1-3


「それでは操作方法を説明します」


 儀武が、設備の取り扱い説明の流れで、話し出した。


「いや、悠長に説明してて良いのか!?」

「良いんです。あのスーパーロボット『ショシンシャーZ』に乗るチュトリー星人は、親切なので」


 星人? え? それって外宇宙生命体、いわゆる宇宙人のこと? 高校時代の友人みたいなノリで話しているが、それって超発見なのでは?


「大丈夫です、政府はもう把握している案件ですので。まず、コンロ横のこのボタンを押します」


 とりあえず、質問してる場合じゃなさそうだから、おとなしく説明を聞くことにする。というか、人の心を読むんじゃない。


「このボタンか?」

「それはIHコンロのスイッチです」

「じゃあこのボタンか?」

「それは自動調理機能ボタンです。お鍋に食材を入れてスイッチを押すと、自動で調理してくれます」

「……へえ、便利だな。それじゃ、このボタンか?」

「それは自爆ボタンです」

「へえ自爆ボタン」


 ん?自爆ボタン?


「何でそんなもんを、こんなところに付けてるんだ!」

「いや、だって、のことがあるかもしれないじゃあないですか?」

「もしもってなんだよ! そんな危ない機能をわざわざ付けないでくれ!」

「危ない……? いやまあ考えように寄っては危ないかもしれませんが」

「考えように寄らなくても危ないだろうが!」


 儀武は小首を傾げる。なんだコイツは。コイツこそが宇宙人じゃないのか。


「ちょっとパパ、いつまでゴネてるの! いつまで経っても話が進まないじゃない!」


 何故か佳美奈が口を挟んできた。俺じゃなくて儀武の味方なのか。


「いや俺はゴネてるんじゃなくてな……」

「私は早くこのスーパーロボットが動いているところが見たいの!」


 そっちが本音か。

 というか、いつの間にスーパーロボットなんぞに熱中するようになったんだ。俺の知ってる佳美奈は可愛いモノ好きな普通の女の子だったのに。


「……続きを説明してくれ」

「しょうがないですねえ」


 儀武が自動調理機能ボタンの横にあるボタンを押す。何やら、ゲーム機のコントローラーのような物が出てきた。なんちゃらステーション5のコントローラーと、なんちゃらスイッチのコントローラーを、足して2で割って1世代古くしたようなデザインだ。


 は、視認した場所から動いていなかった。本当に、こちらの説明が終わるまで待ってくれるのか。


「それではお父様、このコントローラーのstartと書かれたボタンを押してください」


 俺は恐る恐るそのボタンを押す。家中に轟音が響き渡る。


「ひいいいい!」

「エンジンが起動されました!」


 音がデカすぎる。俺は年甲斐にもなく狼狽えてしまった。近所迷惑じゃないかこれ、大丈夫か?


「ツヴァイファーマー! 発進!」

「はっしーん!」


 儀武が叫ぶ。子供たちも続けて叫ぶ。本当に楽しそうだ。というか、なんなんだその「つばいほーまー」とやらは。ひょっとしてこのロボットの名前か?


「そのBと書かれたボタンを押してください」

「Bってこの黄色いボタンか…わああああ!」


 自宅が浮かび上がった。こ、こんな簡単にこのデカブツが飛び上がるのか。


「住宅街で戦うわけにはいかないので、海上に移動しましょう。左スティックを前に倒してください」


 左スティックをゆっくりと前に倒す。景色が前に進む。速い。5秒もしないうちに、津軽海峡上空まで来ていた。


「結構なスピードが出てるのに、家の中の物が全然動いてないな」

「はい!スタピライジング・ホーム・システム設計ですので、飛ぼうと転がろうと倒れようと家の中の物は一切傾きません!」

「はあ……」


 いきなり、衝撃音が響く。敵がミサイルのような物を撃ってきていた。2発、更に飛んできて当たる。かすかに、家が揺れる


「おおおおい!? 当たってるぞ! 大丈夫なのか!?」

「ご心配無用です。ツヴァイフォーマーはこれくらいじゃちょっとしか傷つきません」

「いや、ちょっとでも傷ついたら困るんですけど!? リフォームしたてのマイホームなんですけど!?」

「その辺は後でどうにでもなりますから……とりあえず窓をご覧ください」


 一瞬ものすごくめんどくさそうな顔をした気がするが、気にしないことにした。

 窓には、さまざまな文字列が映し出されていた。儀武が順々に、指差して説明をしていく。この家の情報や、敵機の情報が示されているらしい。HPとかTPとか言われた気がするが、俺にはどうにもわからない。逆に子供たちはうんうんと頷いている。


