第13話 流行(赤)

 舞台上で英雄は、剣を掲げ、高らかに宣言する。


『たとえ、友であろうと! いや友だからこそ! 引導を渡すのが我が責務! 彼の者の首を落としてでも止めてみせると、この剣に誓おう!』


 歓声が劇場を揺らす。

 舞台上の演者達はもちろんだが、観客席からもかなりの声が上がっていた。通常であれば許されない行為だが、ここしばらくの上演では声を出すことが許されている。

 歓声を受けて英雄は、他の演者達を、そして観客を見回し、満面の笑みを浮かべて頷くと──悲しげに歪めた。

 英雄は英雄である前に、一人の人間だ。


「最近流行の芝居と聞いて来てみれば、うるさくてとても集中できない」

「でも楽しいじゃん、おれは好きだよ」

「……それは、貴殿を誘ったかいがある」


 数あるボックス席の一つにて、そんな会話が交わされていた。


「おれが英雄譚好きなの、覚えていてくれて嬉しい」

「偶然、チケットを二枚もらっただけのこと。貴殿の為に買ったわけじゃない」

「へー? 君はダークロマンスの方が好きな奴だったはずだけど? 君の趣味をよく理解してないよなーそいつー」

「所詮は仕事の付き合いだからな」

「そっかそっかー。んふふ」


 嬉しくて堪らないとばかりに身体を揺らす、粗末な服装の赤い短髪の青年。その隣で、長い金色の髪をした、一目で貴族と分かる出で立ちの青年が、面倒そうに溜め息をもらした。

 落ちないよう気を付けながら、赤髪の青年は手すりから身を乗り出し、その紅の双眸を爛々と輝かせる。


「気になってたんだ、この芝居。でも、おれの所持金じゃ、立ち見席だって買えやしない」

「貴殿は働くべきだ」

「一ヵ所に縛られんの好きじゃない」

「……日雇いの働き口がないか、調べてみよう」

「二回目はおれだけで観ろって? つれないなー」


 口を尖らせながらも、赤髪の青年は楽しそうなまま。金髪の青年はまた溜め息をもらし、舞台上に視線を向ける。

 背景は森の中に切り替わっており、英雄は山の上に立って観客に背を向け、何やら雄々しく歌っていた。怯むな逃げるな立ち向かえ、という歌詞が耳に届く。

 しゃがみこむ仲間達に対してか、心中では弱気になっている自分自身に対してか。

 赤髪の青年はじっと、英雄を見つめていた。


「……うん、いいや」


 一際柔らかな声で、赤髪の青年は呟いた。


「何が、いいのか」

「ずっと考えてたんだよ。──英雄になるべきか、ならないべきか」

「……貴殿は何を言っている」


 金髪の青年が鼻で笑っても、赤髪の青年の表情は変わらない。楽しそうに楽しそうに笑みを浮かべ、ゆっくりと視線を金髪の青年に向ける。


「極東で、グレンヴィルの吸血鬼が何体か、行方不明になっている話を聞いたことは?」

「……世間話で、何度か」

「それ、解決しに行こうかなって」

「貴殿がか? 世迷い言を……頭でも打ったのか」


 信じられないとばかりに首を振る金髪の青年に構わず、赤髪の青年は続けた。


「おれはあんまり戦闘向きじゃないよ、自由な旅人たるスタフォードの吸血鬼だ。それでも、その自由さ故に、どんなことでもやれると思う」

「──ナイトフォール」

「どこで消息が途絶えたか、親切な魔女さんに教えてもらったんだ。そして今なお事件は解決してない。なら、行こっかなって」

「ナイトフォール・スタフォード!」


 金髪の青年の叫び声は、同じタイミングで戦闘が始まったことで掻き消される。それならと胸ぐらを掴もうとしたが、ひらりと曲芸士のように赤髪の青年は舞い上がり、後方の扉の前に着地した。

 笑みは、浮かべたまま。

 少しだけ──胴体は震えている。


「タンザナイト・ヴィリアーズ、無事に戻れたら、今度はちゃんとこの芝居を見届けよう。声援はなしにさせて、ゆっくりとさ」

「ナイトフォール! 待っ」


 それ以上は聞きたくないとばかりに、赤髪の青年はボックス席から風のように出ていった。

 赤髪の青年がいた痕跡はどこにもない。そもそも最初からいたのだろうかと、残された金髪の青年は、空っぽの席を呆然と凝視する。


 ──が、まだ赤髪の青年であった頃の話。


 とある洋館の端にある温室、そこに置かれた植木鉢の中で、赤き生首は眠り続ける。

 本当に眠っている時もあれば、ひたすら瞼を閉じているだけの時もあった。ただの生首には声を上げる以外に、それしかやることがなかった。

 赤き生首は何も喋らない。首は切られたが声帯を傷つけられたわけではないので、所構わず喋り倒すことも可能だが、赤き生首はそうしなかった。

 なんなら、赤き生首になってから、一言も口を開いたことはない。ただ地面に放置され、今や植木鉢の中に囲われている。

 こんなはずではなかった。──ではどうするつもりだったのか?

 ぼんやりとそんなことを考えながら、合間に友の顔を思い出す。


 ──ごめん、タンザナイト。

 ──おれは英雄にはなれなかった。


 植木鉢の中で一粒、赤い結晶が溢れ落ちた。

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