第7話 お誘い

「……知っているかもしれませんが、うちの領地は元々辺境伯様の領地の一部で………」


「……家は他国と接していることもあって戦争は少なくないんですよ。俺も戦ったことありますよ。あ、でも代わりに隣国の輸入品も格安で手に入りますよ!………」


「…………今の季節はキャベツが美味しいですよ!もし、よろしかったら今度の昼食にでもお持ち致しますね」


 あれから俺は隙を見てはアナスタシア様の部屋の前でひたすら一人語りを続けている。話している内容はほとんどデモニオ家が管理する領地の話ばかりだ。やはりこれからも長くこの土地で暮らすことになるのだ。土地を、民を知ることは為政者として重要であろう。


 最近はドアの前に立って話すのは疲れたため、俺専用にドアの近くに椅子を置いた。


 1日1時間程度しか時間を取れないとはいえ、既にこれも二週目に突入しようとしている。相変わらずアナスタシア様の反応はない。ここまで来ると本当に部屋の中にいるのか心配になってくるが、ご飯は毎食食べてくれているみたいだし、中からはアナスタシア様の魔力を感じるため、一応部屋の中にはいるみたいだ。


 しかし、そろそろ話のネタも無くなってきた。うちの領地田舎のくせにそんなに大きくないから紹介できるところが極端に少ない。


ということで………


「第1回デモニオ家存続会議を行う」


 参加者は俺、セバース、母上と後はメイドが数名だ。父上は脳筋なので呼んでない。


「議題はこちら、『アナスタシア様と仲良くなるにはどうしたらいいか?』だ。各々真剣に意見を持ち寄り議論して欲しい」


「ウフフ。要するにギルちゃんの恋愛相談という事ね」

「違います、母上。これは俺の問題ではなくデモニオ家の存続に関わる問題なのです」


「しかし、坊ちゃん、これでは丸っきり恋愛相談にしか思えませんぞ」

「うるさい。とにかくだ!!現状打破のため会議を行うぞ!!!セバース意見はあるか!?」


「デートにでも誘ってみてはいかがでしょうか?」

「セバース、貴様ふざけているのか?ドアから出てきてくれないどころか反応すらないんだぞ??」

「あ、私も賛成だわ〜」

「母上まで!?」

「だって男女の関係を進めるにはデートが1番よ〜」

「ですが、どうやって誘えば良いのですか!?」

「ドアをノックして歌でも歌えば出てきて来るんじゃないかしら〜」


 どこのディズニー作品だよ。


「そもそも俺は恥ずかしながらこの歳まで同い年の女の子と2人で出かけたことなんてないんですよ!?」


 前世でも死ぬ時まで陰キャ童貞だったからな…。くっ!前世の歳も合わせたら魔法使いを超えてるんじゃないか!?


「あらぁ〜。お姉ちゃんとはよくふたりで出かけてたじゃない〜」

「ご冗談を。あれはもはや女というか人間の規格を超えてます」


 俺には4つ上の姉上がいる。しかし、女ということでデモニオ家の継承権は俺より低い。加えて姉上は父上の血を濃く受け継ぎ過ぎた。要は脳筋ということだ。


 俺も昔はよく姉上に連れられて山に連れてかれて魔物退治に付き合わされ、庭に呼ばれたと思えば本気で打ち合いの稽古をされた。ちなみに俺は滅多打ちだ。


 姉上は今年で学園を卒業し、騎士団に推薦で入団することが決まっている。


「ギルファー様」「ギルちゃん」

『殺されますよ?』


「……………この会議の内容は門外不出だ。ここにいるみんなには箝口令を敷かせてもらう」


「では、ルルリア様と同じように接して見てはどうでしょうか?」


 ルルリアとは簡単に言うと俺の唯一の貴族友達で俺の幼馴染だ。実はルルリアはデモニオ家を含めたここら辺一帯を収める公爵様の娘なのだが、父上とルルリアの親が仲良いので昔から友好があった。なんでも近衛騎士時代の友達なんだとか。


「う〜ん。ルルとはなんか幼馴染っていうか妹と接するような感じで女って思ったことないからなぁ」


『はぁ。』


 何故か、メイドと母上とセバースのため息が揃って会議室に響く。


「な、なんだよ」

「いえ、我が主ながら我儘なものだと」


「うるせぇ。しょうがないだろ。だって12を超えてからは戦場に出始めるわ、『悪鬼』だなんて噂が広がり始めるわで誰かと話すことなんて出来なくなったんだから」


「では、いっその事当たって砕けてみてはいかがでしょうか?」

「なに?」

「デートに誘ってみるのですよ。反応があればそれでいいですし、反応が無ければ素直に諦めてみてはいかがでしょう?」


 ………確かに、色々策をこねくり回そうが結局はアナスタシア様の気分次第なのだ。それまでの過程は相手をご機嫌取りでデートに誘える確率をあげるものでしかない。しかし、アナスタシア様の好みなんて知るわけないし、人柄も分からない。ならば直球で勝負してみるか。


