてる……!?熾天使……ィ…!!』


フィリスの光の攻撃によって追い詰められた竜人は悲痛な叫びをあげるがフィリスが手を緩める事は無い…


俺の身体を吸い込もうとしていた球体の動きは弱まっている。


フィリスは詠唱の途中に俺には攻撃が当たらないように熾天使の加護でバリアのようなものを張ってくれていたようだ


(今なら……!)


「ッ………抜け………ろぉ……!!」


『駄目……!許さない……許さない許さない!!厄介な熾天使に特異点……瘴気に呑まれろォォ!』


確かに吸い込む力は弱まりつつあるが、俺の身体はまだ抜けるには至っていない…


(クソッ……!さっさと大人しくしてくれ……無駄な手間をかけさせんな……!)


竜人は怒りのまま球体の中から叫ぶと、フィリスに向けて瘴気の塊を槍のように具現化させて貫くような速度で放つ───


しかし


「………何かした?さっさと出てきなよ、ひきこもり竜人。」


(フィリスの前で瘴気の槍は完全に消滅した……?)


『………は?何を……したの?私は最大威力の瘴気を具現化させたはず…』


フィリスはニヤ~と再び悪い笑みを浮かべている


「何って?…貴方が放った瘴気はまだ貴方の周りにある"玲瓏"の光で現象ごと消滅させられたって訳」


『ふざけるな……私は一時は邪竜の力を宿した竜人だ!そんじょそこらの熾天使の光如きに……!』


「残念、私こう見えてシエル家で数万年に一度生まれる"化物"って言われてるからね…それに、玲瓏の光は時間が経つごとに効果を増すよ?」


(え…フィリス、それは初めて聞いたんだけど…その化物って呼ばれてたのシエル家公認なのか…苦笑)


「あれ?ディガル君、それは始めて聞いたって顔してるね?」


「え…いや、その」


「また後でしっかり説明してあげる。簡単に言えば…シエル家が新鋭って呼ばれてるのは、私と兄の力が大きいからなんだよね…それまでパワーバランス的にはヴァイス家が一番だったんだけど…それが入れ替わる位、私は熾天使の加護に愛された存在だから…♪」


「なるほど……」


(確かに、学園ではフィリスがずば抜けてたって話も聞いてたし…アデルも優秀とはいえ、フィーゴも居ると考えればパワーバランスひっくり返るのも当然か……)


『……さっきから黙っていれば…危機感の欠如!戦闘中に雑談なんて、ふざけんのも大概にしろ…ォ…!!』


「フィリス!」


「大丈夫、そろそろかなぁって分かってたから。後さ…、私もそろそろ執拗くて飽きてきたんだよね?そろそろ出てきてくれないかな?出てこないなら半殺しも視野に入れてるんだけど……」


「フィリス…力入れ過ぎて殺さないようにだけ頼むよ。もう、なんか疲れた…」


「大丈夫、私に任せて…。ディガル君はすぐその汚い球体から引きずり出してあげるから…」


『……熾天使風情が私を半殺しだと……?舐めるな…!』


(さっきまで俺に命乞いまでしてたのにヤケクソだなこりゃ…フィリスのこの圧に押されて平静で居られる方が少ないだろうけどさ…)


「ん、そう言ったんだけど…なら理解力はあるみたいだね?んじゃ……」


───殺すよ?


半殺しと言った癖に数秒後には矛盾したような発言をするフィリスに対して俺はもう苦笑いをするしかない。


(多分ああは言ってるがちゃんと半殺し程度で済ますのがフィリスだ、その辺は俺も信頼している。)


『そう簡単に殺されるとでも……?』


「あー、言い忘れてたんだけど……私って"目"めちゃくちゃ良いんだよねー?既に弱点、見えてるよ?」


──フィリスがそう言った瞬間、彼女の手には先程黒い球体の外側を覆ったあの歪みを更にコンパクトにした光の球が現れる。


『ヒッ……それは…!!』


「アハハ…、本当はあの歪みに触れればその現象を無効化されるんだけど…こうやって光を凝縮すればするほど破壊力が上がる…だからコンパクトな方が実は強かったり…」

 

『や…やめ……!!』


──その瞬間は俺も目で追うことすら出来なかった。気づけばフィリスの掌に乗っていた光の球は消え、一瞬にして黒い球体を貫き、球体は完全に瓦解した。


(凄まじい威力だ……しかも、貫いたとなると中の竜人も大ダメージだろな…)


半分吸い込まれかかっていた俺の身体はまるではじき飛ばされたように10mほど投げ出された……


「イッテテテ……、マジで身体が生身の人間なら大怪我だろこれ……」


「ディガル君、良かった無事で!」


フィリスは俺の元へと駆け寄ってくる。そして、俺の身体を加護の力で回復させてくる。


「え……?俺はどこも怪我してな……へ……?」


──球体に吸い込まれていた右半身が瘴気によって蝕まれている


「え…なんで……痛みとか全く感じてなかったのに……!血も出てないし……!」


俺はこんな経験をした事が無い為取り乱した──


「大丈夫…大丈夫だから、ディガル君」


「あ……あぁ……!!ハァ……ハァ……ッ!」


「痛みが無いのは私の光ですぐにディガル君の腕先の痛覚を遮断してたから。そもそも瘴気で灼かれたところも本来なら痛みを感じるんだけど、それは多分君の悪魔の力で痛みを感じにくくなっていたんだと思う」


フィリスが手で触れたところから俺の半身は元通りに修復されていく…


「とにかく……フィリスの加護の光がやっぱあの球体の中では阻害されてたのか……フィリスの警告通りだった、あのまま引きずり込まれきっていたら……」

 

「良いよ、ディガル君の気持ちも分からなくは無いから…」


「あ、ところで竜人は……!?」


俺は立ち上がるとキョロキョロと周りを見渡すと、数m先に地面に倒れている竜人を発見する。


「フィリス…殺してないよな…?」


「大丈夫、流石にあの攻撃は現象の無効化だから死なないよ。威力も抑えたし」


(威力抑えてアレはどうかしてんだろ……(汗))


俺は倒れている竜人の方へと近寄ってみる……そこで俺は大きな問題を見つけてしまう…。


「………ッ……。」


『………うっ…私の瘴気を一切消し去るとは……なんとめちゃくちゃな力……で?何?私にとどめを刺すんでしょ?………何だその顔は…』


「……いやだって…竜人さん……裸…!」


『あ…?私達竜人が外郭、少し前なら邪竜ファヴニアルの姿で戦う場合基本裸だが…何もおかしなことは無いだろう…』


「いや…問題大ありだ………!!!」



《28話完》

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