エピローグ
その後の顛末について。
山城小学校での奇襲事件の再調査が行われた結果、大志が当時行った報告と食い違う点が幾つも現場で見つかり、大志は罪に問われることになった。一体何が決め手になったのかは機密事項ということで私は教えて貰えなかったのだが、透花様曰く、やや自棄になった大志は取り調べで洗いざらい語ったのだという。私たちに魔骨の破壊を頼んだのは、魔骨が意志を宿し、伝えるという逸話を信じていたから。明臣の腕と刀を埋めたのは川の下流で見つかることを危惧したから。など、取調官が聞いてもいないことまで話し、尋問や調査は想定以上に迅速に進んだということだ。
全ての計画が水の泡と化し諦めがついたのか。はたまた、口を割らずに拷問を受けるよりは全てを吐いて苦痛を回避しようとしているのか。どちらにせよ、自らが辿る運命を受け入れていることに変わりはないのだろう。罪状は三人の殺人だけではなく、虚偽報告なども含まれる。通常ならば死刑。特権階級ということで情状酌量があるのならば、強制労働の終身刑となる。どう転ぼうと、順風満帆な人生は残されていない。残された道は、地獄だけだ。
重罪を犯した薬師院家については、現在議会で爵位の剥奪が検討されているとのこと。大志の犯した罪を知った上で透花様と結婚させようとしていたのかが争点となっているが、議会がどのような判断を下したとしても、厳罰は免れない。最悪でも男爵への爵位降格、ということになるそうだ。
あのような欲深く、罪深い男を輩出した時点で一族にとっては永遠に続く汚点。議会としては他の貴族家から似たような馬鹿者が出ないよう、薬師院家には厳罰を与え、子供の教育をしっかりするようにと他の家に対して釘を刺す狙いもあるようだ。
当然、五百旗頭伯爵は怒り心頭であり、薬師院家の爵位剥奪に向けて全力で戦っているようだ。連日のように議会では怒号が飛び交い、激しい論戦が繰り広げられているらしい。
何はともあれ、我々魔骨探偵の仕事は全て終わった。
慌ただしく過ぎ去っていた日々を終え、私と史輝は、いつも通りの平穏な日常を過ごしていた──。
◇
あくる春の終わり頃の、昼下がり。
「いや~、今回の事件は大変だったね」
皇来の通りに店を構える団子屋の椅子に座り、看板菓子の三色団子を食べながら、私は呑気にそんなことを言った。私の視線の先にある桜は既に色を変えており、大半の花が散った葉桜となっていた。まだ二割ほどの花は残っているものの、それらが散るのも時間の問題だろう。一週間もしない内に、全てが新緑の葉に変わるはずだ。
今この瞬間も枝から落ちる花を眺めていた史輝は私の言葉に、やや笑いながら問うた。
「上機嫌そうですね」
「そりゃあ、大変な仕事が終わった後だからね。仕事が忙しかった分、押し寄せる解放感は大きくなるものなんだよ。だから、今は凄く気分が良いんだ」
「先生の気分が優れているようで、何よりです」
相変わらず、と言ってもいい言葉を受け、私は季節の移り変わりを示す光景から史輝へと意識を移す。そして、彼に労いの言葉を贈った。
「史輝もお疲れ様。いつも通り、って言ったら変だけど、今回も大活躍だったね」
「ありがとうございます。ですが、先生の活躍からすれば微々たるものかと」
「そんなことないよ。そもそも私と史輝の活躍は方向性がまるで違うものだし……お互い、同じくらい頑張ったってことにしよ」
「先生がそう言うのであれば、喜んで」
目を伏せ、史輝は湯呑に入った茶を啜った。
事件の解決は私と史輝、二人の功績だ。それぞれが役目を果たしたからこその結果であり、どちらのほうが頑張ったという答えは存在しない。そもそも努力は比べるものではないと私は考えているため、どちらがより活躍し、頑張ったか、という問題には思考を割かないことにしている。
澄まし顔で茶を飲む史輝に、私は団子の串を向けた。
「助手の活躍には相応の褒美を与えるのが上司の鑑というもの。依頼料とは別に、五百旗頭伯爵から謝礼を沢山もらったから、今ならそれなりに報酬を出せるよ」
「先生。それは本来断るべきものでは?」
「貰えるものは遠慮せずに貰っておくべきなんだよ。断る理由なんてないんだから」
