自習室にて




鈴宮視点・数分前





「分かった。ただその、心配するような事は柳さんとはしてないよ」

「……朝日君はそんなことしなさそうですもんね。失礼しました……」



私、何を言ってるんでしょう。

ヒメちゃんがそんなこと許すわけないし、そもそも朝日君です。


あのハゲならともかく、彼のことはこれまででそんな人じゃないと分かっていたはずなのに。



「そういえば、いつも自習室で勉強してるの?」

「は、はい。週一回の塾がない時は……」

「そっか凄いね。通りで成績良い訳だ」

「……ど、どうもです」


「柳さん達とはしないの?」

「あの二人は部活があるので。そもそも勉強嫌いみたいです」

「ははっ、普通は嫌いだよ。流石だね鈴宮さんは」

「そ、そのっ。“知識は黄金”! なので……」

「……なんか自分が恥ずかしくなってきたな——あ、着いたよ」

「!」



……気付いたら、もう自習室の前。

彼と話していたら時間は一瞬です。


なにか魔法でも使ってるんでしょうか……。



「それじゃ頑張ってね」

「は、はい」



手を振る彼。

もっと居れたら良いのに、なんて過ぎった考えは捨てて。


——ガララララ


その扉を開けて、中にはいる。

自習室は、それぞれ簡単な仕切りが出来た1人用の机が10個ぐらいあります。

教室と違って完全に自分のスペースがあって良いんですよね。


夏休み明け、かなり最近ですがこの場所を見つけました。



「「!」」

「……っ」



そして、私以外の先客は二人。

チラッとこっちを見て、すぐに戻る。



「でさー! ユーヤ先輩が次の休み一緒に映画行こうって〜」

「やば! もう相思相愛じゃん?」

「いやーまだ怖いねー!」


「……」



そして聞こえてくる声。

手元の参考書は開かれてはいるものの、それだけ。

話に花を咲かせて、仕切りなど関係なく椅子を近づけ話している。


……ここに居座る、二年生の先輩たちですね。

もともとこの自習室はあんまり生徒達に使われる事は無い。

一人で勉強する人は、静かな図書室の勉強用スペースへ。

複数人でわいわいと勉強する人は、食堂か教室で集まって。


この自習室はどっちつかずの場所だからか人が少ないんです。

なんなら先生もあまり巡回しない、いわば穴場。



「先輩と同じ大学行きたいな~」

「二年から受験とか意識高すぎでしょ、あたし達」



……さっきからお喋りしかしてないですけど。

高いのはあなた達の声ですよね(苦笑)。


その先輩とやらは、勉強スペースを雑談スペースと勘違いしている女の人がタイプなんでしょうか。

だとしたらお似合いですね。


ここを二人だけの隠れスポットと思ってるかもしれませんが、私も居るんですよ!



「はぁ……(怒)」



と、聞こえないようため息をついて塾の教材を取り出す。


なら図書室行け、とあの二人から思われるでしょうが……今はもう満室なんです。

受験前の三年生達で自習スペースは満杯。


かといって家で勉強すると集中力が途切れちゃいます。欲望だらけなので。

あくまでここは共有スペース。多少の雑音は我慢します!



「……」


「ってか先輩はもう合格してんだよね? 放課後遊べば良いじゃん」

「んーなんか教室で友達と駄弁ってるっぽいからキツくてー」


「…………」


「ユーヤ先輩って元サッカー部でしょ? 取られるぞ~」

「わぁあやめて!! マジムリ!」


「………………」


「そうだ、今ココに先輩呼んで勉強教えてもらったら――」



――ガララララ!!



「「!」」



会話がヒートアップ。

と、思ったら開かれるドア。


この流れ、まさかそのサッカーの先輩が――




「え……っ」




なんで?

なんで、朝日君がここに?



「マリ先輩、お久しぶりです」


「! 陽君じゃん」

「えっ誰?」

「合コン以来ですね」


「あ、あはは。そうだね~」

「え。ちょっ合コンってなに!?」

「まっまあちょっと色々とあってね……」



見知った関係の様に話す彼と彼女。

聞きなれないワードばかりで頭がおかしくなりそうです。


聞かなかったことにしましょう!



「“外まで”聞こえてましたよ。ユウヤ先輩とは進展してるみたいで」

「い、いやぁまだまだかなぁ」


「ユウヤ先輩さっき食堂居ましたけど、行ってみたらどうですか?」

「えっそうなの!?」

「行こ行こ! 合コンの件はあとで話してもらうから!」

「えぇ~……」


「はは、頑張ってくださいね」



バタバタと席を立つ二人。

笑顔でそれを見る彼。


そして、そのまま。



「あとココ、あんまり雑談はしない方が良いんじゃないですか?」


「あっ……ごめんね陽君」

「ご、ごめん」


「さっき先生通りがかってたんです。怒られる先輩は見たくないなって」


「わ~マジ? ほんとごめん、ありがとね」

「ありがとう後輩君! じゃ!」


「はい」



手を振るその笑顔は、どこか“前”と違っていた。

まるでそれを作ったような。


というか先生なんて通ってない。

それでも彼女達は、ずっと喋るのに夢中だから気付いていないでしょうけど。


カラオケの時もそうでしたけど、朝日君って度胸ありますよね……。



「……行ったかな」

「あ、朝日君!」


「鈴宮さん」



そして、私に向く彼の表情は一気に変わる。

張り付けられたそれが、一気に解けた様に。


その変わり様……な、なんだかドキドキします。



「どどどうしてここに?」

「ははっ落ち着いてよ。差し入れでも――って思って。好きだったよね」



その手には、少し小さめのペットボトル。

『おーーーいお茶 ほうじ茶』のラベルが見えて。



「! そ、そんな。悪いです」

「そう? じゃあ俺も飲んじゃおうかな」


「は、はい……え? “も”って。か、関節キ」

「――間違えて二本買っちゃってさ。貰ってくれない?」



不埒ふらちな言葉はそれで消える。


鞄からもう一つ同じものを出して笑う朝日君。

手品ですか!



「いやいやいやそんな間違いあるわけが!」

「冗談だよ、同じの一緒に飲みたかっただけ。駄目かな」



そ……そんな風に頼まれたら。

断る理由がありません。

というか、なんというか。卑怯です。良い意味で(?)。



「ありがとうございます……」

「うん。俺も一緒にやってて良い?」


「ぜ、ぜひ!」

「ありがとう」



ペットボトルを私の机に置いて、笑う彼。


バーベキューの時の同じ――太陽の様な笑顔。

もうただなんというか。



ま、眩しい……。

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