4-3-b どう思いますか?

「あなたはどうしてひとりなんです? ――ああ、家出ですか」

「……なんだよ。なんか悪いかよ」

「別に。いい身分ですね」

「ああ?」


 ハイトーンの声に熱が戻る。しかし、パーティションの上端に見えていた黒い頭のほうは、座っている相手に背を見せる向きのまま息だけ吸った。


「わたし父に捨てられたんです。借金こさえて行方不明。起業家ならリスクは理解していたでしょうに、こういうときはここを頼れという指示すらありませんでした。子供にスマートフォンは持たせない方針。部活にも入らず、下校すれば夕飯の用意をして父の帰りを待つ日々。彩りにとぼしくても、それがわたしの世界だった。なのに消えたんです。ある日、こつぜんと」


 知っている話。ユウキはしかし驚いた。雀夜が父親について、いまのように未練がましく語るのを初めて聞いたから。


「だからどうした? そんなのただの不幸マウントじゃねえか。てめえと同じモンを味わったことねえやつは下に見て黙らしとけば安心かよ?」

「不幸? わたしは父の心配をしているんです」


 声はあくまで落ちついている。


「ずっと父を支えてきました。父を支えるために必要なことはなんでも覚えてきた。そのわたしを捨てて、いったいどんな生活をしているのか。なにを食べているのか。体を壊してはいないか。家では笑わない父でしたが、人前ではいまも、笑ったりできているのか」


 ずっと考えていたことを、ただ吐露とろするみたいに。

 当たり前の呼吸に乗せて。当たり前のことのように。


「笑っているならいいんです。心の中だけでも、笑ってくれているなら安心する。支えてきたものが、消えたわけじゃないんだって。わたしがもう、そこにいなくても……」

「そんなのべんだ。ならなんで自分は捨てた? オマエがいるおかげで笑えてたやつらだろ。オマエでなくてよくたって、消えちまう欠けちまう痛みはオマエが一番よく知ってたんじゃねえのか?」


 自分のもとへ来いと言っておいて、マジョ狩りの少女はうしろ髪引かれない雀夜を問い詰めていた。家出もマジョ狩りも、自分で選んで始めたこと。それをそしられた怒りもあるだろうが、どこかなにか悲しんでいるようでもある。


 ポニーテールはまた向きを変えた。ほんの少しだけ。風の道に声を乗せる程度に。


「詭弁を軽んじる自分を疑ったことは?」

「あいつらのためだったとでも?」

「そう言ったとして、自分のためだけに捨ててきた人にはわかりませんよ。父のためだけに覚えてきたことを喜んでくれる場所がほかにあるだなんて、わたしは想像もしていなかったんです。そんなことは最後かもしれない。なら、すべて捧げてもいいと思えた」

「利用されてるだけだ。魔力集めだけじゃねえ。不良少女を捕まえてなきゃ、結局他人の音楽好きなだけ使ってることにも言いわけが立たねえ。だからやつらの笑顔もニセモノだって、オマエはそこにも気づいてる。いまは目をそらせてたって、いずれ認めずにいられないときが来る。それが怖くて逃げたんだろ?」

「あなたも?」

「っ……」


 息を飲む気配。ユウキは雀夜の目が、無感情なまま細まるのを見た気がした。少女がそれを見ただろうとも。


「……わたしがかいた欲は、覚えていてもらうことだけですよ。利用されているだけだとしたら、せめて、ふたつとないだったと」


 最後は自嘲じちょうするようだった。

 けれど、雀夜は笑わない。笑ったのは相手のほう。


「……どのみちオレはダシか」


 雀夜は歩きはじめた。


 パーティションの外へ出てくると察し、話に聞き入っていたユウキは隠れる場所がないことにいまさら気がついた。華灯をおぶったまま慌てて店内を疾走しっそうしかけたが、走りだす前に呼び止める声がした。


謹慎きんしんが終わったら会いに行く」雀夜を呼び止める声だ。「オマエを狩る。狩りってオレのもんにする」


 パーティションのわきまで来ていた雀夜は、店内を見ずしてうしろを振り向いていた。


「……逃げますよ?」

「逃げねぇよ、オマエは。まだだろ?」

「…………」


 雀夜の眉がかすかに動いた。それでもなにも気にとめない様子で視線をはずす。


「……三週間後です。ザコをひねりつぶしてえつに入りたいならご自由に。では――」

「まだだ」ハイトーンはしつこく追った。「店長からギター受け取って帰れ」


 カウンターで待ち構えるようにして、ペストマスクの巨漢が立っていた。四角く細長い革のケースを抱えている。作りも擦れ具合もずいぶんと古そうだ。


「貸してやる。オレのジイさんのだ。弾きゃしねえだろうが、持って構えるぐらいしとけ。三週も寝て過ごしたら、ライブの感覚忘れちまうぞ?」


 雀夜はじっとケースを見る。本物のギターがそこに入っているなど、実感すら湧かないのかもしれない。戸惑っているかと思いきや、またうしろを振り返って、


「転売するかも」

「好きにしろや」


 苦りきった声に追い払われるように、雀夜はペストマスクの前まで早足で進んだ。


「というわけで、ここはギターの買い取りはしていますか?」

「受け取る前に言うからすごいよね、キミ。ンもいのはわかるけど」

「フッたはずなんですがね」


 あからさまに迷惑そうな顔をして肩をすくめる雀夜。しかし差し出されたケースは素直に受け取り、その重さと手ざわりをふしぎそうに確かめていた。


「つーか魔法少女なんだね、キミ」

「おや。ご認識が?」


 店員にたずねられて顔をあげる。


「接点アカオくんだけだけどね。打ちこみより楽チンじゃ、本物に興味出ないよねー」

「ホンモノ……」


 そうつぶやいてから、雀夜はもう一度重たい革のケースを見た。かと思えば、二秒と立たないうちに顔をそむけ、誰もいない棚のそばの通路を見る。


「そこ……誰かいましたか?」

「さー? どだっけな」


 なぜかとぼけてくれる店員の前で、ぼんやりと目を泳がせる雀夜。その横顔を眺めながら、ステージ・フィールドに逃げこんだユウキは、入り口をそっと閉じきった。




   ★ ★ ★ ★ ★




「ただいまんぐぅすー。あー、ちかりたぁ……ってサクちゃん!? それナニ!?」

「すごいよすごいよヨサクちゃん! ホンモノのギターだよ!」

「お、おうッ、すごいぜ華灯せんせ! で、なんでなのサクちゃん? どっから出たの?」

「もらいました」

「誰さんから?」

「忘れました」

「そんなコトある!?」

「ヨサク先輩、ななげんくわしいですか?」

「七弦? あ、ほんとだ、弦が七本。めずらしいな」

「コミューンのしょには教本がなくて。基礎は同じだとは聞いたことあるんですけど……」

「やはり売ってきましょうか」

「待て待て待てっ。弾き方は六弦とそんな変わんねえし……ってか、サクちゃんが弾くのか?」

不承不承ふしょうぶしょう

「ら、ライブの感覚を忘れないようにって話だったよねっ、雀夜ちゃん?」

「はー、なるほど? まーじゃあ、とりあえず先にシールドケーブルとアンプだな。教科書はキッカに言っとくから……ユウキ、受け取っとけよ?」

「え、ボク?」

「そりゃそうだろユウキせんせ。なぁ、サクちゃん?」

「ふとどき者ですが」

「ふつつか者な? それも変だけどな?」

「また教えていただけますか? ユウキ先生」

「う、うんっ。こちらこそ、よろしく、雀夜ちゃん!」

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