第26話 水族館

「ん?」


 夜中にゴソゴソという音が聞こえ、ふと目を覚ました。するともう音は止んでいたのだが、代わりに隣に奈由香が寝ていた。


「え? え?」


 動揺する。なぜ奈由香がここに寝ているのか。それより布団はどうなってる?


 良かった俺の布団だ。ということは奈由香の寝相か。


 ……いや、全然よくない。奈由香が隣に寝ている……つまり、漫画の一シーンのような展開だ。


 いや、そんなことよりも! なぜこんなことになっているんだ? 暗くてよく見えない。


 奈由香の布団は……そこまで酷くはなって無さそうだ。ということは寝相ではなさそう。


 俺は奈由香の布団のところに移動するべきなのか? 


 いや、女子の……好きな人が寝てた布団で寝る? 俺の精神が持たないし、なんとなく無理だ。


 いや、この状況の方が精神持たないけど。


 こんな気持ちよさそうに寝てる奈由香を起こすのもなんとなく申し訳ない。かくなる上は!


「よいしょ」


 奈由香を持ち上げる。これならドキドキは一瞬で終わる。奈由香には悪いけど、起こすよりはこれの方が平和的解決だろう。


「ん? 雄太?」


 奈由香が目を開けた。終わった。


「え? どういう状況?」


 俺にもうまく説明できない……そもそも俺自体分かっていない。どう言い訳しよう。まあ別に俺は悪くはないと思うんだけど……。


「てかお姫様抱っこ? 雄太そう言う趣味あったの?」


 どうやら黙っていると俺にとってよろしくない方に話が言ってしまいそうだ。正直に言おう。


「実は俺の布団の中に奈由香がいたんです。それでこの状況をどうにかしないとって思って移動させようと思って。なんかすみません」


 我ながら何を言っているのかよくわからない。だが……あくまでも本当のことを言っただけだ。これで嫌われるのならもう仕方がない。俺に運がなかったという話だ……まあそれでも弁明はするけど。


「とりあえず信じる」

「ありがとうございます」

「それに雄太のお姫様抱っこ悪くなかったしね」

「ありがとう」


 と、奈由香は隣の自分の布団に帰って行った。それにしてもなんで布団は全然ぐしゃぐしゃになってなかったんだろう。謎だ。


 そして再び眠りに落ちた。



「ん?」

「雄太。おはよう」


 隣にはまたしても奈由香がいた。


「なんでここに?」

「昨日の夜私が雄太の布団に入って行ったって言ってたでしょ。なら朝も入ってやろうって思って」

「もしかして昨日布団に入ったのってわざと?」

「いや、普通に私もわからない」

「そうですか……」


 結局原因不明というわけか。


「えい!」


 と、わきの下をくすぐられた。


「何をするんですか?」

「こちょこちょ」

「それはわかってますけど」

「だって、せっかくのお泊り会だからさ」

「そうですけど」

「じゃあもう一回!」


 とまた、こちゃこちょされる。


「あははあは。本当やめてくださいって!」

「敬語じゃなくなったらやめてあげる」

「なんでだよ。ほんとやめろ」

「はい!」


 と、奈由香が腕を離した。


「本当に話してくれるんだ……」

「私を何だと思ってたの?」




「……雄太。ギュー!」


 と、今度は俺を抱っこしてきた。


「なんですか!?」

「せっかく布団で一緒なんだし、いいでしょ。友達なんだし」

「まあそうですけど」


 別に嫌なわけではない。恥ずかしいだけだ。もうこの状況は周りの人から見たらイチャイチャにしか見えないだろう。だが、今少なくとも分かるのは、奈由香のハグを受けれる俺は幸せだということだ。


