エピローグ:嘘と本音と秋の空



「……これ、駄目なやつだ」



学校から帰って、ソファーにダイブ。

昼休みに熟睡したとはいえ20分程度だ。


当然そのまま意識を手放し、気付いたら22時。

全く睡魔が来ない状態で深夜を迎えてしまった。


いけないサイクルに入ってしまっている。

昼夜逆転だ、完全に。



《『スパイダーフリックス』へようこそ》


《『朝日 陽』でログインします》



「……」



そうは思いながらも、リモコンに手が伸びる。

今日は3話だけだ。流石に寝ないとマズい。


眠れるかどうかは別として。





「はい、今日はここまでー」


「…………」



結局、6話まで見てしまった。

結果、寝始めた時間は5時を超えた。


睡眠時間は約2時間だ。

眠る時間よりアニメを見ている方が多いってのはどういうことだ?



「昨日よりはマシか……」



ただ流石に徹夜とは訳が違う。

何とも言えないダルさが身体を包み込むだけだ。


それが、逆に辛い。



「「「……」」」



感じる、俺を見る視線。

クラスメイトもよく飽きないものだなと思う。それに慣れない自分も嫌だけど。

カーストトップから堕ちたってのは、そんな話のネタになるんだろうか。


……そういえば俺、昨日は毎時間机に突っ伏してたっけ。

完全に落ちぶれた――そう思われてるんだろうか。


今朝も翔馬とすれ違った。

どこか嘲笑う様に、泰斗と話していたのを覚えている。



「……はぁ」



早く、昼休みになってほしい。





「じゃあ宿題忘れない様にね~」

「はーい」



そして、ようやく四限が終了。

時間がもったいなくて、昼ご飯は抜く事にした。

どうせ携帯食料だし。

翔馬達と昼休みを過ごさない今、学食で買ってくる必要もない。


つまり、グラウンドに直行だ。



「……っと」



鞄を持っていつもの場所へ。

怠い身体を引きずりながら。




大木の影に鞄を置いて、空を眺めながら彼女を待った。



「……」



しかし、柳さんは来なくて。

もう10分は経っているが、音沙汰無し。

昨日ここで起きた時、既に彼女は居なかった。


……俺、実はいびきがうるさかったとか?

寝相がめちゃくちゃ悪かったとか?


考えればキリがない。

睡眠中なんて、当然だが自分の姿は分からない。



「はぁ……」



大きな幹に背中を任せ、ため息を吐く。


昨日までは青空が広がっていたが、今日は生憎の曇天だ。

こうなれば気分さえ落ち込む。



「……悪い事したな」



もしかしたら、俺のせいで別の場所に映ったのかもしれない。

一人の憩いの場所に、変な奴が乱入してきた——そんな風に。



「何やってんだ、俺は」



そう考えたら顔が熱くなってきた。

恥ずかしくて仕方ない。


たった1日だけ……決めつけるのは早いかもしれない。

それでも、彼女にここを返さなければ。

次会ったら伝えよう――「邪魔してごめん」と。



“もう来ないから”って。



「……」



どうせ俺は一人。

翔馬を裏切った時点で、それは決まり切っていた。


だから、夢を見るのは今日までだ。




三人称視点




「もーヒメちゃん駄目だよ、昼ご飯メロンパン2つって」

「ようその偏食で太らんよな……」


「」モゴモゴ



今日は木原の所属する漫研部が部室を閉じているので、三人揃って昼ご飯を食べていた。



「つーかなんか急いでないかヒメっち」

「よく噛まなきゃ駄目だよ」


「」ゴフッ


「言わんこっちゃない!」

「わー水水!」


「」ゴクン


「あっ飲み込んだで」

「……なんか怪しいなぁ」



異様に急ぐ柳に疑いの目を向ける鈴宮。

しかしながら、それを気にしていられない柳。



「」ガタッ

「「?」」


「パソコンしてくる」

「お、おう」

「えっ。いってらっしゃい」



そして駆け出す彼女。

呆気にとられる二人。


あっという間に、教室から見えなくなった柳。



「……ノートパソコン、持っていくの忘れてるよ」

「ほんまヒメっちは分かりやすいなぁ」





本もパソコンも持たず、グラウンドまで駆ける彼女。


どこか、それは虫の知らせの様に。

彼が今日もそこに居た気がしたからだ。



「……」ハーハー



どうして、自分はこんなに急いでいるのか?

