第二十五話

 穏やかな日々が続いていた。


 忙しくはあった。清原王きよはらおうはほとんど床に臥せっている白壁王しらかべのおおきみに代わり政務を行わねばならなかったし、嘉乃よしのは嘉乃で皇太子妃として学ばねばならないことが多かった。しかしそれでも時間は穏やかに過ぎて行った。


 真榛まはりから皇太子妃としての仕事を学んでいるとき、嘉乃はふと聞いてみた。

真榛まはり――予言って、あるのかしら」

「予言、でございますか?」

「はい。長歌による神話のような……」

 嘉乃は夢を思い出しながら言った。

「……失われた神話かもしれません」

「失われた?」

「はい。国の成り立ちや祥瑞鳥しょうずいちょう大異鳥たいいちょうなど、口伝えで伝えられているものもございます。しかし、かなりの部分、失われております。……予言の神話は、私でも知りません」

「そう」


「……なぜ、このような質問を?」

「ううん、別に何でもないの」

 真榛まはりの厳しい視線を受けながら、自分には到底うまく説明出来ないと思った。

 沈黙が続いたとき、「よ…――嘉子かこ」という声がして振り向くと、清原王がいた。

「清原王」

 嘉乃はほっとして、名を呼んだ。

「……どうかした? 顔が青いよ」

「大丈夫よ」

「頑張り過ぎではないか?」

「覚えなくてはいけないことが、たくさんあるから」


「――嘉子かこ?」

 嘉乃はふいに気持ち悪さが込み上げてきて、口元を押さえた。

「すみません……気持ち、悪くて」

 座っているのも辛くなり、机に寄りかかる。

嘉子かこ、大丈夫か?」

「清原王……」

嘉子かこさま、ひとまず横になられた方がよいかと思います」

 真榛まはりがそう言って、嘉乃は御寝所に行き横になった。

「ごめんなさい」と嘉乃が言うと、真榛まはりが少し考える顔をして「もしかして」と言った。

「ご懐妊されたのでは?」

「……懐妊? 子どもが?」

 清原王は喜びに満ちた表情でそう言うと、嘉乃の頬をそっと触れた。

嘉子かこ……ほんとうに?」

「清原王」

 二人の視線がからまった。――そこに慌ただしく人が入って来て、言った。


「清原王! 白壁王しらかべのおおきみのご容体が悪化いたしました。清原王を呼んでおられますので、すぐにいらしてください!」


 白壁王しらかべのおおきみはなんとか持ちこたえたが、病床で意識が途切れそうになりながらも清原王に譲位の意を伝えた。

 清原王は天皇に即位することになった。

 近いうちに即位することになるだろうと予想はされていたが、想定していたよりも早い段階での即位であった。即位の儀の準備は慌ただしく行われた。


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