1-5 これが〝マジカル★ライブ〟ですか?
「気づいた!」
黄色いヌイグルミ姿のユウキが口走った。
彼が見越しているずっと向こうの空で、クリオネのような『天使』たちが泳ぐ向きを変えている。見えない足場の上にいる
「魔法少女★ハルコン・テュポン――もてなしを」
そこに
まるでおのれの背骨のように、
途端、それまでいきり立つケダモノのように思うさま吠えたてていた楽器たちが、ピタリと音と動きを止めた。
琉鹿子がきびすを返し、天使たちのほうを向く。浮遊する楽器たちも追従して位置を変える。
氷柱を取り囲むように集まってきた天使たちは、一体一体が電車一車両ほどの大きさをしていた。小さいものでも小型の自動車ほどはある。琉鹿子へ近づくにつれて彼らは速度を落としていたが、十体以上も一度に近づいてくるのは相当な威圧感だ。
琉鹿子はしかし、涼やかに立ちつづける。それと気づかないほど静かな動きで、タクトを真横に大きく振った。
(……始まる)
無音の中、雀夜は悟る。
無音ではなかった。まるで風が吹くようにしめやかな音色が、三つ首の
追って、同じようにらせん状の
銀色の
琉鹿子はタクトを高くあげた。
振りおろされるときを待ち、空気が
果てなき空を、底なしの
伸びやかでも力まかせではなく。うずを巻くように、ひとつに練りあがるように。
したたかに、
音楽。始まったのは、音楽。
「魔法の、音楽……」
「だけじゃないぜ?」
曲調はアップテンポのままだが、
ただ、歌の
ほとばしる魔法の彩りに、天使たちは興奮していた。顔のない彼らだが、初めて見る雀夜にも手に取るようにわかった。
ヒレの羽ばたきが激しいだけではない。透けて見える核のようなものが発光を強めているだけではない。それはまるで熱気のように伝わってくる、歓喜の情動。
「去年ヒットしたミュージカル映画があったろ? アニメの」
またヨサクが耳打ちをした。
「原曲はそれのオープニングだ。ルカちゃんの得意な楽器と好きな歌い方に合うアレンジになってるけどな」
言われて、確かによく似た曲をテレビからたびたび耳にする時期があったのを雀夜も思いだす。内容はまったく知らないが、アニメ映画ではあるらしかった。ミュージカルということさえ知らなかったが、陽気で耳に残るテーマソングではあった。
「魔法少女はああやって、
「超法規……」
「物々しいよな? まぁ、要はご安心ってこと。録音も録画も禁止だから、全部
「ライブ……」
口をついて、雀夜はその言葉に反応した。ステージ、音楽、光のエフェクト。踊るようにタクトを振る
「……なんのために?」
それは確認。
「先ほど、天使たちを喜ばせて、魔力を奪うと言っていましたが……」
「そりゃあな、言葉のとおりさ」
「雀夜ちゃん。天使を見て」
ユウキに導かれ、雀夜は久方ぶりに意図して目をこらす。
ステージを囲み、興奮した天使たちは各々が核から光を発していた。そこをよく見れば、ひたすら拡散するだけの光を放っているのではないとわかる。虹色の光の泡のようなものが、核から分離し、半透明の体をすり抜けて流れ出していく。光の泡は上昇し、ちょうど
雀夜は光源を見あげるところまできて、その中心に大きな結晶のようなものが浮かんでいるのに気がついた。ユウキが話しだす。
「光るものが魔力なら、天使たちが吐きだすのも魔力……」
結晶は光の泡を集めて輝きを増し、スポットライトのように琉鹿子と魔楽器たちを照らしていた。
「天使たちは、自分で魔力を作りだせるんだ。感情が高ぶれば高ぶっただけ。彼らはその
「キラメキ?」
「〝未来の可能性〟」とはヨサクだ。「魔力とキラメキは同じモンだ。魔力って言い方のほうが、魔法のみなもとって意味でわかりやすいから呼んでるだけだな」
呼び方はたいした問題じゃない、とヨサクのおどけた口ぶりは言外に語っていた。それはこれから話すことがなにより重要だと教えるサイン。雀夜の眼鏡のフレームに、青い
「可能性っても、当たり馬券を買えるとか、そういうわかりやすいんじゃねえ。ただ、キラキラしてるように見える人間に限って、なにをしてもうまくいく、そういうことはあるだろ? 知らないはずの相手なのに妙に目を引かれたり、実際人望のある有力者がそういうヤツに声をかけたりもする。キラメキってのはだいたいそういうモンだ。持ってるやつのところにはツキが集まり、持ってないやつのところには集まりづらい」
「ツキ……」
「早い話が、モテモテになる」
「モテモテ……」
琉鹿子を初めて見たとき、雀夜は一瞬なにもかもを忘れた。
人や運や、自由にならないはずのモノを引き寄せる力。持てる人だけが持つ不可解な引力。その意味でも、魔力という呼び方が正しいように思える。
「もうわかったろ? キラメキ、魔力――それは人間にも元から備わってるモンだ。自分で自由には増やせないし、生まれつき使う能力もないってだけでな」
ヨサクもまた、
「あれは『キラメキ・クリスタル』。実体じゃねえが、魔法少女のキラメキを目に見えるかたちにしたモンだ。いまあそこにあるのはルカちゃんのな」
琉鹿子のキラメキ。琉鹿子の魔力。
その輝きの下で
「つまり魔法少女の『契約』ってのは、魔力を扱う機能を人間に後付けするアップデートなわけだ。だが、使えるようにはなっても、自力で増やせるようにまではならねえ」
フルートがいななき、黄色い大輪の花火があがる。
天使たちが声なき
「だから、ライブをやる。
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