探偵令嬢結月音葉と毒舌有能助手の奇々怪々な魔骨事件
安居院晃
プロローグ
骨は口ほどにものを言う。
それは私──結月音葉がまだ幼い頃、実家の庭に植えられた桜を眺めて餅を食べている時に母から言われた言葉だ。多くの月日が流れ、時代が移り変わり、過去の記憶が色褪せていく中でも鮮明に記憶の片隅に残り続けている台詞。合わせて、その台詞を口にした時の慈愛に満ちた母の表情も、霞むことなく思い出せる。
当然というべきか。齢十にも満たない子供だった私には言葉の意味、真意はまるで理解することができず、
「? 骨は喋らないよ?」
と、桃色の甘い餅を咀嚼しながら首を傾げるだけだった。
お母さんは何を言っているんだろう。生き物ですらない骨が言葉を発するなんてありえない。だって、骨は生物が死んだ残骸なのだから。
幼い音葉だけではない。きっと、母の言葉を聞いた者は大人であっても同じことを言うだろう。馬鹿なことを言うなと、笑い飛ばす者だっているはずだ。死人に口なし。骨が喋るというのならば、今すぐに聞かせてみろと、揶揄う者も出てくるだろう。
けれど、意味がわからないと深く考えることもなく言う私に、当時の母は私の頭を優しく撫でながら言うのだった。
「今はお母さんの言ってることがわからなくてもいい。これは、音葉が大きくなったらわかるようになるからね」
「本当に?」
「本当よ。けど、大事なのは言葉の意味を理解することよりも、彼らの声を聴いた貴女がどんな行動を取るのかよ。……ねぇ、音葉」
脳裏に固着し、目に焼き付き、忘却を許さないと言わんばかりに記憶に残る微笑を浮かべた母は私の名を呼んだ後、胸元の黒い骨のネックレスを握りしめ、一度止めた言葉の続きを口にした。
「きっと──彼らを助けてあげてね」
よくわからない。その当時は、それ以外の感想を抱かなかった。ただ、母が私には理解の難しいことを言っていると、深く考えることもなくそう思っていた。今になって考えると、その言葉を紡いだ母の声は何処か、私に縋るようなものだったように思える。耳に残る声は確かに、そんな風に聞こえた。
わからないけど、大きくなったら理解できるのなら、その時に考えよう。
楽観的にそう考えた私は『わかった』と返事をし、それから、母の願いも忘れて育った。楽しいことも、辛いことも、頭に来ることも経験して、すくすくと。
そうして、桜が幾度も生まれ変わりを繰り返した頃。
身も心も成熟し、凛と咲く花のように成長した私は、母の言葉を理解することができた。
否、嫌でも理解させられた。
何故なら──物言わぬ
骨たちが奏でる声と叫びと、嘆き。
それに対して、私が起こした行動は──。
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