事件です! 事件解決の糸口

病院は苦手だ

 如月刑事は裏口に車を止め「こちらへ」と関係者用の通用口から中へ、俺たちを案内する。病院の建物は消毒液の匂いと、病人特有の匂いにつつまれていた。


 ここは亡くなった方が病院から出る通用口。表からは見えない気づかれない場所の1つだ。

 今日も亡くなられた方がいる。ひっそりと泣きながら出てくる家族を見つめている死者の魂は、とても寂しそうだ。そしてそこに黒いバンが停まっている。これからご遺体と一緒に家族の元へ帰るのだろう。


 病院は苦手だ。


「九条さん、こちらです」


 俺は如月刑事に促されるままエレベーターに乗った。地下4階に放射線科というラベルが貼ってある。何か事故が起きた時に閉鎖出きるよう、地下に設備を整えたらしい。如月刑事は迷わず地下3階のボタンを押した。


 エレベーターは無駄に広く、ギーーーと音を立て俺たちを地下に導いた。


『ボクちゃん、ここ…沢山の人がいるみたい。気をつけて』


 ガシャンと大きな音を立て、ビーーという機械音を奏でながらエレベーターが開いた。暗く湿気の多い場所だ。必要以上に明かりも使わない、そんな雰囲気が気分を滅入らせる。


 俺は一歩フロアに足を踏み入れた途端、驚いた。

 ここは生きている人間よりも死者の魂の方が多いいんじゃないかと思えるほど、病院着で手首にラベルを結びつけた者たちが、ぼーっと立っている。彼らはまだ、自分の死を受け入れられない者たちなのだろう。意識を集中しておかないと、彼らの想いに取り込まれてしまいそうだ。


「この先に、青木 円香さんのご遺体が。私、山口先生に声かけてきますね。九条さんはあの扉の前で待っていてください」

「あ、はい」


 俺は如月刑事の言葉に素直に頷く。でもそれは山口先生に会うためじゃない。既に俺の目の前に円香ちゃんが立っていたからだ。


『ボクちゃん、彼女が円香さん?』


 そう、彼女は今俺たちの目の前に立っている。俺は未来ミクちゃんの言葉に頷いた。円香ちゃんは白いドレスを着て裸足だった。カフェで俺の事を罵倒していた時と違って、穏やかな表情をしている。自分が死んでしまったことを分かっているみたいだった。


「円香ちゃん…」


 俺の言葉が聞こえたかどうかわからなかったけど、彼女はスーッと目の前の扉から奥の部屋の方へ消えていった。


未来ミクちゃん、俺、円香ちゃんと話そうと思う。彼女の想いを確かめたいんだ」

『うん、分かってる。でも本当に気をつけて。この周りには悲しい気持ちを抱えた人たちが大勢いて、私も…苦しい』


 隣にいる未来ミクちゃんの顔が歪むのがわかる。彼女には亡くなった人の気持ちが痛いほどわかるのだろう。


「無理しなくていいよ。君は斗真たちのところにいた方がいい。俺は大丈夫だから」


 俺は触れることのできない未来ミクちゃんの手を握りしめた。その指先から温かいモノが流れ込んでくる。

 そんな俺に気付いたのか、未来ミクちゃんが嬉しそうにギュッて抱きついてきた。


『ありがとう。でも私、ボクちゃんと一緒にいる。だって私はボクちゃんの最強の彼女だからね』

「あは。自分で言うなよ」


 未来ミクちゃんの言葉で大分気持ちが軽くなった。俺は如月刑事の指示した場所にドカッと腰を降ろす。もちろん未来ミクちゃんも俺の横に座り、しっかりと腕を掴んでくる。小さな子どもみたいだ。


「円香ちゃんを感じる?」

『うん、あの部屋の中にいるみたい。ボクちゃんが現れたことで、びっくりしたみたいだよ』

「そうか。俺、うまく話せるかな」


 俯きながら俺がそう呟いた時、入り口の方から足音が二人分聞こえてきた。その足音は、如月刑事と山口先生だとすぐに分かった。

 白衣に身を包んだその人は、俺の予想に反して若い女性だった。法医学って人気があまりないとドラマとかで見聞きしたことがあったから、俺の中で勝手に初老の人が担当するんだと思い込んでいたんだ。


「こんにちは。君がご遺体の彼氏?」


 すっきりとした声が響いた。彼女は白衣の下に手術をする際に医師が着るような薄いブルーの服を着ていた。めちゃくちゃ賢そうで偉そうだ。後で聞いたんだけどその服には名前があって「スクラブ」と言うらしい。


「いえ、俺は彼女の友人です」

「あ、そう」


 自分で質問したくせに、興味ないように「どうぞ」と扉を開け中に入っていく。颯爽と歩く彼女の白衣の裾が風になびいていた。


『ちょっと何なの?』

「まぁまぁ…」


 俺たちが室内に入ったことを確認して、山口先生は話し始めた。後ろの担架には円香ちゃんのご遺体が、そして奥の壁際に彼女の想いの塊、つまり幽霊となった円香ちゃんがぼーっと姿を現した。俺を見ているというより、山口先生をじっと見つめてる感じだ。


「如月さん、私は青柳さんのところにも説明したのよね。守屋さんに言っといてくれる? 私もそんなに暇じゃないって」

「すみません」


 開口一番、山口先生が如月さんに向かって毒を吐く。相当ストレスが溜まっている感じだ。それに彼女には白い靄、蛇のようなモノが憑いている。形ははっきりしないけど、多くの人の死を見てきた彼女に何かが憑いていても不思議じゃない。


「ま、いいわ。バスクチーズケーキで許してあげる」


 彼女が検死結果について説明を始めた時、名前を呼ばれた気がした。『碧海あくあくん?』と言う消え入りそうな声。円香ちゃんだった。壁の方から俺を見ている。


 彼女はゆっくりと前に進み、部屋のライトの当たる箇所までやってきた。彼女と俺の間に、円香ちゃん本人の遺体を挟んで。

 彼女の横では山口先生が如月刑事に話をしている。時より俺の方に鋭い視線を向けながら、円香ちゃんの死因について話をしていた。


 その声がだんだん遠くなり、キーンと言う耳鳴りと共に視界が白黒に染まっていく。


 俺は目を閉じ、意識を後ろの方に集中させる。そうすることで神経が研ぎ澄まされ、死者の想いに強く触れることができる。


 どんどん、目の前の円香ちゃんの色が濃くなっていく。


 俺は円香ちゃんだけを見つめ、彼女に話しかけた。


 この部屋で色を持つもの。円香ちゃんと未来ミクちゃんと…他男性1名。


 えっ? 誰?

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