第二十九話

 妊娠後、嘉乃よしのはさらによく夢を見るようになっていた。

 不思議な声を聞く、夢。

 予言のような和歌も、ともなって。

 夢の中にはしばしば未来の映像も映し出されるのだった。



 *



 御姿みすがたは 祥瑞せうずいの鳥 表して 濡烏ぬれがらす 共にり 

 (そのお姿は祥瑞鳥を表していて、

  濡烏の髪と瞳を持った妃がともにいらっしゃいます。)


 大異たいいの鳥も 安らかに はらひ給ひて

 (大異鳥をも安らかに慰め従えなさって)


 白と黒 いや繁しげに 万代よろづよに かくもあらむと

 (白と黒のおふたりが国をますます栄えさせ、

  万代までこのように豊かでありましょうと)


 栄えたる 瑞穂みづほの国を ことで あどもひたまふ

 (栄えていて豊饒な国を言葉の力で統べなさいます)




 長歌が聞こえたのち、白い髪と金色の瞳をした、嘉乃にそっくりな男性と、美しい濡烏ぬれがらすの髪と眼をした女性が寄り添っている光景が見えた。

 鳥が飛んでいた。

 それは大きな黒い鳥で、黒い羽根を撒き散らしながら舞って、不気味な声を上げていた。しかし、濡烏の髪の女性がその鳥に触ると、黒い鳥は光を放って、変化した。

 見たこともない、美しい大きな白い鳥に。

 その鳥は金色の瞳をしていて、聞いたこともない歓喜に満ちた歌をうたっていた。

 世界には光が満ち祝祭が降って来た。

 


 あれはもしかして、未来のこの子なのだろうか、と嘉乃はお腹をそっと触る。

 声が聞えた。



 運命の子たる予言の王はいまだ小さく、命は萌芽したばかり。

 しゅと毒が彼を襲う。

 運命の子は、しゅと毒に苦しめられるであろう。

 世界のことわりを知らぬものが彼を襲う。

 その能力が発現するまでの間のしゅと毒は、彼の命を脅かすかもしれぬ。

 汝、運命の子を、命を賭して守り給え。

 運命の子を産み給う、運命の母よ。

 己の命を予言の王に与え給うべし。

 さすれば、永きに渡る繁栄がもたらされることであろう。



 *



 嘉乃が目を覚ますと、横に眠っている清原王きよはらのおおきみが目に入った。

 もう夜明け近くだった。

 窓の外は薄青く、夜明けの月は白く小さく、星が一つ一つ消えていった。

「嘉乃?」

 嘉乃が半身起こして窓の外を見ていると、清原王きよはらのおおきみも目を覚まして嘉乃の頬にそっと触れた。


 即位した清原王きよはらのおおきみは激務だった。急な即位だったため充分な準備もないままで、かつ、六家りっかの面々も清原王きよはらのおおきみの動向を伺っており、明確な味方となる氏はいなかった。ふじ氏とははっきりと対立しており、予想していたことではあったが、困難な道であった。


 清原王きよはらのおおきみに優しく口づけをされ、優しく撫でられながら、嘉乃は思う。

 本当は、わたしがお支えしなくてはならないのに、と。

 この人は、わたしを選んで、そして困難な道を歩くことになったのだから。

 ユキヤナギが舞う。

 象徴花しょうちょうかを共有することなど、本来はないのだ。

 でも、わたしとこの人とは、魂の回廊が繋がっているのだ、と嘉乃は思う。

 


 汝、運命の子を、命を賭して守り給え。

 己の命を予言の王に与え給うべし。



 声はそう言った。

 嘉乃は大きくなったお腹を撫でながら思う。

 わたしは――自分の命を賭けて、この子を守るのだろう。

 命を賭けて? わたしの命を与える?

 清原王きよはらのおおきみの体温を感じながら、もしかしてこの人を残して? とも思う。

 清原王きよはらのおおきみが嘉乃のお腹を撫でて、「もうすぐだ」と嬉しそうに言った。

「ええ」と嘉乃は答える。

 嘉乃は悲しい予感でいっぱいになりながら、清原王きよはらのおおきみを抱き締めた。



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