第27話 婚姻の儀式
儀式は滞りなく進行した。
斎主の指示に従い、親戚や友人などから祝福の言葉を受け、それに無理矢理作った笑顔を返す。周囲や自分を偽ることで精いっぱいになり、私は行われた儀式の大半を憶えていなかった。
自分に向けられる純粋な祝福の言葉が、私の心を激しく突き刺した。言葉を受け取る度に、偽りの笑顔と感謝を贈る度に、罪悪感と言う名の槍が私の身体を貫く。
ごめんなさい、みんな。
胸中で謝り、それでも尚、周りを心配させるわけにはいかないと、私は偽りを身に纏った。嘘つきで、黒い心を持つ自分が、純白の服を身に纏っている現実を皮肉に思いながら。
「──」
必死に取り繕い、激しい自己嫌悪に抗っていると、私はいつの間にか建物の中にいた。伝統的な木造建築で、神社や寺を思わせる空間。古い記憶に残るここは、本館から離れた場所にある、神殿だ。五百旗頭伯爵家が代々護り続けている、歴史ある建物。大切な儀式の際に使用される、由緒正しき場所だ。
自分は一体、いつここに入ったのだろう。
そんなことを思いながら、私は床に正座をしつつ、周囲へと意識を向けた。
眼前の祭壇、その前に立つ斎主は祝詞奏上を行っている。隣には大志さんがおり、真剣な様子でそれに耳を傾けていた。
神殿の中央に座る二人を囲うようにして座っているのは、親族や招待客などの関係者各位。横に目を向けると、そこには父である五百旗頭伯爵や、大志さんの父である薬師院子爵。そして──明臣さんの父である、竜宮閣伯爵の姿も見えた。
亡き息子の婚約者である私の結婚に際し、父が招待したのだろう。
竜宮閣伯爵がこの場にいる理由を悟ると同時に、きゅう、と胸の奥から奇妙なものがこみ上げてきた。
もしも、明臣さんが生きていたら……自分は、あの人の義娘になっていたのだろう。既にそんな未来はあり得ないことなのだけれど、どうしても、頭の片隅で考えてしまう。
斎主が祝詞を読み上げているのに、自分はなんて罪深い。いつまでも引き摺っていないで、前を向きなさい。
なんて、自分を叱責してみるけれど、頭は考えるのをやめなかった。きっと、これから先もやめることはないのだろう。ずっと、事あるごとに、頭では考えてしまう。
辛い。
思わず口から零れ落ちそうになった言葉を必死に留めた。聞かれるわけにはいかない。誰かに聞かれれば、大きな問題になってしまう。多くの人から祝いを受ける場で、こんなことを考えてはならない。
小さく頭を左右に振り、嫌な思考を振り払う。
今、この場にはあまりにも相応しくない思考だ。今は斎主が読み上げている祝詞に集中しなくてはならない。雑念は、振り払わなくては。
気持ちを切り替えるために、私は小さく息を吐き呼吸を整え──。
「ぇ」
隣にいる大志さんを横目で見やり、そんな声を零した。
少し俯き、祝詞に耳を傾けている彼は、口元に不気味な微笑みを作っていた。本館で会った時に向けられたものとは、明らかに異質な微笑みだ。これからの結婚生活を想像し、幸せな未来を思い描いているようには見えない。
まるで──自分が望んだ悪事が成就することを喜ぶような、そんな表情。
一体何に喜んでいるのだろう。一体、何を嬉しがっているのだろう。私には大志さんの胸の内が全く理解できず、その不気味さに、肌が泡立った。
何だか、とても嫌な予感がする。自分はこの人と結婚してはならないと、今更ながら第六感が警鐘を鳴らした。結婚してしまったら最後──自分に、とてつもない不幸が降り注ぐ気がする。
この場から逃げ出したいという気持ちが大きくなり、無意識の内に身体が震えた──その時、斎主が祝詞の読み上げを終え、二人のほうへと振り返った。
「新郎新婦、前へお願いいたします」
斎主の言葉に従い、私と大志さんは立ち上がり、斎主の元へ歩み寄った。
「これより、三献の儀に移ります。こちらを」
そう言って斎主が二人に差し出したのは、木の盆の上に乗った、二つの盃。中には清酒が注がれており、揺れる水面に室内の光を反射させていた。
この儀式の意味は、言われなくてもわかる。これは、夫婦としての契りを交わすものだ。婚姻の儀において、最も重要な儀式。この盃に注がれた清酒を酌み交わすことにより、晴れて二人は名実共に夫婦として認められるのだ。
流れに呑まれる形で、私は盃を手に取った。
水面に映る自分の顔は、浮かない。これを飲めば、もう後戻りはできない。飲みたくないと思いつつも、この場の雰囲気がそれを許さない。ここで飲まないのは大志さんと、その家族に恥をかかせることに等しい。飲まない以外の選択肢は、存在しないのだ。
「新婦、さぁ」
斎主に促され、透花は震える手で盃を口元に運ぶ。
明臣さん、ごめんなさい。
脳裏に亡き最愛の人の姿を思い浮かべた私は胸中で謝り、そして、意を決して手にした盃を口元で傾ける──その、直前。
「失礼いたします」
静まり返っていた空間を引き裂く声に、私は盃を傾ける手を止めて後ろを振り返った。この場にいる全員の注目と視線が注がれる場所──神殿の入り口にいたのは、侍女の弥生だった。今朝と同じく侍女服を纏う彼女は、今朝とは違う引き締まった表情で、神殿の入り口に立っている。
「どうした、弥生。今は大事な儀式の途中だぞ」
この場にいる全員を代表して、家の当主である五百旗頭伯爵が弥生に尋ねる。今は大切な儀式の最中。頭ごなしに邪魔をするなと怒鳴らないのは、彼が弥生を信頼している証。同時に、彼女が何の意味もなく儀式の邪魔をするはずがないという確信の現れだった。
その問いに、弥生は深く頭を下げる。
「申し訳ございません。しかし、お客様がお見えになりましたので」
「客?」
「はい。儀式を中断してでも、この場にお通ししなければならないお客様でございます」
一体誰だ? 神殿の中にいる誰かの疑問が聞こえ──丁度その時、弥生の背後から二人の人物が姿を見せた。
軍服に袖を通す可憐な少女と、道着のような衣装に身を包んだ美男子。
大いに見覚えのある二人だった。なぜなら、彼女たちは──。
「音葉、さん……」
私が少女の名を呟くと、彼女は白い歯を見せた後、自分の胸に手を当て、その場で一礼した。
「お取込み中のところ、失礼いたします。この魔骨探偵、結月音葉。五百旗頭透花様より承りましたご依頼の件について、ご報告に参りました」
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