ダンジョン的なもの

そうざ

Something Like the Dungeon

 そこは縦穴状の空間だった。

 俺は、壁面から勢い良く生え出した枝のようなものに必死に獅噛しがみ付いていた。但し、枝と言っても葉など一枚も付いておらず、黒々と艶めき、しなりつつもほぼ直線的に伸びているだけだ。

 空間内の湿気が意識を朦朧もうろうとさせる。更に、下方から冷たい風が、上方からは逆に暖かい風が規則正しく交互に吹いて来て、体温と体力を容赦なく奪って行く。

 俺は何をしているのだろう。

 上へ登りたいのか下へ降りたいのか、それさえ判らない。兎も角も、差し迫っているのは堕ちる恐怖だった。

 俺は、恐る恐る下を見た。

 ぼんやりと光が差し込んでいる。上ではなく下に開口部があるのだ。しかし、光の先に何があるのか、何処へ通じているのか、全く計り知れない。何も判らない状況そのものが、更なる恐怖を運んで来る。

 とは言え、じっとしていてもらちが明かない。上より下へ行く方が労力を要さない筈だ。それは唯一、確実な事だ。

 俺は、痺れる手を酷使してヌルヌルとした壁面に慎重に足を掛け、少しずつ下って行った。たちまち汗が噴き出す。額を流れた脂汗が睫毛の上で止まった。堪らず拭おうとした瞬間、足が滑った。何とか手近な枝に獅噛しがみ付いたものの、突然、周囲の壁が激しく蠢動しゅんどうし始めた。戸惑う暇もなく上方から粘性を伴った液体がどっと流れ落ちて来て、俺は轟音と共に押し流されてしまった。

 ――ひっくしょおぉん!――

 俺は、ファミレスにいた。長椅子にもたれたまま退屈の余り転寝うたたねをしていたらしい。

 目の前には、付き合って三ヶ月の彼女が座っている。彼女は、大きな音を立てながら鼻をむと、風邪カレ引いたかもヒイラキャミョ、と黄色い乱杭歯らんぐいばを見せて笑い、再びスパゲッティをズルズルとすすりり始めた。

 俺は何をしているのだろう。何でこんな女と一緒に居るのだろう――そうか、そこにダンジョンがあるからか。

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ダンジョン的なもの そうざ @so-za

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