シーズン2



「……そういや父さん出張だったな」



学校から帰宅。

バイトも何も無かったから真っ直ぐ帰ったから、まだ外が明るい。


……翔馬達のグループに居た時は、夕方は過ぎていた。

だから、こんな時間に帰ってくる事なんて久しぶりだ。



「……」



遠い救急車のサイレン。

風が窓に当たる音。


部屋の静寂が、やけに気になり。



《――「あと99……」――》

《――「何言ってんねん!!」――》

《――「おおお邪魔しました!」――》



教室での、三人の声が浮かんだ。


不思議だった。

彼女達と居ると、心が軽くなる。

なんでかなんて分からないけど。


居ずらかったあの場所が、あの時だけは居心地が良かったな。



「……ふー」



宿題をやり終えて息を吐く。

時刻はまだ17時にすらなっていない。


ソシャゲも付き合いでしかやってなかったし、ゲーム機も最後に付けたのは中学生だ。


外で遊んでばかりだったから、こういうのは手を付けなかった。



「俺、何してたっけ……」



呟く。


やる事がない。

やりたい事がない。

ソファーに座ってため息を吐く。

これなら、時給半額でも良いからバイトにでも行った方がマシだ。


スマホで興味の無い動画を流しながら、睡魔が訪れるのをひたすらに待って。





「……うわっ」



寝起き、外はもう真っ暗だった。

腰が痛い。あと目もしぱしぱする。

最悪の目覚めだ。


一番嫌なのは、今が22時だってこと。

変に寝たせいで、明日の体調が悪くなる事は確定した。


……ああもう。

俺、何やってんだろ。



「そういえば……」



《――「スパフリのアカウント、お前の分も追加しといたからな――》



『スパイダーフリックス』。

通称スパフリは、ドラマ映画アニメ、ドキュメンタリーまで幅広いコンテンツを配信してるストリーミングサービスだ。



《――「ははっ、見過ぎて成績に支障きくようなら解除するぞ」――》



父さんが笑って言っていたのを思い出す。


……全然使ってなかったよ。

それはそれで父さんに悪いよな。



「リモコンリモコン……」



《『スパイダーフリックス』へようこそ》


《『朝日 陽』でログインします》



画面に広がるロゴの後、広がるたくさんのコンテンツ。

多すぎてどれから見るべきか分からない。



「うーん……」



リモコンで次々と『おすすめ』の作品をめくっていくけれど、しっくり来ない。


見たくない訳ではないけれど、見たいとも思えない。


ひたすら次のページ、次のページへ。



「……ん?」



そして、5ページ目ぐらいでそれに目が行く。



『大マジですか? 王子様!?』



「これって、アレだよな……」



カラオケのコラボメニューで見かけた作品名。

美咲が欲しがっていた缶バッチのキャラクター達が、タイトルと一緒に見えた。



「……」



美咲が好きなら見てみようかな。

そんな軽い気持ちで、俺は『第1話』を押す。



『――きゃっ!』

『大丈夫ですか?』



で。


始まってすぐ。

ファンタジックな西洋の街。

パンを加えた女の子が、曲がり角でイケメンなアニメキャラとぶつかるシーン。



「……これは……無いかな……」



アニメとかあまり見ない俺でも、擦られ過ぎたモノだと分かる。

多分この後、このイケメンが転校生で魔法学校に来るとかなんだろう……。



「これ、後30分はきつ――って50分!?」



どうやら初回だけは1時間近くあるらしい。

流石にきつ過ぎる。


……しかし、あの美咲が好きなんだ。

でも――5分だ。5分耐えたら諦めよう。


そう思いながら、俺はリモコンを手に取った。




三人称視点





朝七時。

陽の実家から、県を数個跨いだその場所。


ぴっちりとスーツを着熟した二人が、駅前から出てきたところ。



「どうした敦、これからって時に」

「ああ……息子が心配でな」


「高校生なら父親なんて厄介者、居ない方が嬉しいもんだぜ? オレがそうだったからな!」

「……それはそれで傷付くんだが」



軽口を言い合う彼ら。

陽の父親……敦は、同じく出張してきた同僚と居た。



「娘はもうオレの服とは別で洗濯しろって言ってるぜ」

「可哀想に。俺は息子がやってくれてるよ」


「はぁ!? なんだそれ、流石に引くぞ」

「俺も止めたんだがな。逆にそうすると悲しそうにするんだ」


「……出来過ぎて怖いぞ、お前の息子」

「そうだなぁ……」



敦は、顎に手をやって考える。

彼が帰ってくると陽は飛んでくる様に出迎えてくれる。

家事全般は喜んでやる。


お礼を言うと、見るからに嬉しそうにする。

高校生になっても、そのふわっとした笑顔には癒されるものだと敦は思う。


……だからこそ。

出張と告げた時の、悲しそうな顔はズキズキと刺さるのだ。



「ファザコ――」

「じゃない。ずっと友達と遊んでるらしいからな」



休日はかなりの頻度で友達と居る陽。

もし……“それ”なら強請るはずだ、どこどこに一緒に遊ぼうとか。



「ほーん。まあでも、それなら今息子さんは寂しがってるだろうな」

「ああ……。一応気を紛らわせたらなって、『スパフリ』のアカウントも作ったんだが全く手を付けて無くてな」


「ゲームとかしねーの? ソシャゲは?」

「ほとんどやらないらしい。飯食ってる時もずっと俺と話してるし……あんまり携帯も触らないんだよ。ゲーム機なんて高校生になってから触っても無い」


「今時の子とは思えねーな」

「ああでも、よくラジオは聞いてる……」


「……ら、ラジオてお前。いやそれは良いんだけどよ。動画すら見ねぇのか?」

「どうなんだろうな。せめてドラマとか映画なら軽く見れると思ったんだが――」



駅前、バスを待ちながらスマホを操る敦。


スパフリ――ログイン。

敦と陽の専用アカウントが表示される。


家族プランの為、敦のアカウントからでも家族全員の視聴履歴が見れるのだ。

陽との話の種にでもなれば良いなと、適当に覗いていたのだが。



「――!?」

「お、おいどうした」


「……き、昨日まで何も無かったのに」

「見せてみ」

「これだ……見間違いじゃないよな」



その視聴履歴には、確かにあった。

『大マジですかっ王子様!? シーズン1』――

エピソード1、2、3……12まで。

なんならシーズン2に突入している。



「間違いないな……最後に確認したのは昨日のいつだ?」

「帰社して家について――20時頃だ」

「じゃあ一晩で13話」

「……」


「おいバス来たぞ」

「あぁ……」


「ドハマりしてんじゃん、お前の息子」

「そうだな……」



いや、嬉しいのだ。

熱中出来る何かを見つけたのであれば。

だがそれはそれ。いくら何でもこれは日常生活に支障をきたしてしまう。

続くようなら流石に言ってやらないと。でも――



……そんな風に心の中で葛藤しながら、彼はバスに乗り込んで。



「ちなみにうちの娘も似たようなことしてるんだわ……」

「えっ」


「ありがたいね、同じ悩みを持つ者が居るってのは」

「……」


「はっはっは」

「はは……」



それはそれでどうなんだ、と。


1日の始まりから。

苦笑いで外を眺める敦だった。

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