9-1

落ちてきた頭上を見上げたが、すぐ、蓋がされてしまっていて真っ暗になった。

壁は垂直で足場にできそうなものはなく登る事はできなさそうだ。


「お兄ちゃん、こっち」

そういう声がして、小さな灯りが見えた。

あの3人組のうちの1人が懐中電灯を持って少し離れたところに立っていた……たしか、レンといったやつだ。


この落とし穴の横に見えにくいが小さな通路がある。

そこから手招きをしているのだ。

「ここをまっすぐに行くとね、丘のところの道とは別の、岩場の横へ行けるんだ。

お兄ちゃんは、もうこの島から出て戻った方が良い。

食料とか水とか、必要そうなものは運んでおいた。ごめんよ。こんなことになって。

早めにカタつけたいけれど、相手はけっこうな人数がいるから、時間かかるかもしれないし。

それに、もう夕方なんだけど、今夜も雨降りそうだし。

先生、大変だと思うから、お兄ちゃんは夜になる前に出て」


そう言い残し去ろうとした。

「待て、雨が降る…だと?昨日、あいつは雨に降られて、虫の息だったんだぞ!?大丈夫なのか??」


シオンのその言葉に、レンはギクリと振り向いた。

目を見開き、シオンを凝視する。

「え……雨に…?だって…小屋に…」

「ああ。小屋で休んでから山を下りた……だが、小屋に入ってきた時には、ほとんど虫の息だった」

そんな……レンは信じられない、と首を振った。

「昨日、雨が降った時には小屋にいたんじゃないの?」

シオンは、首を振った。

「あいつが着いたのは、雨が降ってしばらくしてからだ。薬を飲んだから、大丈夫だとあいつは言っていたが…あの状態は、…さっきいつものように振舞っているのが不思議なくらい、弱っていた」

レンは、奥歯をかみしめた。

少しの間、うつむいて何かを考えていたが、やがて顔を上げた。

「お兄ちゃんたち、僕、もう行くから…ごめんね。これ、使って」

懐中電灯を渡し、そう言うと、脱兎のごとく、駆け出した。


夕焼みの中、レンは、既に地上へ出ていて、二人のところへ向かっていた。

レンがカタカタと振るえ、そして、つぶやいてた。

「ちょっといいか!?大変なんだ、いいか…」


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落とし穴から出てきたシオンを出迎えたのは、申し訳なさそうな顔で立っているサザビィだった。

「このまま島から出てお行き、と言っても聞かなさそうだね」

「こちらとしても、隠遁の賢者殿に申し訳なさが立つ。戦うというならば手を貸す」

サザビィはため息つきながら道を譲った。

「道はないけれど、この岩肌沿いを行くと先生が立ち寄るあの丘の裏に出られる。気をつけな」

シオンは恩に着る、と頷いた。

「ああ、そうだ、先生があまりにも無茶をしそうになったら、あんたは……」


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ルカは、丘で徐々に迫り来る、海賊船を睨んでいた。

右手をぎゅっと握り締め、薬指にある指輪の存在を再確認する。

その右手には、細長い何かを持っている。

地平線に今にも落ちようとする陽が、ルカの顔を染め上げている。


…夜まで、かかってしまうかもしれませんね……なるべく、時間はかけたくないのですが…

こんなにキレイな夕焼けなのに、夜には雨が降る。

昨日のような雨ではないのだが、しかし、秋の気候を保つこの島の雨は冷たい。

ルカはポケットの中に入れておいた薬のビンを、左手で取り出して眺める。

大丈夫、大丈夫、大丈夫……

そう自分に言い聞かせながら。

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