1-5 これが〝マジカル★ライブ〟ですか?

「気づいた!」

 黄色いヌイグルミ姿のユウキが口走った。


 彼が見越しているずっと向こうの空で、クリオネのような『天使』たちが泳ぐ向きを変えている。見えない足場の上にいるさくたち、その目前の氷柱ひょうちゅう、異形の楽器たちが踊るそのてっぺんへと。


「魔法少女★ハルコン・テュポン――もてなしを」


 雀夜さくやが視線を戻したとき、楽器たちの中心から声がした。


 そこにぜんと立つ、黄色と白の魔法少女――全身に吸いつくような衣装をまとうさかき鹿が、ひらいた首もとに光る黄昏たそがれいろの宝石から、さっと手を離していた。薄衣うすぎぬのグローブに包まれたそのしなやかな手の先には、銀色の指揮棒タクトが握られている。


 まるでおのれの背骨のように、琉鹿子るかこはタクトを正面に立てた。

 途端、それまでいきり立つケダモノのように思うさま吠えたてていた楽器たちが、ピタリと音と動きを止めた。


 らされきった犬のように。誓いを立てた騎士のように。


 琉鹿子がきびすを返し、天使たちのほうを向く。浮遊する楽器たちも追従して位置を変える。

 氷柱を取り囲むように集まってきた天使たちは、一体一体が電車一車両ほどの大きさをしていた。小さいものでも小型の自動車ほどはある。琉鹿子へ近づくにつれて彼らは速度を落としていたが、十体以上も一度に近づいてくるのは相当な威圧感だ。


 琉鹿子はしかし、涼やかに立ちつづける。それと気づかないほど静かな動きで、タクトを真横に大きく振った。


(……始まる)


 無音の中、雀夜は悟る。


 無音ではなかった。まるで風が吹くようにしめやかな音色が、三つ首の金管楽器テューバからすでに流れはじめていた。

 追って、同じようにらせん状の長金管楽器トロンボーンから。そこへ鏡写しの銅太鼓ティンパニーが、ホワイトノイズのようにこまやかな振動を重ねていく。


 銀色のくしのような五連のフルートが前へ出る。まだ音は出ない。

 琉鹿子はタクトを高くあげた。


 無音ブレイク


 振りおろされるときを待ち、空気がぜた。


 果てなき空を、底なしの深淵しんえんをたたくように旋律せんりつが噴きあがる。

 伸びやかでも力まかせではなく。うずを巻くように、ひとつに練りあがるように。


 したたかに、大胆だいたんに。

 いくにもふくれあがる七色のあらしのように。


 音楽。始まったのは、音楽。


「魔法の、音楽……」

「だけじゃないぜ?」


 ぜんとして無意識に言葉をこぼした雀夜のそばで、白いマスコット姿のヨサクがささやいた。「見てな」と続けてうながされた雀夜の目に、赤と金のせんこうが飛びこんでくる。


 はなやかな前奏ぜんそうが終わり、琉鹿子自身が歌いはじめていた。

 曲調はアップテンポのままだが、溌溂はつらつとした楽器たちのすき間を抑制的アンビエントな歌声。


 ただ、歌の拍子ひょうしに合わせてかかげたタクトを振るごとに、ドーム状の光の壁がステージを包んでは消えてをくり返していた。現れるたびに色を変え、その輝きでクリオネ型の天使たちを照らす。単色でなくグラデーションするドームには花火のような星くずや虹も走り、曲の盛りあがりに合わせてその激しさを増していく。


 ほとばしる魔法の彩りに、天使たちは興奮していた。顔のない彼らだが、初めて見る雀夜にも手に取るようにわかった。

 ヒレの羽ばたきが激しいだけではない。透けて見える核のようなものが発光を強めているだけではない。それはまるで熱気のように伝わってくる、歓喜の情動。


「去年ヒットしたミュージカル映画があったろ? アニメの」

 またヨサクが耳打ちをした。


「原曲はそれのオープニングだ。ルカちゃんの得意な楽器と好きな歌い方に合うアレンジになってるけどな」


 言われて、確かによく似た曲をテレビからたびたび耳にする時期があったのを雀夜も思いだす。内容はまったく知らないが、アニメ映画ではあるらしかった。ミュージカルということさえ知らなかったが、陽気で耳に残るテーマソングではあった。


「魔法少女はああやって、ぞんの曲なんかをベースに魔法で音楽をつくれる。素材は無制限に借りてるから、人間界じゃ権利でも倫理でもグレー。実質アウトだな。だが、人間が見られないこのフィールド内限定って約束で、特例になってる。超法規的措置ってやつ」

