眠り姫


目が合って数秒。

固まる俺達。



「……」

「……」



……グラウンドの隅に柳さんが居た。

大きな木がある場所。

どこから来たのか分からない、猫と一緒に。



『ンニャ』

「あっ」



と思ったら、俺が近付いて逃げてしまう猫。

……この学校、野良猫とか居たんだな。



「」ジー



そして、どうするんだこの状況。

未だに木の幹で座って、じっと見る彼女に――どうしろと?


このまま帰る訳には……行かないよな、流石に。



「あー。こんにちは……」

「」ペコリ



とりあえず挨拶したけど、返してくれた? 多分。


意思疎通は出来そうだ。

……いや、そりゃ出来て当然なんだけど。



「涼しくて良いね、ここ」

「」コク

「学校にこんな隠れスポットがあるなんて知らなかったよ」



相変わらず無表情の彼女。

会話になってるのか分からないけれど、嫌がっている風ではなかった。


ほんの少し、柳さんに近付く。

パタパタと、彼女の後ろに居た雀が逃げていった。


……どんだけ好かれてるんだ、動物に。



「いつもココに?」

「」ブンブン

「図書室とか?」

「!」

「はは、当たりかな」

「多分そう部分的にそう」

「!?」



と思ったら急に喋る、スイッチが入ったみたいに。

びっくりするな……大きい声とかじゃないんだけど、唐突すぎて。



「あ、当たりでいいのかな」

「」コク



朝の光景を思い出す。

アレだけ本持ってたらそう思うよ。


ちょっと趣向は分からないけど。



「本、好きなの?」

「」ポンポン

「持ってきてたんだ」



彼女は地面あるそれを手で翳す。

『DTNコード中級』、『エレクトニックミュージック』……なんか難しそうな本だ。


朝のアレとは全然違うな。


……ん?



「えっパソコン!?」

「」ドヤ



その本の下には、彼女の私物? かノートパソコンがあった。

何持ってきてるんだ……。

ネットつながらないと思うんだけど。



「す、凄いね柳さん」

「」フンス



鼻息荒いな。

無表情だけど、なんとなく自慢されてる気がする。

こんな顔もするんだな、柳さん。


無口で大人しい子だと思っていたけれど、この前のバーベキューからイメージが覆りっぱなしだ。

着火機を翔馬に向けた時点で180度変わってるんだけどさ。



「……」



人は見た目によらない。


薄い黒色の髪、人形みたいに白い肌、ショートヘアー。

時折覗く瞳――



「///」カァ

「あっごめん」



思わず見つめてしまった。

照れている、のか? 分からない。

分からない事だらけだけど。



「柳さんって、面白いね」

「!」




あの翔馬にも立ち向かって。

二人の仲良い友達も居て。

人知れず勉強もしていて。


無表情の中に、たくさんの何かがある。

俺なんかとは比べ物にならない程に魅力的だ。



「それじゃ、そろそろ行くよ」



だからもう俺は行かなければ。

彼女の邪魔をするわけにいかないから。


踵を返す。あて先はないけれど。



「勉強頑張ってね」



胸の中、願望を押さえつけて。

溢れてくるそれを、知らない振りをしながら――



――ドサッ



「え?」



振り返る。

そこには、木の幹で横に倒れた彼女が居た。



「柳さん!?」






「zzz」

「……このタイミングで?」



思わず駆け寄って、安否を確認。

寝ていただけだった。


ごにょごにょと寝言? を発する彼女。

それ、口で言う事あるんだな……。


いやいやほんとに寝てる? 怪しくない?



「zzz……」



分からない。

寝ている子に寝てる? なんて聞いても無駄だ。


……でも。

それなら、教室に戻らなくても良いか。


勉強中ならともかく。

絶賛睡眠中なら、邪魔にはならないだろう。



「……」

「zzz」



ただ地面で雑魚寝ってどうなんだ?

絶対寝起き頭痛くなると思うし……そもそも髪が汚れる。


かといって、どうするかって言われると困るんだけど。



「……」グゥ

「えっちょ」



わざとらしい寝言が急に途切れ、ガチっぽくなった。


ごろごろと、転がりながら寝る体勢を変える彼女。

どんだけ悪いんだ寝相。


そのまま座り込んでいた俺の足に頭が乗る。

……いやいや。この体勢から膝枕になることある? なってるんだけど……。



「」スヤァ

「お、起きて……」



そして寝相ポジションを俺の膝にロックオンしてしまった彼女。

頼む、転がってくれ。


こそばゆいし。というか、よく考えたら膝枕って膝じゃないよな。

いやでももっと考えたら腕時計だって手首時計だ。

なら膝も足全体を指して……もうなんか分かんなくなってきた――



「!」



混乱の中で、彼女の顔をもう一度見る。

目元――瞑った瞳の上は、酷い“くま”だった。


毎日遅くまで勉強しているのだろうか。

だったら、今起こすのは可哀そうだ。

こんなに気持ち良さそうに寝てるし……。



「っ。耐えろ俺……」



こそばゆい彼女の髪が、太股を擦る。

何とか耐えながら――グラウンドにある時計に目をやった。



「……このまま後20分?」



長い長い昼休み。

見上げれば変わらないはずの空。

それはどこか、グラウンドへ来た時よりも輝いて見える。


寝息を立てる彼女は膝の上。

笑ってしまうほどに、おかしな状況。



「ま、それでも良いか――」



ふと呟いた声。

それは、賑やかな風音と葉擦れに消えていった。


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