エピローグ:それぞれの夕暮れ



美咲視点




「朝日陽です、よろしくお願いします」



桜が舞う季節。

期待と不安が入り交じる、4月の初め。



「趣味は……ラジオで曲を聞くことかな。みんなのオススメな歌とか教えてくれると嬉しいです」



壇上で自己紹介する彼は、輝いた目と綺麗な茶色の髪が印象的だった。

それと、優しそうな笑顔も。


ピンとした制服は清潔感があってよく声も通る。

一言で言えば、“いい感じ”の男の子。


クラスの一部の女子は、既に彼へ注目していた。



「ああいう奴って意外と性格終わってたりすんだよな」

「声が大きいぞ翔馬」



後ろの声。

わたしの幼馴染の翔馬。

元野球部、高い身長でスキンヘッド。威圧感のある風貌に大きな声。

悪い噂はたまに流れてきたけれど、中学の時はずっとクラスの中心だった。


そんな彼と、壇上の朝日君。

何かが起こる。

明らかに、衝突が起きそうな。


そんな第六感。

入学初日から、わたしはそれを感じていた。




現在へ




——ピコン!


「!」

「? 美咲どうしたの〜」



カラオケ、陽君が居なくなって数十分後。

この場に居るのは、わたしと真由と。



「♪」

「…………」



歌っている泰斗。

隣には“アレ”からずっと黙り込む翔馬。


機嫌が悪いのは確実。

そしてそれは最悪に近い。


言うまでもなく原因は“彼”とのことだろう。



「……」


『ごめん、今良いかな。直接話したい事があるんだ』



そして今、そんな彼からメッセージが来た。

珍しい陽君からのそれ。



「? どうしたの美咲〜」

「ちょっとチームメンバーの子から連絡来ちゃった、話してくる」


「え〜」

「すぐ戻るから、ごめんね」



液晶画面を、誰にも見せない様に仕舞って——そのまま部屋の外へ。


『大丈夫だよ、今行けば良い?』

『ありがとう。5階の非常階段前で待ってる』


スマホを見て、その目的地へ。

こんな状況だけれど、ほんの少し心が踊る。

“あの部屋”から出たことによる解放感。

いつもと違う、非日常の空間。

翔馬達が居ない場所。


でも、今はそれに浸っている場合じゃない。



「陽君!」

「ごめん、呼び出しちゃって」



上の階に到着、手を振る彼に気付く。

心なしかいつもより顔色が良い。


そして、鞄に手を入れて——



「えっちょっと、お金? なんで今?」

「俺と真由の分のカラオケ代と、フードメニュー三つ分」


「い、いやいや。陽君は自分の分だけで良いよ、そもそもご飯とか食べてないし」

「……そうかな」


「うん。真由の分は——その、翔馬が勝手にめちゃくちゃ言ってただけだし」

「まぁ確かに」


「じゃあ……」

「それならなおさら、受け取っといてよ」


「えっ」



真面目な表情の彼。

口が開かれる。



「もう俺、そっちのグループには入れないから」


「……えっ?」


「さっきのカラオケの件で、思いっきり翔馬から嫌われてさ」


「そんな——」

「ま、イカサマだったからね。明らかに」



苦しく笑う陽君。


……さっきまでの解放感とか、非日常感とか。

そういうのを考えていた自分が恥ずかしくなった。



「だから受け取って払っといてくれる? 最後まで翔馬から恨み持たれたくないしさ」

「……このフードメニュー代も?」


「それは美咲へのお礼だよ」

「え」


「今まで優しくしてくれたから」

「!」



普段通りの笑顔の彼。

その“裏”なんて、ないものだろうと勝手に思っていた。


クラスの空気を壊さない立ち回りとか。

翔馬や泰斗からの強めのイジりとか、色んな準備とか。

数え始めたらキリがない。それを、5月からずっと彼はしていたけれど。


見ていられないモノまで、声を掛けてもなんでもないように笑って。

私はそれに甘えていた。

『彼は大丈夫なんだ』って――そう思い込んでいたんだ。



「今だから言えるけど……美咲が居たから、俺はなんとかなってたんだと思う」



その“裏”に、一体どれだけの暗いモノを抱え込んでいたのか。

少し考えただけで——わたしは。

これまでの自分が、恥ずかしくて。受け入れるのが怖くなって。



「なに、それ」

「まんまだよ。だからせめて、それぐらいのお礼として——」

「……いらない」



高めのフードメニュー、3つで3700円。


餞別せんべつ”。


額なんて関係ないけれど——それを受け取ってしまったら、わたしはもう彼と関わる事が無くなってしまう気がして。


同じ学校。

同じクラス。


それでも、遠い存在になる気がした。



「え」

「カラオケ代は一人分だけで良いから。フードメニュー分もいらない」


「いや、流石にそれは」

「だめ」


「!」



無理やりにそれを押し付けて、わたしは彼から距離を取った。



