第7話 ヴァンパイアと人間



 月日が流れ、エヴァンゼリンは、バラの妖精のように美しく可憐な乙女に成長した。


「また、来年も来てもいい?」


 エヴァンゼリンがハロウィンの別れ際にいつものように翌年の約束をしようとすると、ジェフリーは返事をしなかった。


 苦しそうに発せられたのは別れの言葉。


「………もう、会えない」



「ジェフリー、どうして? わたしのこと嫌いになってしまったの?」


「本当はずっと考えていた、君は人間で、僕は血を吸わなければ生きられないヴァンパイアだ。太陽の光も浴びることのできない闇の住人」


「それでも今まで友達だったじゃない? もう会えないなんて、嫌よ……」


 エヴァンゼリンにとって、ジェフリーが人間でもヴァンパイアであっても関係なかった。

 一番つらいときに一緒にいてくれた人であり、また、彼がつらいときにはそばにいてあげたい。

 もう会えなくなるなど考えただけで、目の前が真っ暗になった。

 一年にたった一日、ハロウィンの夜だけではなく、ずっと一緒にいたい人だと思うようになっていた。


 それは、ジェフリーにとっても同じことだった。

 だからこそ、これが最後と思い自分の過去を語り始めた。 


「誰かに語ったことはなかったが、ずっと誰かに聞いて欲しかったようにも思う」


 彼は、孤独だった。

 200年もの間、語りかけるのは墓場の霊たちだけ。


「僕の母は、僕を身ごもったまま毒殺された。そして、墓の下から僕は生まれた。

 死んだ人間が生き返るとヴァンパイアになるのかもしれない。血を吸いながらバンシーたちに育てられ、母を殺した人間に復讐することだけを目的に生きてきた。

 その復讐も、今から200年ほど前に終わっているが……」


 部屋のろうそくが一斉に揺らぐ。


 エヴァンゼリンには見えない霊たちは、確かに部屋にいるのだ。


「なぜ、僕はヴァンパイアなのだろう? 人間を傷つける存在であるなんて……」


「あなたも、霊たちもわたしに意地悪なことなど何もしていないわ」


「これからも善良なヴァンパイアであるとは限らない」


「どうして、そんなことを言うの!」


「君は、もう立派な女性だから……」


 エヴァンゼリンは、その意味を分かりかねているとジェフリーが苦しそうに続けた。


「エヴァンゼリン、君の血はさぞ美味しいだろう」


 彼は、まぶたを閉じ両肘を抱えている。

 その手は、少し震えていた。


「私の心はあなたのもの。あなたになら血を捧げても……」


「それがどういう意味なのか、君は、本当に分かっているのか?」


 エヴァンゼリンは、ゆっくりと頷いた。


「私、ジェフリーのことが好きなの。私もヴァンパイアになるから、どうかあなたのお嫁さんにしてください。

 あなたに釣り合いたくて、早く大人になりたいと思っていた。大人になってずっと一緒にいれたらと望んでいた。だって、あなたはわたしが心細かったときに、励ましてくれたから、今度は私があなたの孤独を埋めてあげたい」 


「エヴァ……」


 幼い少女だと思っていたエヴァンゼリンが急に女性らしくなったように見えたが、それが見かけだけではなく内面もだということにジェフリーは戸惑った。


 ヴァンパイアと人間。


 男と女。


 そうなる前に、強い感情が芽生える前に離れようとしたが、もう遅かったというのか。


「私、待ってる。来年も、再来年も! ジェフが迎えに来てくれるのを、白いドレスを来て、部屋の扉を開けてあなたが来ることを!」


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