第三十七話

 ふじ氏の奥まった部屋で、今日も密談が行われていた。


「狙ったのは清原王きよはらのおおきみ清白王きよあきおうなのに、どうして嘉子妃かこひが倒れるんだ⁉」

 道足みちたりが忌々しそうに言う。

「……しゅが歪んだのでしょうか? ――分かりませんな。毒も仕込んだはずだが」

「毒に対しては、どうやら真榛まはりのやつが対策をしているらしいぞ」

「なるほど」

「ああ、ほんとうに片腹痛いわ!」

「でも、道足みちたりどの。いいじゃありませんか」

「何がだ?」

嘉子妃かこひが死んでしまえば、聖子せいこどのを妃として推すことが出来ましょう」

「……それもそうか」

「聖子どのは、未だに清原王きよはらのおおきみを慕っておいでなのでしょう?」

「全く!」


 清原王きよはらのおおきみとの婚約が破談になったとき、聖子をしかるべきところへ嫁がせようとした。そうしたら、聖子は頑なに拒否をしたのだ。事情をよく聞いたところによると、どうやら聖子は清原王きよはらのおおきみのことをずっと慕っていたらしい。――全く忌々しい! と道足みちたりは怒りで躰を震わせた。


「聖子どのを、清原王きよはらのおおきみの妃にするのです。そうして、子どもを生ませるのですよ」

「……それもいいかもしれない」

「いいに決まっていますよ。――三人みひとどのにはじわじわ毒が効いていますよ」

 そう言って、くっくと嗤う。

三人みひとの娘は盲目だったな」

「力は強いそうですが、盲目では」

たちばなは、三人みひととその盲目の娘しか、力のあるものがおらなんだな」

「さようで」

「……橘はもう終わりだな」道足みちたりはくすっと嗤い、「ああ、すっとする」と言った。


 道足みちたりは、皇太子妃が、聖子から嘉子かこに代わったときのことを思い浮かべていた。あのときの三人みひとのにやついた顔を思うと、今でもどろどろとした思いが、噴出した。私がどれだけ苦労して、聖子を皇太子妃に相応しい娘に育てたと思っているんだ! ――まあいい。

 その、嘉子妃かこひももう虫の息だそうだ。

 知らず、道足みちたりの顔には笑みが浮かんだ。

 あの美しい顔が憎々しかった。


「ともかく。嘉子妃かこひが死んだら、まずは聖子どのを妃にするよう、手を打ちましょう――」

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