9-2

入り江ではアンスティスたちが上陸をし始めていた。

「海賊アンスティス」

ルカが、よく通る声で呼びかける。

右手に持っていた細長い物は、背にしている。

「……誰だ、てめぇは。」

アンスティスはだみ声で、ルカに聞く。

「ここから先へは、通すわけにはいきません。」

ルカは、たんたんとした調子で言う。

「ほぉ……1人で迎え撃つってわけか?」

はん、と鼻先で笑った。

「勇敢なこって」

小馬鹿にしルカを見下した目で見ていた。


「お嬢さん。無理はなさるな。その可愛い顔に傷がつくことになる」

しわがれた声がアンスティスの後ろから聞えた。

腰の曲がった白髪、白髭の老人が杖をつきながら出てきた。

「そちらは?」

ルカは、冷たい視線をその老人に送った。

「こいつはな、あの隠遁の賢者殿だよ」


その言葉にルカは、ほんのちょっとだけ、眉を動かした。

「この周辺にいるって噂だがな、本当はオレの船に乗ってるんだよ!!さぁどけ」


ルカは、黙ったまま、アンスティスと老人を見据える。

「聞えなかったのい?おどきなさい」

表情も変えず、態度を崩さないルカを見て、老人もイライラしたように言う。


「隠遁の、賢者」

「そうじゃよ!ワシが世界の脳髄よ!わかったらお退きなさい!!」


ルカは、そう叫ぶ老人を微笑んで見つめた。

「そうですか」

にっこりと笑い、小首をかしげ二人を見据えた。

女性は、何?といぶかしそうに、ルカを見る。

「そうですか……名乗っていただいたので、私も名乗らなくてはなりませんね。

私の名前ですけれども」

ルカは、にっこりと笑いながら、告げた。


「私はイルカ・F・エレノアと言います」


その言葉に、老人が、ビクリとルカを凝視する。

この名前を知っているのですか……少し意外でしたね。

とおもしろそうに老人を見た。


「名前がどうかしたのか」

アンスティスの言葉に、ルカは喉の奥でくぐもった笑いかたをした。

「そちらのご老人のお名前は?」

「わ、わしは…」


名乗れないのですか…?

隠遁の賢者の本名を、その海賊は知らないようだから、上手くごまかすくらいはすればよいものを…。


ルカはつまらなそうな表情を隠しもしなかった。

あからさまに馬鹿にされ、頭に血が上った老人は短慮にも隠し持っていたナイフを数本、投げつけてきた。

ルカは微動だにしない。


カカカカカカカッ!

と軽い音がして、ナイフは総て木刀で受けとめられていた。

いつの間に現われたのか、ルカの前に3人の子どもが木刀を手に立ち、ナイフを受けとめたのだった。


予期せず現われた援護に、一瞬女性もアンスティスもひるんだ。

が、それが10歳くらいの子どもであるのを見て取り、見下した空気を出した。

「何故、来たのですか」

ルカは3人に問うた。

「それは……」

どう言おうか、考える3人にルカは、頭を軽くなでて答えた。

「私一人でも大丈夫だと、言いましたよね?

けれども、ありがとう。手伝ってくれるのですね?」

本当は、ここから追い返し、安全な場所へと3人を移したいのであろう、ルカはそれでも3人の気持ちを汲んで、そう言った。

3人は、はい!!と真剣な顔で返事をし、ルカを見上げた。

ルカは、海賊一味をざっと見渡した。

彼らの目付きがおかしい。


「隠遁の賢者と呼ばれる人物が国に先日提出した論文ですが…」


その薬と言うのは、人の能力限界の力を引き出し、闘わせることのできるというもので、真に無慈悲な将軍であれば、自分の兵士を捨て駒にし、その薬品を使用するであろう…それは、人を人として扱わないことを示す。

そして、その論のコピーと試薬品が流出した話を先ほどシオンから聞いたばかりだ。


「彼らに使いましたね?」

ルカが嫌悪感丸出しの声と目で睨んでくる。

「それがどうした」

アンスティスが、ふてぶてしく笑いながらルカを睨み返す。

「人を人と思わない?そんなことはない、こいつらは役に立つから、オレの一味だ。それにな。薬を作ったのは」

と、斜め後ろに立つ老人を見て

「コイツだ」

と笑った。


ルカも嗤った。

いつもの微笑みとは違う、嫌悪を笑みに変えたものだった。

「君たちには、いつも言っていることがありますよね」

と、子どもたちへ語りかけた。

「はい。自分の命を第1に考えて、そして島を守ってください、と…」

1人がそう答えると、ルカは、そうです、と頷いた。

「絶対に、それを違えないように!」

3人は、再度顔をひきしめ、はい!と返事をした。


ルカは、丘を見上げた。

「あなたもです。試薬品の渡った先も、賢者の存在も確認できたでしょう。早く出航してください」

「できかねる」

憮然とした顔でシオンが現れる。


こちらにも気が付いていたのか…。

ルカの察知能力は、どこまで鋭いのか、とシオンは驚いていた。

「では、その場で、この海賊が島へ入らないよう護して下さい」

早い話、手を出すな、と言っているのである。

そして、ポケットから、1つの小ビンを出し、一息に飲み干した。

それを見ていたシオンは、イヤに不吉な予感に襲われた。

……昨日のビンと違う……

ルカは、手の甲で唇を拭うと木刀を構えた。


海賊の一味がサーベルやら棍棒やらの様々な武器を片手に、じっと不気味な沈黙でルカたちをとの距離を測る。

ルカたち4人も、間合いを計る。

静かなにらみ合いが続き、ぴんとした緊張が走る。

一色即発。

その状態を破ったのは、海賊の1人だった。

「うをおおおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!!」

と雄叫びをあげ、かかってくる。

そして、それに続き、海賊一味が束になって4人めがけて押し寄せてくるのだ。

レン、ルイ、リアはにっと笑い、3方に散る。

ルカは、木刀を構えたまま、正面からその海賊を相手にした。

ガッ!ゴン!!

と、いう2つの音がし、突っ込んできた海賊は前のめりに倒れた。

ルカが最初の切り結びを、軽くかわし、木刀で後頭部をしたたかに殴りつけたのだ。

そして、すばやく海賊の持っていたサーベルを奪い、次々に襲ってくる海賊をなぎ払っていく。

レンたち3人も同様に、海賊を倒し、武器を奪い、それで次の海賊たちを倒していく。

鮮やかに、すばやく。

シオンも加わり応戦するので、人数の差はあれどもこちらが有利そうに見える。

闘いは、すぐさま終るかに思えた。

だが。

倒れている海賊が、しばらくすると、再び起き上がり、また襲いかかってくるのだ。

……これが、ルカの言っていた薬品の成果か?…

シオンは、その狂気のような闘いぶりをする海賊に、一瞬、寒気を覚えた。

敵は、まだ続々と起き上がりかかってくる。


いつの間にか、夜になっていた。

乱闘となった闘いは終っていない……

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