眠り姫との昼休み

催眠術



「……ただいま」



時刻は既に午後9時。

あのカラオケからは結局一人で抜け出した。

バイトを終えて、ようやく帰宅。


少し広めの2DKのマンションは、まだ誰も居ない。

パチっと電気を付けて、インスタントラーメンを棚から取り出す。



「……」



適当にラジオを流しながら、出来上がったそれを食べ終わって。

鍋を洗って、一息ついて。



「……明日は晴れか」



流れるニュースに耳を傾けながら、自室で学校の宿題に手を掛けた。

いつも通り。

いつも通り――そう心の中で念じながら。



《――「二度と俺達に近付くな」――》



「……っ」



汗がにじむ。

呪詛の様にそれは響く。

美咲はああ言ってくれたけれど、あのグループには当然いられない。


じゃあ俺はどうなるんだ?

クラスの男子からはどことなく壁を作られてて、話しかけにくい。

そもそも今は二学期。グループがもう確立されてる。


おかしいな。

入学したての時はあんなに楽しかったのに。

今は――まるで真逆。


一人は嫌だ。


それでも、学校を休むわけにはいかない。



「はぁ……」



――ガチャ



「!」



ため息を吐いて、すぐ。

聞こえたのは玄関のドアが開く音。


ラジオを止めてそこへ駆け寄れば――疲れた顔で笑う父さんが居た。

『朝日あつし』。俺の一人しかいない親だ。



「ただいま」

「おかえり! 今日は早いんだね」


「ああ。久しぶりにな」

「何か作ろうか? 簡単なものしか出来ないけど」


「……それじゃ、お願いしようか」

「! うん!」



いつもだったら遠慮して断るのに今日は珍しい。



「ちょっと待ってね」



豚肉に塩コショウと小麦粉を振って、醤油、みりんに砂糖いろいろ――調味料でタレを作って。

フライパンでそれを焼きながら、タレを絡ませて更に盛る。


父さんはいつも、これが好きだった。

後は唐揚げだけど……最近は揚げ物を控えているらしい。


解凍したご飯と、タッパーでの味噌汁を温めて完成。



「出来たよ!」

「上手そうだな。仕事蹴って早く帰ってきたかいがあった」

「ちょ。会社から怒られるよ」


「はは、じゃあいただきます。いつもありがとうな陽」

「ど、どういたしまして……」



思わず一瞬、顔をらす。

照れ臭くて恥ずかしかった。



「うん、美味い。陽はもう食ったのか?」


「食べたよ」

「そうか。あのな、陽」



その時、父親の瞳が僅かに揺れる。

“何か”あったと、直感で分かった。



「――すまん。また明日からしばらく出張で居なくなる、関西の支店で問題が起きたらしくてな」

「ああ、なんだそんな事。気にしなくて良いよ」



悟られない様に、席を立つ。

意味もなく冷蔵庫の中を確認しながら、表情を作る。



「会社には言ってるんだが聞いてくれなくてな……これ以上酷くなったら本気で転職も考えるよ」

「いやいや大丈夫だよ! これでも結構学校生活充実してるから。別に寂しくない」


「そうなのか? 友達とはうまくやってるんだな」

「……うん。今日もバイトする前にカラオケ行ってた」


「良いじゃないか。あんまり羽目外しすぎるなよ?」

「多分大丈夫」

「ははっおいおい多分じゃ困るぞ」

「出張先で先生から連絡行ったらごめん。窓ガラスとか割っちゃうかも」

「おいおい! その時は飛んでいくからな」

「はは、お土産よろしくね」


「ああ。父さんが居ないうちは女の子連れ込んでも目を瞑るよ」

「……そんなこと、しないよ。この家に」



笑って父さんに話す。

上手く笑えているかは分からないけれど。



「ははは、真面目だな陽は。もう寝るか?」

「うん。今日は疲れた」


「そうか。おやすみ陽」

「おやすみ、父さん」



いつ表情が崩れるか怖くて、そのまま自室に戻った。

ドアを閉めて、ベッドに寝っ転がり電気を消して。

携帯のラジオアプリを再生。

イヤホンを耳にして、ボリュームはいつもより高めに。


それでも、音楽は頭に入ってこない。

睡魔なんてもってのほか。


この世に催眠術があるのなら、自分自身に掛けてやりたい。



「……っ」



ああもう。

いっそのことこのまま、明日なんて来なければ良いのに――





三人称視点




午後九時。

ある薄暗い部屋。

綺麗に整頓されたその場所には、三人の少女が映る写真が飾られている。



「……」カタカタ



その中、虹色に光るデスクトップパソコンを操る少女。

それとは対象的に、シックな雰囲気を感じる大きなヘッドホンを耳に付けて。


3つあるディスプレイ――そのうちの1つ。

電子の歌声に、エフェクトを利かせながら試行錯誤を繰り返す。