 結局その日はセバースの案以上にいいものが出ず、翌日俺はアナスタシア様をデートに誘うことにした。








 いつものように扉の前に立ち、ひとつ深呼吸をして心の準備をする。昨夜睡眠も取らずに俺なりに作戦を立てて見た。


 誰だ、今緊張して寝れなかったとか言ったやつ。その通りだが、黙ってろ。


 このまま当たっても100%砕けるだけだ。そもそもデートに誘うなら相手に直接言うべきだ。


 ということで、アナスタシア様にこの扉を開けてもらう。


 そのために俺が考えた作戦…それは……。


 深呼吸を終えると、ゆっくり俺は体内に収めている魔力を少しずつ放出していく。


 すると


バタンッ!!!


 やはりだ。


 扉の中から出てきたのはあの日と変わらず、黒い衣装に全身を包み、高そうな杖を構えたアナスタシア様だった。


 俺は直ぐに放出していた僅かな魔力を体内に収める。


「お久しぶりですね。ご機嫌はよろしいでしょうか?1週間も部屋に籠られては体が重く感じれるでしょう。もし、よろしければ私と共に我が領地を見て回りませんか?」


 セバースの真似をして優雅に誘ってみたがどうだろうか?デートに誘う作法は間違っていないだろうか。


「………やはり……あなたが…?」


 何かを呟いていたような気はしたがいかんせん口元まで隠されてしまえば読唇術さえ使うことはできない。


「ふむ。やはり少しお疲れではないのですか?私と共に少しお出かけに行きませんか?」


「失礼ですが、本日は体調が……」

「失礼ながら申しあげますと、聖女様は体調を崩されないとうかがっております。それに困るのですよ。このままお部屋にぬくぬくと引きこもられるのは。貴方は客人ではなく、書類上とはいえゆくゆくは私の妻になるのですから」


「…ッ!」


 はは。意外とアナスタシア様は分かりやすいようだ。顔も何も見えないのにあからさまに不機嫌になったことが読み取れる。まぁ、こんな奴が夫になるのだから無理もない。


「最低だと罵りますか?しかし、貴方も私の噂を1度はお聞きしたのではないのですか?」


「『悪鬼』……」


「えぇ。その通りです。その噂に間違いはございませんよ。私は悪鬼。少々の罵倒は私にとってごほうびのようなものです」


「………分かりました」


「おぉ、それは良かった。ぜひ、私の手を取って貰えませんか?」


「ですが、あまりにお誘いが急すぎたため、準備が整っておりません。もしよろしければ私の準備が整うまでの間、私の部屋で待たれてはどうでしょうか?」


「それはとても甘美なお誘いですね。ぜひそうさせて頂きましょう」


 そう言うとアナスタシア様は杖を下ろし、扉までの道を譲ってくれる。


 俺は彼女の行動の意味を悟り、ゆっくりと彼女の部屋に入った。


「えっ?」


「?何か?」


 何故か知らないが、俺が部屋に入るとアナスタシア様は驚嘆の声をあげた。


 多分、アナスタシアの純粋な心がから漏れたようなそんな声だった。まるでなぜ入ったのかと言わんばかりだ。


 さすがにこんなことになるなんて予測してなかったため、お互いの動きが少しフリーズする。


「え、えっと、入ってよろしかったのですよね……?」

「え、あ、そ、そうですわね。」


 間違いなく俺は悪役という立場を、アナスタシア様は聖女様という立場を忘れていたため場はカオスに陥った。


「あ…あの……お出かけのための準備をしたいので……部屋の外で……待ってもらってもよろしいですか?」

 

「え、あ、は、ハイ」


 俺は何もしないままアナスタシア様の部屋から退出して交代するようにアナスタシア様が自室に戻られると直ぐにドアを閉められた。


 な、なんだったんだろう。


 ま、まぁ、いい。目標は達成したんだ。


「セバース」

「こちらに」


「少し出かける。悪いが今日の仕事はお前に任せる」

「かしこまりました」


 そう言ってセバースは執務室に向かって歩く。短い会話だが、これだけで伝わるのはやはり楽だな。


「あ、そうだ。日傘ってあるか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る