第6話 悪魔憑き②

 長く考えてしまったが、話を戻そう。


 悪魔憑きの存在は公には知られていない。存在自体が危険な上にその媒体に使われているのは人間なんだ。マッドサイエンティストがこのことを知ればどんな悲劇が起こるのか容易に想像が着く。


 そんな悪魔憑きがつい先日王都の近くで現れたという噂があった。(もちろん公には悪魔憑きの言葉は出ておらず狂人が現れたって噂だ)


 その対処を行ったのがアナスタシア様御一行だった。


 この戦いは情報はまだ入手出来ていないが辛勝だったらしい。


 だが、これ以降アナスタシア様は顔を見せることが無くなった。今のように顔を隠すようになってしまった。


 そしてある噂が流れた。


 アナスタシア様の聖女の力は失われた。


 という噂だ。最初は誰もそんな噂を信じなかった。


 だが、事件は起こった。


 アナスタシア様が王都を巡回中の事だった。


 なんでも祭りのために飼育していた動物が暴れ出して一斉に逃げ出したんだとさ。


 アナスタシア様はすぐに民を助けるために聖女の力を使った。だが、偶然顔を隠していたベールが剥がされてしまったらしい。その顔には斜めに大きな傷跡が首にまでついていた。


 聖女の力の主な効果の1つ。癒す力。どんな傷も跡もなく癒すことができる。聖女が聖女たる所以の力。


 それがあるにもかかわらず彼女の傷は治っていなかった。


 故に何も知らない人は思った。アナスタシア様の聖女の力は無くなったのだと。


 彼女の悲劇はそれだけに終わらない。

 

 彼女の婚約者である第一皇子はアナスタシア様を醜女しこめと呼び、王宮のパーティー中に堂々と婚約破棄を言い渡した。


 市民は怒った。今まで騙していたのかと。


 レイセン家は聖女の力を失ったとしてアナスタシア様をほぼ絶縁にまでしたらしい。


 そうして厄介払いと言わん限りに彼女は俺と婚約させられたんだ。


 それがアナスタシア様がここに来た経緯だ。


 もちろん、これは様々な情報を元に仮定した俺の推測だ。だが、、


「………………アナスタシア様はいくつだ?」

「…坊ちゃんと同じく15と聞いております」

「………だよな」


 まだ……15の子供だぞ。そんな彼女は全てを無くしてどう思ったのだろうか……。


 俺の魔力が渦巻いて、外にあふれ出そうとする。


「……セバース、馬を出せ」

「坊ちゃん…」

「王都に行く」

「落ち着いてください」

「至って冷静だ。王都を燃やす」


「ギルファー様!」


「これを黙って見逃せというのか!?」


 ダンっと大きな音が俺の部屋に響き渡る。


「ギルファー様のお考えに共感出来ないわけではございません。ですが…、それを決めるのは貴方ではございません。貴方が今やるべきことは王都に行くことではございません」


「……………………すまない。セバースの言う通りだな」


 もう一度深く椅子にかけ直して頭を冷やす。


 俺の中の怒りが収まるのと同じように魔力が静まりを取り戻した。


「彼女の………アナスタシア様の様子はどうだ?」


「お部屋からは中々出られてなく、会話も必要最小限のみという感じですな」

「そうか。おれもノックや扉の外から挨拶はしているんだが、何の反応も見られていない」


 心を癒すのに最も適した方法、それは時間だと思う。だから俺は今までアナスタシア様に自ら必要以上に干渉することは無かった。


 だが、このままでは永遠に話すことができない。しかし無理やりというのは躊躇われる。


「……はぁ。セバース、今日の業務はこれで終わりだったよな?」


 ご存知の通りうちの親父はこのような机でする仕事が得意ではない。そのため、昔はこのような仕事はセバースが行っていたのだが、俺の年齢が上がると共に徐々に俺にも仕事を割り振らるようになった。将来のために若い頃から仕事に慣らそうということだ。


「えぇ。こちらでのものは終わりですね」


 いちいち余計な一言を付け加えないでもらいたいものだ。


「なら、今日はこれで終わりだ。訓練も今日は休みにする。アナスタシア様の夕食までにはまだ時間があるな?」


「そうですね、残り1時間少々はございます」


「なら、今日の残りの時間はアナスタシア様に使う」




______


………思い切って扉の前まで来たものの何をすればいいのか全く分からない。


 とりあえずお話をしなければと思ったが、果たして扉から出て来てくれるだろうか……。いや、出て来てはくれないだろうなぁ。


 そもそも何を話すつもりだったんだ?いや、何を話せばいいのだろうか?

 

 帝都でのことを聞くか?いや、それは傷をえぐるような行為だろうな。じゃあ、何を話せばいいんだよ。


 さっきからこの思考の堂々巡りだ。扉の前に立ってそろそろ15分ぐらいになるぞ。


 えぇい!ままよ!


コンコン


 いざ、ノックしてみたがやはり扉の向こうから返事は無かった。


「ギルファーです。アナスタシア様、少しお時間よろしいでしょうか?」


「…………」


「あぁー、えっとお部屋のご都合はいかがでしょうか?気分は優れておられますか?」


「………」


「あー、えっとー、あ!そうだ!お食事はどうですか?調理師はレイセン家の専属や王都の高級料理店には敵わないかもしれませんが、素材の新鮮さには少々自信がございまして…。というのもですね、我が領地は治める範囲が狭いことや戦地に晒されていることも会ってか住民同士の関わりが密接でして野菜などの新鮮食品を直ぐに取り入れることが出来るのですよ。今は平時なこともあって住民が家に採れたての野菜を税とは関係なく届けることもあるぐらいなのですよ」


「………」


「本日は確かデザートに果物がございましたので、もしよろしければ召し上がってください。加工した食事も美味しいですが、生の食べ物をそのまま食べるのはその食べ物本来の美味さを味わうことが出来るのでオススメですよ」


「………」


「…あはは、そろそろ夕食ですので本日のところは失礼させていただきますね。また明日お話に来ます」


「……」




 やはり、最後まで反応はなかった。別にアナスタシア様の反応を強く期待していた訳では無いが、1人で扉の前で話すのはなんか寂しいな。


 これで正しいのか分からない。ただ、うるさくて迷惑なだけかもしれない。


 でも、いつかアナスタシア様とお話できるようになることを期待しよう。

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