「幸せだ……」

「今何か言った?」

「いえ、なにも」


 つい、口に出してしまった。恥ずかしい。だが、幸せと言うのも事実だ。


「この日々がいつまでも続くといいですね」

「うん!」


 死亡フラグ? のようなことを言ってしまった。


 そして、しばらくたって布団から出て起きた。



「じゃあ朝ごはんだね!」


 と、奈由香の手料理が出される。美味しそうな目玉焼きと卵焼きとベーコンエッグだ。普通に美味しそうだ。


「いただきます!」


 と、一口食べる。甘くて美味しい。


「美味しいです!」

「それは良かった」

「美味しいよ! 奈由香」


 麗華も俺に続く。


「奈由香最高」


 と、下村さんもそれに続いた。


 そしてお泊まり二日目。お出かけすることになった。場所は水族館。うちの近所で一番大きい水族館だ。


「大きいね!」


 と、奈由香が俺の腕を持ちながら叫ぶ。それをみて下村さんが羨ましそうに俺の方を見てくる。俺はその状況に優越感を感じる。


「じゃあ入りましょうか!」

「おう」


 と、水族館

 に入っていく。


「みて、雄太。魚キレイ!」


 その水槽にあるのはたくさんの指のサイズほどの魚たちだ。たぶん一〇〇〇匹は優にいそうだ。


「なんか、魚の群れって神秘的ですよね」


 まるで一つの不思議な世界の感じがして。


「わかる? すごいよね。雄太」

「うん」


 そして二人で魚を眺める。その間下村さんは奈由香に話しかけようとするのは見えるが、結構アピールが無視されてる……と言うか目に入ってもいない感じだ。俺としてはうれしいことである。やはり恋のライバルではあるからな。


「こっちも見て! チンアナゴ……なのかな? ぴょこぴょこしててかわいい」


 その言葉通りチンアナゴたちは穴に住処があるので、その中に入ったり出たりしている。かわいいかって言われたら微妙なとこだが、まあ奈由香がかわいいっていうのならかわいいのだろう。


「こっちは、でかいサメ!?」

「みたいですね」


 直径何メートルあるのだろうこれは……。人間よりはるかに大きい。


「迫力あるね!」

「……食べられそうな感じがする……」

「確かに、あんな大きなサメが街中にいたらもうすぐに朴っと食べられそう」

「もう人間じゃあ勝ち目ないですもんね」

「うん。ダメージ与えられなさそう……ちょっと失礼」


 と言って奈由香は目の前のサメの水槽に近寄った。


「何をするんですか?」

「見ててよ」


 と、サメに対して……


「サメの馬鹿!」


 と、少し控えめの声で言った。


「え?」


 奈由香は相変わらず指を折り曲げたりとかしてサメを挑発する。


「ガラスがあってこっちに来れないでしょ!」


 なんかかわいい。


「さあ気がすんだ」

「気が済んだって……一方的に煽ってサメがかわいそうじゃないですか」

「えーだって楽しそうなものは楽しまなきゃ。まあサメには悪いけどね」

「ですね」


 奈由香にとことん乗ろう! そう決めた。奈由香楽しそうだし。


「そう言えば麗華と絵里とはぐれちゃったね」

「ですね」


 確かに周りを見ると二人ともいない。まあ俺としては下村さんがいない方が断然良いのだが。


「じゃ次は陸のほう見てみる?」

「いいですね!」


 つーかこれもうもはやデートじゃん。最高だ。


「ペンギンかわいい!」


 と、奈由香が中腰でペンギンを見る。


「かわいい」


 俺もそう呟く。歩いてるだけでかわいい。


「雄太。ペンギンと一緒に写真撮ろうよ」

「確かに」


 と、ペンギンと一緒に奈由香のスマホで写真を撮る。


「いい写真ができたね。皆に送ろう!」


 と、奈由香はメッセージアプリの送信ボタンを押した。これ下村さんが見たらどう思うんだろうな。


「次行こ!」

「うん」

「てかそろそろイルカショーの時間?」

「確かにそろそろですね」


 と、イルカショーの会場に足を運んだ。


「ねえ、最前列座らない?」

「最前列?」

「うん」


 めっちゃ濡れるやつじゃん。本当は座りたくないけど、奈由香の頼みなら断れない。


「わかりました」


 水が飛んでくるのが怖い、その一点だ。だが……奈由香の隣でイルカショーが見られる。それだけで幸せなことだろう。



「それではイルカショーの始まりです!」


 その言葉で、イルカショーの幕が上がった。

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