「超法規……」

「物々しいよな? まぁ、要はご安心ってこと。録音も録画も禁止だから、全部即興そっきょうってことにはなるが、魔法だからアレンジも自動オートで楽チンだ。勝手に演奏してくれる魔楽器マジカル★ガジェットを作りだすことだってできる。それで、ライブをおこなう」

「ライブ……」


 口をついて、雀夜はその言葉に反応した。ステージ、音楽、光のエフェクト。踊るようにタクトを振るしろの魔法少女を、食い入るように見つめたまま。


「……なんのために?」


 それは確認。


「先ほど、天使たちを喜ばせて、魔力を奪うと言っていましたが……」

「そりゃあな、言葉のとおりさ」

「雀夜ちゃん。天使を見て」


 ユウキに導かれ、雀夜は久方ぶりに意図して目をこらす。

 ステージを囲み、興奮した天使たちは各々が核から光を発していた。そこをよく見れば、ひたすら拡散するだけの光を放っているのではないとわかる。虹色の光の泡のようなものが、核から分離し、半透明の体をすり抜けて流れ出していく。光の泡は上昇し、ちょうど氷柱ステージの真上にある黄色い光源へと集まっていく。


 雀夜は光源を見あげるところまできて、その中心に大きな結晶のようなものが浮かんでいるのに気がついた。ユウキが話しだす。


「光るものが魔力なら、天使たちが吐きだすのも魔力……」


 結晶は光の泡を集めて輝きを増し、スポットライトのように琉鹿子と魔楽器たちを照らしていた。


「天使たちは、自分で魔力を作りだせるんだ。感情が高ぶれば高ぶっただけ。彼らはそのじんぞうの魔力を、無意味に外へ垂れ流している。このステージ・フィールドには、天使たちからあふれた魔力を集めて回収する機能があるんだ。魔法少女の『キラメキ』として」

「キラメキ?」

「〝未来の可能性〟」とはヨサクだ。「魔力とキラメキは同じモンだ。魔力って言い方のほうが、魔法のみなもとって意味でわかりやすいから呼んでるだけだな」


 呼び方はたいした問題じゃない、とヨサクのおどけた口ぶりは言外に語っていた。それはこれから話すことがなにより重要だと教えるサイン。雀夜の眼鏡のフレームに、青い閃光せんこうが反射する。


「可能性っても、当たり馬券を買えるとか、そういうわかりやすいんじゃねえ。ただ、キラキラしてるように見える人間に限って、なにをしてもうまくいく、そういうことはあるだろ? 知らないはずの相手なのに妙に目を引かれたり、実際人望のある有力者がそういうヤツに声をかけたりもする。キラメキってのはだいたいそういうモンだ。持ってるやつのところにはが集まり、持ってないやつのところには集まりづらい」

「ツキ……」

「早い話が、モテモテになる」

「モテモテ……」


 魔性ましょう、という言葉を雀夜は思いつく。

 琉鹿子を初めて見たとき、雀夜は一瞬なにもかもを忘れた。


 人や運や、自由にならないはずのモノを引き寄せる力。持てる人だけが持つ不可解な引力。その意味でも、魔力という呼び方が正しいように思える。


「もうわかったろ? キラメキ、魔力――それは人間にも元から備わってるモンだ。自分で自由には増やせないし、生まれつき使う能力もないってだけでな」


 ヨサクもまた、いしれるようにステージをながめつづけていた。マシュマロのようなその短い腕が、上空にある黄金の光源を指し示す。


「あれは『キラメキ・クリスタル』。実体じゃねえが、魔法少女のキラメキを目に見えるかたちにしたモンだ。いまあそこにあるのはルカちゃんのな」


 琉鹿子のキラメキ。琉鹿子の魔力。


 その輝きの下でうたい、舞う琉鹿子は、どれだけ派手な魔法の演出をくり出しても、異形の楽器たちに囲まれていても、その一挙手一投足に目を奪われる。目もくらむような絢爛けんらんな舞台にいても、見失う気がしない。


「つまり魔法少女の『契約』ってのは、魔力を扱う機能を人間に後付けするアップデートなわけだ。だが、使えるようにはなっても、自力で増やせるようにまではならねえ」


 フルートがいななき、黄色い大輪の花火があがる。

 天使たちが声なき歓声かんせいをあげ、青や緑の魔力の泡がカーテンのようにつらなって舞いあがる。黄色い結晶クリスタルを囲むうずを巻いて。


「だから、をやる。魔力まりょくを消費して、音と光でステージを盛りあげ、浮かれやすく飽きっぽい天使どもに魔力キラメキを吐きださせる。未来を削って、より多くの未来を勝ち取るんだ。それがいまの魔法少女の本懐ほんかい――マジカル★ライブだ」


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