普段なら今日は教室で彼女達と居るのに。


分からないけれど、柳は走っていつもの場所へ。



「!」



そして見える、朝日の姿。

目を瞑って、寝息を立てている彼。



「やっぱり、今日も来てる」



呟いてから、彼女は朝日の横へ。

よく見たら、更に横には『ポコ』も眠っていた。


勝手に名付けたその猫は、彼女達よりも先にここを居場所にしていたのだ。


人がいてもお構い無しに眠るポコは、中々に肝が座っている。



「……」



柳は彼の寝顔を眺めて、じっと見つめた。

それでも起きない。


《――「こんなって、なんだよ。翔馬」――》


彼女は思い出す。

バーベキューの時、怒った彼。


《――「ごめんね、騒がしくして」――》


申し訳なさそうな、寂しそうな彼。


《――「ありがとう、楽しかったよ」――》


笑って、手を振る彼。

柳はこれまで、鈴宮達と朝日の色んな表情を見てきたが。



「んん……っ」

「」ドキドキ



髪を撫でられて、気持ち良さそうにする彼。

まるで子供が甘える様に。



「……」



だけれども。

朝日とはまだ、友達ですらない。

昼休み、ここに集まるだけのよくわからない関係性。


ココでは、ずっと彼女は一人だった。

昼休みは鈴宮も木原も教室ではない場所へ行ってしまう。


そんな時、見つけたオアシス。

一人でも寂しくない場所。

しかし、“彼”が来た。

……呼んだという方が正しいが。



「」ジー



安眠する彼の顔を見る。

もともとの目的は……お礼を言うだけだった。


怖かった時に助けてくれて。

無口な自分を、拒む事なく受け入れてくれた。

クラスメイトに誰にも見せない顔を、自分にだけ見せてくれる。


そんな彼と、一緒に要られる時間。


でも、もしかしたら。


今日。いや今この瞬間にでも無くなってしまうかもしれない――



「――っ。ふぁあ……柳さん……?」

「!!」



あくびと共に、彼女へ気付く朝日。

髪を撫でていた手は自分の背中へ隠す。


どうやらバレていないらしい。



「あぁ……もうこんな時間か。戻らないとね……」

「」コク



二人して、立ち上がる。

割れた雲から、光が下りて顔に当たる。


朝一番に寝起きの太陽を浴びた様な、眩しそうにする彼の表情。

彼女はそれが学校の中の光景に思えなくて、小さく笑って。



「……あのさ、柳さん」



少し歩いて振り返る朝日。

彼の眠たげな目は変わらないけれど。


どこか、不安が過った。



《――「ありがとう、楽しかったよ」――》



バーベキューの時の様に。

もしかしたら、今日で終わりと言われるんじゃないかって――






「――“また、来てもいいかな”」





でも、聞こえた言葉は違っていた。

そう言った後の彼の表情は、なぜか驚いた様で。


そしてまた、彼女にとっても驚きで。



「っ!? あっ。あ、いや――」

「……すきに、したら」


「!」

「」コク

「……ありがとう」

「……」

「柳さん?」



彼女の胸の中、暖かい何か。

その視線は彼へ。

きっと今なら声に出せる。



「……あたし、こそ」

「?」


「その……あり、がと」

「えっ?」


「助けてくれた、から……」

「!」



気付けば、頬、耳まで熱い。

お礼以外にも話したい事、聞きたい事はまだまだある。


だが、今の彼女は先程の言葉で精一杯。

顔を見られない様に、彼女は我先にと大木の影から出る。



「帰る……授業、遅れる」

「あ、ああ。そうだね」



まだ少し熱いグラウンド。

澄み切った秋の大空は、二人の心を透かす様に。


綺麗な褐色の髪を揺らす彼が、彼女の横に並んだ。



「行こうか、柳さん」

「」コク



二人はゆっくり歩き出す。


まだ、予鈴も鳴っていないから。

















▲作者あとがき



イツキ編、完! ですがまだまだ続きます。

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