第27話 この世界に生きる『覚悟』

《27話》


【魔界─邪竜ファヴニアルの棲家】


「ハァ……ハァ……、ハハ…初めて……初めて刀で大物を…斬った…」


未だに俺は邪竜ファヴニアルを屠った自分の放った一撃の感覚が手に残っている──


たかが一撃…されどその一撃は、平和な国に生まれ、人を殺すことはおろか武器すらゲームの中でしか握ったことの無い俺にまざまざと


【これがゲームではなくリアルである】


という事を実感させられる。


「何とも言えない気分だ…ホントに」


勿論邪竜は倒すべきであった…。倒さなければ討伐隊の悪魔達がどれほどやられていたか見当もつかない。


しかし…やはり目の前で生命を断つというのは「憎き邪竜を討ち滅ぼしたぞ!」という高揚感より先に自分が生命を奪ったという現実を受け入れることで手一杯だ…


目の前ではフィリスが完全に動かなくなった邪竜の"外郭"の身体を順々に刀でバラしていく…。しかし俺はまだ動けそうに無かった。


勿論雑魚魔物を自分の強化の為に初日に倒しまくってはいたが…あくまで雑魚魔物は雑魚魔物だ。スケールが全く違う。


それに加え…死にゆく寸前に邪竜の声が俺の頭には聴こえてきた。



        ★


俺が邪竜にトドメを刺す前──


フィリスと俺はアイコンタクトを取りお互いに行くぞと声を掛け合った。


俺が全力でフィリスの刀に力を込めていると…


『怖い……怖い!この熾天使怖い!死んじゃう……死んじゃう!痛い痛い痛い痛い……!!』


「ッ……!?」


(なんだよ…今の……、邪竜の心の声か……?)


フィリスは凄まじい踏み込みと機動力によって、光の鎖の爆発で力のほとんど入っていない邪竜の四肢と尻尾を素早く斬り落としていく。


四肢を斬り落とされ、激しい痛みによってファヴニアルはこの戦いの中で一番大きいレベルの凄まじい咆哮をあげるが、四肢を斬り落とされた為もう立ち上がる事すら出来ない。


フィリスは俺と同じ攻撃方法での戦い方を見せると言った──


(確かにやってること自体は俺と変わらないのだが…


まず機動力の時点で目で追えないし、気づいたら邪竜の四肢が斬り落とされてるし…おまけに同じ刀使ってるはずなのにフィリスの熾天使の加護の力が大き過ぎてもはや見た目が刀じゃなくて大剣もいいところだし…


基本中の基本の技でも最終まで使えるって言ってたの間違いなく事実だな…極めればあの威力と素早さ、そして容赦の無さ──十二分に脅威になりうる。


俺が今後目標とするのは"アレ"だ…いや、フィリスのあの動きになるべく近づける事だ……。


俺はフィリスの一連の攻撃が終わったと見るや、刀に加護の力を全力で込めて振り上げる。


(後はこれを振り下ろすだけ……!)


しかし、完全に動けなくなった邪竜は俺に再び命乞いを始める。


『やめて……もうやめて……!痛い…痛い痛い!殺さないで…!』


「ッ……やめろ…!」


頭の中に必死に命乞いをする邪竜の声が聞こえる。さらに悪質な事にその声は少女のようなあどけなさのある声だ。


──俺は一瞬葛藤する


(惑わされるな……コイツは邪竜だ、それに…俺はコイツに1度殺されかけている!そんなヤツに情けをかける必要は無い……)