「まずはAボタンを押してください。WPミサイルです」


 とりあえず、押す。破片のようなものが敵機に飛んでいく。敵機は、回避的行動は一切取っていない。撃っただけ当たっている。しかし、効果的なダメージを与えているようには見えない。


「R1ボタンで右パンチ」

「はい」

「L1ボタンで左パンチ」

「はい」


 パンチを2発繰り出した。風が唸りを上げる。


「何やってんだよ父ちゃん、パンチは近づかないと当たらないぜ」

「私がやった方が上手に操作出来そうね」

「まあまあ、お父様は初心者なんですから」


 儀武が宥める。いや、俺はアンタの言うとおりに操作してるだけなんだが。


「近づいて攻撃してみましょう。左スティックを前に倒してください」

「えい……って、わー!」

「ちょっとパパ! ヘタクソ!」

 ショシンシャーZに正面衝突していた。どうやらスティックを前に倒しすぎたようだ。海まで飛んできた時もそうだが、加減が思いの外難しい。いや、それにしても実の父親に「ヘタクソ!」て。佳美奈が、ここまで感情を剥き出しにするのは、久しぶりに見た。いや、それにしても実の父親に「ヘタクソ!」て。

 一旦後退する。敵機が腕を飛ばしてきた。腕がミサイルのごとく飛来して、自宅の顔面を直撃した。


「あ、あれはショシンシャーZの必殺技、ロケットナックル!」


 それ大丈夫か? こんなところで名前出して大丈夫なやつか? これカクヨムコンに出すのに大丈夫か? とか思ってる間に、ショシンシャーZはまた腕を構える。


「ぼ、防御はどうするんだ!?」

「あなた! R2ボタンとYボタンを同時押しよ!」

「え? こうか?」


 2撃目の腕が飛んで来た。陽子の言うとおりに押すと、自宅が左腕を前に突き出し、そこから盾が出現した。ロケッ……飛んできた腕は高い金属音を立てて弾かれた。


「なあ陽子、いつの間にそんなの覚えたんだ?」

「このスーパーロボット、電子オーブンと操作が似てるから、もしかしてと思って」

「流石です! 奥様!」


 流石です! じゃない。どこの世界に盾で敵弾を防ぐオーブンがある。

 それから、しばらく攻防は続いた。攻防と言っても盾で攻撃を防ぎながら、ちまちま飛び道具を当ててるだけだが、操作にもだいぶ慣れてきた。おそらく、こちらが押しているとは思う。時間が経つにつれ、こちらの命中率と回避率が正比例している。

 窓に映し出されている数値は目まぐるしく動いていた。様々な数字が減ったり増えたり、増えたり減ったりしていた。相変わらず意味は理解出来ていない。

 その中に、ずっと減り続けている数値があった。戦闘が始まる前は1000くらいあった数値。それが500を切っていた。フォントが真っ赤になり、激しく点滅する。


「儀武さん、なんかあの数値が赤くなってるけど」

「あああっ! 大変ですっ!」


 儀武は血相を変えて両手を口に当てる。なんだなんだ、今度は何が起きるんだ。


「定時まで5分を切りました!」


 思わず、転げそうになる。

 なんだその茶番は。こんなにも女性を殴りたくなったのは、生まれて初めてかもしれない。そんな個人的パーソナルな情報を、我が家の設備に組み込むんじゃない。


「時間が無いので必殺技を出しましょう!L1ボタンとR1ボタンを同時に押してください!」

 なんだか釈然としないが、早く終わらせたいのはこちらも一緒だ。大人しく、言われた通りにする。

 ボタンを押すと、大袈裟な効果音と派手な光を放ち、ロボットが右手に巨大な剣を持った。

「見てください! これこそがツヴァイファーマーの必殺武器『クレイヴ・ソリッシュ』です!」

「うおおおおお!」


 子供たちが熱い叫びを上げていた。俺の右足は貧乏ゆすりをしていた。イライラが顔に出ないよう必死だった。独語ツヴァイ英語フォーマーで、武器は愛語ソレイユドアージョンとはどういうセンスだ。横文字さえ使えば格好良いと思ってるのか。これだから「すーぱーろぼっと」は嫌なんだ。あまりにも浅はかだ。