「つかれた」バタ



進捗で言えばまだまだ折り返し。


柳一姫やなぎいつき――彼女の作曲経験は早3年。

曲を作るのに少しは慣れたものの、時間がかかる事には変わりない。

加えてコレに映像まで作るのだ。途方もない作業である。


そしてもちろん、それに比例して集中力も失うわけで。

少し高いゲーミングチェアに、倒れるよう背中を預ける。



「……」カチカチ



襲い掛かる睡魔。

だが――まだまだやるべきことがあるのだ。

輝くマウスとキーボードを操作し、彼女の視線はもう一つの画面に切り替わった。




【IYAHUU知恵袋】


【あなたの質問に一件の回答が届いています】





「!」カチカチ




【いつき さん】

20〇×/9/8 18:10


陽キャの人について

今日それっぽいクラスメイトの人と学校行事で同じグループになりました

しかもその後偶然カラオケでも会って、困ってるところで助けてくれました


でも話すのが苦手であまり話せずお礼も言えませんでした

連絡先とかも持っていません


その人とは仲良くなれると思いますか?

あっちは自分のこと、覚えてくれてたりすると思いますか?

家の最寄り駅が同じで、よく駅で背中を見かけます

大丈夫そうなら朝、頑張って話しかけてみたいと思いますがどうでしょう



【回答(1件)】

【名前非表示 さん】


二回も会えたなら覚えている可能性はありますが、きわめて希薄です

その感じだと印象も良くない、お礼言ってないとかもう(苦笑) 


陽キャという人種はたくさんの人と関わります

貴方はその中の一人に過ぎません

あまり話せていないということですが、その時点でかなり下でしょうね

残酷ですが現実


諦めた方が良い(笑)

そもそも朝に駅で話し掛けるのってハードル凄い高いよ? やめとけやめとけ

夢は見ない方が良いね





「」ガク



液晶に映る返答に絶望する彼女。

少女の淡い期待は、ものの見事に砕かれた。



「……次」カチッ



だが彼女は諦めない。

今度は三つの内、最後のディスプレイへ。


せめてお礼だけでも伝えたい――そんな意思で。



【悩める女の子の為のスレ♪】


239:名前:名無し

最近歯によくモノが詰まりますわ(お嬢様並感)


240:名前:名無し

爪楊枝置いてる居酒屋は良いよね


241:名前:名無し

スレタイ読めますかオッサン共


242:名前:名無し

なんでも質問受け付けてまっせ~w


243:名前:名無し

こんな露骨なスレにまともなの来るわけねーんだよな


244:名前:I

クラスの男の子に助けてもらいました

お礼を言いたいけど人の目があるところは恥ずかしい

どうにかしてふたりっきりになりたい 良い方法ありませんか


245:名前:名無し

おいおいおい 


246:名前:名無し

急に甘酸っぱいよ

 

247:名前:名無し

>>244

普通に声かければ? ちょっと来てって


248:名前:I

>>247

ごめんなさい 声かけるのは難しい

話すのが苦手で


249:名前:名無し

乙女心も分かんねーのかなこの>>247君はw

そんなん出来るならこんなとこ書き込まないよね


250:名前:名無し

249君が完璧な回答してくれるってさ


251:名前:名無し


252:名前:249

よし来た 

>>244その男の子って同じ教室か?


253:名前:I

はい


254:名前:249

ほう……こりゃ勝ったかもしれん


255:名前:名無し

良いからもったいぶらずに答えなさい


256:名前:名無し

どうするんだ


257:名前:249

>>244

催眠術って知ってる?


258:名前:名無し

解散


259:名前:名無し

解散





「催眠術……」



呟く彼女。


いくらなんでも怪しすぎる。

しかし、柳は“そういうもの”が大好きだった。





260:名前:I

>>257

続きを教えてください


261:名前:名無し

おい正気か


262:名前:249

>>260 

そう言うと思ってたよ


催眠術ってのは素人が出来るもんじゃない

だがそれに近い事は可能だ

人を思いのままに操るなんて不可能だが、ある場所に誘導するぐらいは出来る


君の学校に図書室はあるかな?

あとは学校の人気が少ないスポットを教えてくれ





「……!」カタカタ



反射するディスプレイの光が彼女の顔を照らす。

柳は、迫る明日の為に準備を始めたのだった――



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