第3話 東の都市フロールン

「レインその首飾りどうしたの?」

 馬車の中でそう話しかけてきたのは世話になっているウィルさんの娘『セリス』だ。金髪のポニーテルが馬車の揺れに合わせてぴょんぴょんと跳ねている。

 馬車は東の都市『フロールン』を目指していた。

 村から出た事の無かったオレはウィルさんの手伝いという名目で、付いていく事に成功した。

「爺ちゃんに昔貰ったんだよ。常に肌身離さず持ってろって……」

「……そう」

 少し祖父の事を思い出す。穏やかながらも力強い目をした人だった。

「お爺さん、ロックウェルさんは元々遠い国の出身って言ってたから、そこのお守りかもね」

 そうなのか。知らなかった。前世の記憶を思い出すまでオレはただの六歳の子供だったのだ。祖父もオレに難しい話はしなかったし、オレも祖父がいることが当たり前に考えていて色々と詮索もしていなかった。だから仕方がない、と思う部分もあるが、やはりもっと祖父話しておくべきだったとも思う。祖父は何を思ってオレを育ててくれたのだろう。前世の世界と違って、この世界はそれほど裕福ではない。役に立たない子供一人抱え込むのも覚悟が必要だっただろう。

 オレはまた少し寂しくなり、祖父からもらった首飾りを握りしめた。羽の生えたライオンの様な生き物が金属製の意匠で描かれている。

 そういえばなるべく人に見せるなとも言われていたのだった。決して離さず、人にも見せるな、そう言われいつも服の内側に首から掛けていたのだが馬車の揺れで外に出てしまっていた。オレは今一度服の中に首飾りを押し込んだ。


 都市を取り囲むであろう城壁が見えてきた。正確な大きさは良く分からないがオレの住む村とは比べるべくもない事はここらかでも分かる。

 城門の前に馬車を止め、ウィルさんが門番に何かを見せ話をしている。身分証などだろうか。オレは持っていないが、ウィルさんに任せておけばいいだろう。

 そういえば門番という仕事はどうだろう。

 オレはこれから黒の魂の持ち主を探さなくてはならない。いや、その前に祖父が亡くなったのだからいつまでもウィルさんに甘えているわけにもいかない。何か仕事を探すべきだろう。そう考えると門番という仕事は悪くない気がする。都市に出入りする人物を観察でき、おそらく年齢等も調べられる。ちょっとした会話も出来るから探ることも出来る。まあ、六歳の子供に出来るかは疑問だが。


 そうこうしていると馬車は中へ通される。

 そこには多くの人、広い道、大きく奇麗な建物が立ち並ぶ。

「うわー、でっかー」

 思わず口から出る。

 セリスが微笑みながらこちらを見る。

「もしかして、この街って世界一大きい?」

オレが尋ねると、セリスは少し吹き出しそうになってから答えた。

「確かに大きい街だけどね、世界一は大げさかな。確かこの地方で三番目の都市だったかな」

 マジか……。やっぱりというか世界は広いんだな。この世界での人探しがますます途方もないものに感じる。

 だけどよく考えると、この街が大きく感じるのはオレは六歳の体だからというのおあるだろう。身長は今120㎝位だろうか? まあこのまま伸びないという事は無いだろう。


 馬車が止まる。目的の場所についたのだろう。この辺りは様々な店が並ぶ商業区域の様だ。一軒一軒が個性的な看板や趣を見せ人々の購買意欲をそそる。

 そして目の前の建物はひと際目を惹く……ことは無く、あまり目立たない木造の建物だ。

「私は、店を見てくるからセリスとレインは屋台街でも見てきなさい」

 ウィルさんはそう言ってセリスに小遣いを渡した。その後オレの方へ向き直り

「レインは村を出るのは初めてだったな。セリスに街を案内してもらうといい」

といった。

うん。とだけ返事をすると、ウィルさんはオレの頭を撫でた。

「じゃあレイン、行くわよ」

セリスがオレの腕を引っ張る。慌ててオレは足を動かす。

「西区には近づいてはいかんぞ」

ウィルさんがオレたちに声をかけた。

セリスは「わかってる」と言わんばかりに手を振った。


「ねえ、セリス。ウィルさんのお店は何を売っているの」

 セリスが少し驚いたような顔でオレを見ていった。

「お父さんの店は世界各地の民芸品とか貴重品を置いてるの。でもお店の売り上げはあまり気にしていないみたい。なんか世界各地を回った時のツテがあるとかで、色々な商品をこの国の店に紹介とかして、そのチューカイリョー?とかでお金を稼いでるっていってたかな」

「へえ」

 前世で言うバイヤーの様な仕事だろうか。セリスも全ては理解していないようだ。

「レインは商人の仕事に興味があるの」

「……どうだろう。今は色々な事が知りたいかも」

「ふーん。じゃあ商人になりたくなったら、将来私の店で働かせてあげてもいいわよ」

 セリスは自慢げに言った。

「セリスは将来商人になるの?」

「うん。お父さんや、兄さんより大きなお店を出してやるんだから」


 そんな話をしているうちにオレたちは賑やかな通りに出た。ここが屋台街と呼ばれた場所なのだろう。多くの簡易的な建物に様々な商品が並べられている。食べ物も売っているらしく、辺りからは実に魅力的な香り漂う。

 賑やかな人通りの中オレは一つの店の商品に目が留まった。

 その店は武器を置いていた。

 ナイフ、長剣、槍なんてものもある。前世では本物の刃物など包丁ぐらいしかお目に掛からなかったのですごく新鮮である。同時にこんなものを普通にこんな場所に置いておいていいのだろうかと心配になる。

「こういう物に興味を持つなんて、レインも男の子だねー」

 隣でセリスが軽く冷やかした。

「坊主ぐらいなら、この短剣がおすすめだよ」

 店主と思しき老人が話しかけてくる。

「お父さんにお小遣い貰ったし、何か買ってあげようか?」

そういってセリスはオレの顔を覗き込んだ。


 はっとした。なんというか腑に落ちた気持ちになった。

 露店で簡単に刃物が買える街。六歳のオレに刃物を薦める店主。

 この世界は、前世よりも圧倒的に治安が及ばず、倫理も発展していないのだ。

 つまるところ、オレは黒の魂を探すにあたってどうやって多くの人に会おうと考えていたが、それだけではいけなかったのだ。各地を渡り歩くにも、いやそれ以前に普通に生活するだけでも、自衛する力が求めれてるのだ。そう思うと少しこの世界が怖く感じた。

 オレはこれから自衛する手段も学ばなくてはならない。その為にはどうしたらいいのか。目の前の短剣を購入したところで、焼け石に水の様な気がする。

「そうだ、セリス」

「欲しいものは決まった?」

セリスの問いに、オレはこう答えた。

「魔法は何処で売ってるの?」

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