「その剣で、必殺技『天地斬』を放つのです!」


 と思ったら、今度は日本語か。貧乏ゆすりが大きくなる。


「どのボタンを押せば良いんだ?」

「必殺技はボタンではなく、マイクを使います。コントローラーの中央に穴が空いてますよね?」


 確かにマイク穴がある。昭和のゲーム機を思い出す。


「そこに向かって思い切り叫んでください!」

「……は?」

「天地斬! って叫んでください! 強い思いが力になります!」


 俺は眉間を指で押さえて俯いた。なぜそこだけ、そんな奇怪な仕組みにしてしまったのか。


「オレがやりたい!」

「いや!私がやる!」


 志門と佳美奈が前に出てくる。儀武はそれを手で制する。


「ここは、一家の長である、お父様にやって頂かないと」


 2人とも、面白くなさそうな顔で戻っていく。別に俺は子供たちにやってもらって、一向に構わないのだが。

 ショシンシャーZは、ずっと津軽海峡上でふわふわと浮いていた。まるで、こちらが必殺技を出すのを待っているかのように。

 俺は意を決した。とっとと終わらせたい。その気持ちが羞恥心を上回った。


「天地斬」


 マイクに向かって言った。ロボットに、反応は無い。


「ダメです! お父様の気合いが威力に直結するんです! もっと大きな声で!」


 舌打ちをしそうになるのを堪える。気合に左右されるシステムなんか不合理にも程がある。思いきり、息を吸う。


「天地斬!!」

「もっと!!」

「天ッ! 地ッ! 斬ッ!」

「もっともっと!!!!」

「天地ィィィ!! 斬ッッッ!!」

「あ、すみません。マイクのスイッチ入ってませんでした」


 思わず、コントローラーを叩きつけそうになった。そこで止めた。この綺麗なフローリングに罪は無い。でも、この女は殴って良いかな? 殴って良いよね? よし、殴ろう。俺は儀武の頭をめがけてコントローラーを——


「スイッチ入れました!どうぞ!」


 振り上げた手を戻す。咳払いをして、マイクを向いた。


「天地斬!」


 叫んだ。それに呼応して、剣が振り下ろされた。

画面に「992NP‼︎」とデカデカと表示される。なんの数値だ。


 轟音が鳴り響き、斬撃が飛ぶ。海面に大きく波を立てながら、敵機に向かっていく。衝撃音。ショシンシャーZが真っ二つになっていた。敵機は、派手な音を立てて爆散した。


「やった!」

「やっぱりスーパーロボットね!」


 子供たちが満面の笑みで喝采を送った。 


「あんな爆発して中のひ、人? 宇宙人? は大丈夫なのか?」

「安心してください。異星人の駆るスーパーロボットには、負ける雰囲気になったら自動で脱出する機構が標準装備されてますので」


 それはそれで良いことだ。しかしながら、そんなものを装備してるという事実のせいで、より一層茶番じみているような気がしてきた。




 自宅のある住所に自宅が降り立った。

 儀武が何やら操作したら、あっという間に自宅に戻った。自動帰還機能でも付いているのだろうか。方法については「後日お教えします」の一点張りで教えてもらえなかった。どうしても定時で帰りたいのだろう。


「それでは、私はこれで」

「待ってください。最後に一つ聞かせてください」


 儀武を呼び止めた。儀武は営業スマイルを崩さずに振り返った。帰りたい雰囲気が滲み出ている。

 それでも、どうしても、聞いておかなければいけないことがあった。


「この家、本当に1000万円でリフォーム出来たんですか?」


 儀武は一瞬だけ、止まった。


「実際はその何百倍もかかりました」

「ひゃ、ひゃく?」


 儀武は口角を上げる。何百倍。桁が大きすぎて頭が追いつかない。


「ですが、こちらの制度を使ったので、補助金が降りました。よって棚橋様のご負担は、当初の見積通りでございます」


 儀武は1枚の冊子を取り出した。「地球防衛補助金制度」と記されている。


「……なんですかこれは」


「毎週日曜日16時30分に地球に侵略者がやってきます! それを撃退することによって補助金が得られます!期限は12週ワンクール! その間は修理し放題・改造し放題!」

「いや待ってくれ! じゃあその期間中は、俺たちはあんなのと戦い続けなきゃいけないのか!」


 それだけはなんとしても避けたかった。今回みたいに弱い敵だとは限らない。命に危険が及ぶ可能性がある。それに毎回必殺技を叫ぶなんてまっぴらだ。


「良いじゃない、あなた。やりましょう。良い家なんですから」

「やろうよ父ちゃん!なんならオレが操縦するぜ!」

「……別に、私が操縦しても良いよ」


 何故だ。何故この一家はこんなに前向きなのだ。


「それでは私はこれにてー!」

「あ、おい待て!」


 気がついたときには、儀武はもう車に乗り込んでいた。知世建設の社名の入ったライトバンが、みるみる小さくなる。

 太陽の織りなす層が、藍から橙に移り変わっていた。近所から、煮物の匂いが漂ってきた。

 自宅ツヴァイファーマーは、夕陽に照らされて輝いていた。快適な住宅に住みたいだけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

 自宅の肩にカラスが止まり、鳴いた。

 俺は、深いため息をついた。




 第1話 了

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