溶けていく



陽視点



なんとか授業に間に合った後は、何も起こらず六限まで終わった。

制汗スプレー持ってきといて助かったよ。

少し怖いが、未だにあの出来事が夢の様にハッキリしない。


どうして、唐突に散歩なんてしてたんだろうか。

どうして、グラウンドにまで歩いていたのか?


まるで見えない何かに誘導されているかの様で。



《――「なんでそんな息切れてんの~?」――》



流石に、隣席の真由からは嫌な顔されたけど。

というか久々に話したな、そういえば。


結局その一言? で終わったけどさ。

もともと真由と一対一で話す事なんて少なかったから、あまり変わらない。

休み時間はすぐに美咲の方に行くから。



「じゃあお前ら、気を付けて帰れよー。まだ暑いから、部活の奴らは水分補給しっかりな」



帰りのHRで先生がそう締めると、クラスメイトは一気に動き出す。

隣席の真由も同様。

いつもなら俺も彼女と一緒に、翔馬達の方に行っていたけれど。



《――「一生“俺ら”に近付くな、害虫野郎」――》



未だ焼き付くその言葉。

一人で学校から帰る――なんてことほぼ無かったから、思わず固まった。


次々と出ていくクラスメイトを、ぼーと眺めてしまう。

鞄には、常に荷物を仕舞い終わっているのに。



「――今日はゲーセン行こうぜー」

「あそこはうるさいから苦手なんだがな」

「え~美咲いないし私は良いや」



そうしていたら、いつもの三人の声が後ろから近付いてくる。


視線を合わせたくなくて、鞄に目をやる。

彼らとゲームセンターで取った、アクセサリーがそこに掛かっていた。


五人の笑った顔が写るプリクラが、そこに貼られているけれど。



「そんな事言わずに行こうぜ、クレーンゲーム好きだろ?」

「……はぁ。まー仕事行くまでなら付き合ったげる~」

「金あるのか翔馬」

「余裕、小遣い増量した」

「ボンボンは良いよね~二人共うらやま〜」



席の前、彼らが通り掛かる。


教室の廊下際、一番前が俺の場所。

この席が最悪だと思えた。



「……ハッ。だろ?」

「うざ~」



彼の嘲笑の視線を感じて、消えて。

前を見れば、もう三人は居なくなって。


やりようもない何かが、俺の胸の中に渦巻いていく。


……結局あの中に俺が居ても、居なくても同じ。

感じ取れる――そんな雰囲気。



「……っ」



鞄を掴む。

自分が恥ずかしくなった。


半年間の思い出が。

アクセサリーに貼ってあるプリクラが、酷く色褪せて見えて――



「あ、あの……」

「!?」

「わっわっすいません!」



突然声を掛けられ、思わずびくっと跳ねてしまう。

なに感傷に浸ってるんだ俺は……こんな場所で。



「」ガク


「ど、ども……」

「そのですね……」



……で、何故か今目の前には鈴宮さん達の三人が居た。

木原さんと鈴宮さんの二人が、まるで柳さんを連行? するように。

がっしりと腕を掴まえて。



「えっと、どうしたの?」


「……ほらヒメっち」

「黙っててもダメですよ」

「……」

「黙っててもダメですよ」

「…………」

「黙っててもダメですよ」

「流石に怖いでみずき……」


「キオクニゴザイマセン」

「は?」

「ヒエッ」



圧を掛ける鈴宮さん。

その対象は、横の柳さんだ。

なぜか彼女がとぼけて、木原さんがビビってるけど。


未だに意図が分からない。

勝手に膝枕したから怒ってるとか?



「」ベコッッッ

「えっ」



と思ったら、柳さんが頭を下げた。

角度はバッチリ90度。

とんでもない勢い。


なんだこれ、凄い音したぞ。

空気が裂かれたのか……?



「これでも謝ってるんです」

「謝ってる? 俺に?」

「その、昼休みは迷惑かけてもうて、反省しとるみたいなんで……」

「ヒメちゃん寝相悪くて、その時の事記憶にもないみたいで。ただやったことはやったことなので」


「……あぁ」



そういう事か。

確かに授業ギリギリだったからね。


言われてみれば、そりゃそうか。


寝相悪いってのは納得だ。

服脱がされそうになったからな。

……流石に今それを言ったらとんでもない事になりそうだから言わないけど。



「…………」

「柳さん、夜遅くまで勉強してたんだよね。なら仕方ないよ」

「!」

「「え」」



相変わらず無表情の柳さんと、声を上げる二人。


……あれで授業遅れてたら、流石に怒るかもしれないけどさ。

間に合ってたから気にしてないし、夜まで勉強してる様な真面目な子に強くは当たれない。


なによりも――



「カラオケのあれに比べたら、俺の膝なんて100回分にもならないって」

「!!」

「ひゃっ……」



そもそも俺が居なければ翔馬に絡まれる事なんて無かった。

今日の事程度でそれが薄まるとは思っていないから。


カラオケルーム。

あの時の彼女の表情は、今も忘れられない。



「だからまぁ、気にしなくて良いよ。鈴宮さん達も」


「……そ、そうですか」

「良かったなヒメ!」

「あと99……」


「えっ」


「何言ってんねん!!」

「おおお邪魔しました!」


「あぁ、うん……」



そのまま引きずられる様に戻されていく柳さん。

なんというか――愉快な子達だ。



「帰るか」



鞄を持って立ち上がる。

胸の中の渦巻いた何かは、もう消え去っていた。

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