流石に自分から要求することはないけれど、相手から渡されればありがたく受け取る。特に貴族に対して、私は遠慮という言葉を持ち合わせていないから。
「幾ら欲しい? 良識の範囲内でなら、頑張って出すよ」
「……」
私の問いに史輝は答えず、代わりに、通りに目を向けて言った。
「透花様と明臣様の話を聞いて、想像してみたんです。先生が、僕の前からいなくなった世界を」
「?」
いきなりなにを? と思いつつ、私は史輝の言葉に耳を傾けた。
「僕もきっと、透花様のように自暴自棄になってしまうと思います。全てのことがどうでもよくなり、生きることに希望を見出すことができず、後を追ってしまうかもしれない。大切な人の死はそれだけ、受け入れることのできないことなのだと、改めて思いました」
「……そうだね」
頷き、私は手にしていた団子の串を皿に置いた。
史輝の言っていることは、よくわかった。私も過去に母を亡くしており、その時に似たような気持ちになった経験がある。後を追おうという気持ちはなかったけれど、当たり前にいると思っていた人の死はとても辛く、ふとした時に涙が零れた。鬼辰戦争時、隊の仲間を全員失っている史輝は、私以上に透花に共感できるのだろう。心の痛みを、知っているのだ。
「今回の一件で、愛する人との時間について考えさせられました。分かり切っていることですが、時間は有限。別れはいつ来てもおかしくない。今日が愛する人と過ごすことのできる最後の日なのだと思いながら、一日一日を大切にして過ごすべきだと。悔いが残らないために、最大の努力をするべきなのだと」
「うん。言っている意味は理解できるんだけど……」
報酬の話をしているのに、どうして唐突にそんなことを言い出したのか。全く関係のない話ではないか、と私が頭上に幾つもの疑問符を浮かべたところ……史輝は懐から一枚の紙を取り出し、私に手渡した。半分に折り畳まれたそれは裏面しか見えず、何が書いてあるのかわからない。
これは? と問う前に、史輝がこんなことを言った。
「善は急げということで、役所から貰ってきました。報酬であればお金よりも、それのほうが嬉しい」
「なに? これ」
「見ればわかりますよ」
「?」
紙を受け取った私は小首を傾げつつ、折り畳まれていたそれを開いた。
婚姻届。
紙面上部に踊る太字の文字を見て、私はまさか? と史輝に顔を向ける。すると、彼は穏やかな微笑みと共に、言った。
「記入を」
「できるか──ッ!!」
大きな声で叫び、私は紙を史輝に投げ返した。
こういう大切な、それこそ人生を決定づけてしまうようなものは、勢いに任せて書くものではない。もっとじっくり、真剣に考え、覚悟を持って記入するべきだ。
史輝は十分に考えたのかもしれないが、少なくとも私は何も考えていない。こういうことはもう少し先、真に自分が大人になったと思えるようになってからと思っているから。一生未婚のつもりはないけれど、少なくとも今ではない。
返却された紙を再び折り畳み、懐に仕舞った史輝は団子を一つ食べた後、爽やかな笑顔と共に言った。
「ヘタレですね、先生は」
「いつも言ってるけど、笑顔でそういうこと言わないの」
「失礼。けど……今は無理でも、いつか書いて貰えたら嬉しいです」
「……」
私はわざとらしく顔を背けた。
絶対に書かない、と言い切る自信はなかった。なぜなら、少し、ほんの少しではあるけれど、共に過ごす時間を幾重にも重ねることで、この美青年に心惹かれていくのを自覚しているから。
魔骨探偵は、危険も多い仕事だ。依頼の最中、突然命を落としてしまう可能性も考えられる。危険を考えるならば、早々に結ばれて幸せな時間を僅かでも味わうほうが、適当なのかもしれないと思うこともある。
けれど、今はまだ……この若く青い春を謳歌していたい。
陽光に照らされた街に生まれ、落ち、風に攫われて宙を踊る桜の花びら。
春の過ぎ去りを象徴する光景を目に焼き付け、来年また訪れる春の到来を待ち焦がれながら、私は湯呑の中に落ちた花びらを見つめて──笑みを浮かべた。
探偵令嬢結月音葉と毒舌有能助手の奇々怪々な魔骨事件 安居院晃 @artkou
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