しかし無意識に俺の刀にこめた力が少し抜けたのだろう…明らかに先程よりもフィリスの刀の力が揺らいでいる。


「ねぇ…ディガル君。」


「フィリ…ス……?」


──頭の中でフィリスの声が響く。


それは邪竜の命乞いの声を掻き消してしまい…


「力が揺らいでる…まさかこの期に及んで邪竜に情けをかけるつもり?」


フィリスの声には抑揚が無い。これは怒っているとかではなく、完全に俺がこの邪竜を倒せるのかどうかをまるで試しているかのようであり…


「いや…ちが…。」


「事実刀の力、半分以上抜けてる」


「ッ……フィリスは…!」


「何?」


「敵が命乞いをしても問答無用でトドメを刺せるのか?」


「…私は必要だとあらば刺すよ。」


「俺には…その覚悟が決めきれない…」


「邪竜をここで生き延びさせてメリットある?悪魔や天使、たくさん犠牲になってきたんだよ…コイツを殺すのは"義務"だよ」


「分かってる……分かってるけど……!」


「共存が出来るって言いたいの?」


「その可能性もまだ…」


「無いよ、共存は出来ない…相手は邪竜だよ?ディガル君も殺されかけたじゃない」


「なんで決めつけて…」


「決めつけるというより…ディガル君、甘いよ。それは…きっとこの先自分を苦しめることになる」


「俺は出来れば悪魔も天使も竜も共存していけば良いと思ってる」


「ディガル君のその発言に伴った覚悟はあるの?」


「覚悟……」


「そう、ディガル君がその発言を達成する為にどれほどの犠牲があるか…理解してる?」


「でも…自分からその道を閉ざすことはしたくない……」


フィリスは少しだけ考え直してくれた様子だ。俺の発言を吟味し、そしてその美しい瞳で俺を見据える。


「うーん…その覚悟をなんで邪竜にトドメを刺すってことに変換出来ないかなぁ…!でも、私が…惹かれたのはその優しさ……ハァ、私に一つ考えがあるよ」


フィリスはため息をつきながらも折れてくれた。


「考え…?」


「ディガル君の覚悟を鈍らせると思ったから最初言ったけどそれ以降は言わないようにしてたんだけど…邪竜の中身は竜の血を宿した竜人なんだよ…」


「竜人……あ、ギルドに入る前にサラッと言ってたような…」


「そう、あの邪竜の姿は外郭が力をつけ過ぎて制御が効かなくなった姿…言わば中身と外は別ってこと」


「中身の竜人だけを切り離してしまえばいい感じか?」


「そう…、本来なら竜人が化けた姿だから中身は本当はそれほど狂暴じゃない。」


「力をつけた外側だけを切れば助けられるのか?」


「ひとまずディガル君はこのまま邪竜の首を切断する、ちゃんとそれは出来る?」


「分かった……最初からそれは俺の役割だから責任を持って貫き通すよ…」


「覚悟、決まったみたいだね…内側はきっと心臓部分に囚われてるだろうから救うのは私がやる。」


「分かった…」


「ディガル君…君が精神的にも強くなれるよう私がやっぱこれから先も稽古付けるよ…覚悟しといてね?」


フィリスはやっといつもの笑みに戻って一足先に降りていく。


降りていったフィリスはこちらに右手を挙げた状態からサッと降ろして合図を送ってくる…


トドメを刺そうとした瞬間、往生際が悪く邪竜は暴れようとする…


───が、フィリスが合図をした瞬間、再び邪竜に光の礫が襲いかかり身体を貫通する…!


邪竜はその一撃で、完全に動かなくなった──


俺は再び心を落ち着けて刀身に力を込め始める……


───じゃあな、邪竜ファヴニアル…。お前、マジで強かったよ……。


俺は刀に力を込めたまま──


"ザシュッ………"


と上空から邪竜の首を一刀両断した。


         ★



「ディガル君お疲れ様…残りは私がやるから休んどいて良いよ?初めてだろうから気分悪そうだし…一応回復はかけとくね?」


そう言ってフィリスは俺に熾天使の加護で回復をかけてくれる。


相変わらずフィリスの回復魔法?は凄い…疲労や精神的な面もだいぶ楽になる。


「大丈夫…流石に、最後まで見届けないと…」


「おぉ、ディガル君意外と根性あるねー?私との初陣としては上出来だと思うよ?」

 

「そう言ってもらえるとまだ救われるよ…実際迷惑かけまくりだったから…」


「私がしたいってだけだから気にしなくていいの、でも流石にあの土壇場で言い訳しだしたのはちょっとだけマイナスポイントだけど…♪」


「うぅ…面目ない…」


フィリスは何だかんだ許してくれたが正直、あのフィリスの冷酷な目


"俺を強くする為には手段を選ばない"


というような……


(まだ怒ってくれる方がマシだ。あの時のフィリスの目は完全に俺を導く…弱い心を許さないという感じの真顔だった…。)


これから先フィリスと意見が食い違う場面もあるだろう…そんな時、フィリスを失望させないように出来るだろうか…


「でも、それにしても意外だったねー。ディガル君があそこまで私に反論するなんて…おかげで私も冷静になっちゃったよ…」


「へ…?」


「ん、邪竜の中身のことについて戦ってる時は完全に忘れてたから。」


「なるほど……フィリスってさ…戦ってる時あまり喋らないよね。というより、普通って技とか詠唱とかするのあるあるだけど、フィリスはしないの?」


「詠唱かー、しないねー…考えてもみなよ、詠唱とか技名言いながら戦うって私は"効率悪い"と思うのよ。」


「うそ…男のロマンを否定された気がする…(苦笑)」


「だって詠唱してる時間に何回敵に攻撃できると思う?相手が詠唱なんてしてたら私からすればカモ、それに技名なんて言ったらだいたい何してくるか分かっちゃうじゃん…よっぽど難しい技名ならともかくね…」


「凄まじいド正論…実際フィリスの目の前で詠唱とか本当に無理だよな…」


「ってことで、邪竜の中身とご対面と行こうかな…行くよディガル君、ほらほら立って立って」


「え……フィリスはあんだけ動き回ってたのに疲れてないの?」


「私は常に一定の割合で加護の力で回復し続けてるからね。」


「相変わらずめちゃくちゃだなぁ…」


「良いから良いから、ほら」


───フィリスにグイグイと引っ張られ、俺は足早に仕留めた邪竜の元へと向かった。



《27話完》

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