「それじゃまた明日、陽君」

「……うん、じゃ」



困ったように笑って、彼は手を振る。

駆け下りる階段。足が重い。



《——「もう俺、そっちのグループに入れないから」——》



それは、ずっと頭の中で響く。

あの時の――4月の入学初日が頭に過る。


私達も彼も、これからどうなるんだろう。





鈴宮視点




「〜♪」


《採点中》

《採点終了》


《98点! GREAT!》

《素晴らしい歌唱、プロ顔負けです!》



「ふははははは! うちもプロ顔負けやで!!」

「……愛花ちゃん、恥ずかしくないの?」

「真顔で言うのやめーや」



そう言いながら、ちゃっかり写真撮ってますし。



「ふふんっ、妹に自慢すんねん! 楽しみや〜」

「……」ジトォ

「じょ、冗談やって!」



多分冗談じゃありません。

愛花ちゃんは分かりやすいですね。



「……」ポチ


「えっヒメちゃん歌うんですか!?」

「マジか、初めて聞くで……ヒメの歌声」


《――♪》


「えっこれ」

「だ、ダイナマイトや……」


《♪》


「ア゛」


《採点中》



「今の濁音だくおんがヒメの初歌唱でええんか?」

「ほんと短いですねこれ」



《採点終了》

《100点! MASTER!》

《貴方こそ、カラオケマスターです!》



「」ドヤアアアアアアア


「う、嘘やろ……乱数調整でもしたんか?」

「凄いって言っていいのこれ?」


「」ドヤッドヤッ


「なんか腹立つなぁ……」

「悔しいです!」



果てしないドヤ顔を見せつけてご満悦なヒメちゃん。

……これまでは絶対に曲なんて入れなかったのに……。


朝日君は凄いですね。



「でも、大丈夫かな……」

「朝日様のことか?」


「そうですけど。なんで様なの?」

「天下の朝日様やからな。こう呼んどかな落ち着かんわ」

「えぇ……」

「朝日様〜うちに太陽のお恵みを〜なんつって——」


——ガチャ


「!?」

「ひゃっ」


「——失礼します、フードメニューご注文のお客様ー」


「(挙手)」

「ヒメっちいつの間に頼んでたんや……」


「失礼しましたー」

「」ペコ



帰っていく店員さん。

“もしかしたら”、彼なんじゃないかって一瞬思いました。


そんなわけないのに。



「……そういや、なんか寂しそうやったな朝日様」

「うん」

「陽キャ様も色々あるんやろか。あのマシュマロ恫喝どうかつハゲと明らかに仲悪そうやったし」

「というかもうアレ、友達じゃないよね」


「……おん。見てて気分悪かったわ」

「でもずっと、あのグループに居たんだよね」

「そうやけど……本人の意思やろ」



どうして、あんなハゲと一緒に居るんでしょうか。

どうして、私達を助けてくれたんでしょうか。


あの人が嫌いだから? 

じゃあどうして同じグループに?


あの人以外の人と仲が良い人が同じグループに居るから?

……うん、そんな気がしてきました。

それっぽい人が一人居ましたし……。



「陽キャ様も大変なんかもなー」

「だね」


「うちやったらそんなん耐えられん」

「……うん」


「なんやさっきから元気ないで?」

「ご、ごめん」



《——「二度と俺らに近付くな、害虫野郎」——》



思い出すその声。

イキリハゲがサイレントハゲになったと思ったら、そんな言葉を彼に言いました。


明日から、彼はどうなるんでしょうか。

私なんかが心配して、どうにかなる事ではないとは分かっていますが。


……もしかしたら。

私達のせいで一人っきりに――いいや、考えすぎでしょうか。

朝日君は、たくさんの友達が居そうですし。

彼みたいな方がこんな私に心配されるのってきっと不快ですよね(陰)。

空気を汚す事しか出来ない私なんかが……なんておこがましい(陰)。



「な、なんか黒いオーラ纏ってるで、みずき」

「えっ!? ご、ごめんね」


「っしゃあ、じゃあそんなみずきにはウチの99点の歌声聞かせたるわ!!」



《精密採点 スタート》



「いやなに戻しとんねん」

「聞かせてね、99点の歌声」


「こ、こんなん公開処刑やで……」



《♪》



流れていくイントロに耳を任せる。

とりあえず今日は、皆で思いっきり歌う事にします。




「…………」




ただ。

さっきから、ヒメちゃんが何か考え込んでるみたいですけど……。



















▲作者あとがき

ようやくタイトルの半分は回収……スローな展開でごめんなさい。後の半分は次章から!

ストックは倍以上残っているので、良ければお付き合いお願いします。

そして応援本当にありがとうございます!!

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