第8話 家庭科でも

 1時間目の体育で注目を浴びた後、2時間目は家庭科の授業だった。今回の家庭科ではとんかつを作る授業だ。とんかつだけでなく、盛り付けとしてキャベツも付く。


 グループは教員がランダムで決定しており、4人1組である。男子よりも女子が積極的に指示や行動をしている。男子は女子の指示に素直に従っている。料理は女子の得意分野なため、反抗せずに従うのが賢明だ。


 一方、大貴はメジャーカップと呼ばれる水を測る道具を用いて、中に2300mlの水を入れる。そして、バッター粉という業務用の揚げ物に使われる小麦粉やでんぷんなどの粉類や食塩、砂糖などを混ぜ合わせた物を2300mlの水の中に投入する。ちなみに、正式名称はバッターミックスである。


 そのまま、流れるような手つきで、パティシエが混ぜるときに使うホイッパーで、メジャーカップの中に詰まった水とバッター粉をグルグル掻き混ぜる。

 掻き混ぜることで、水とバッター粉が良い感じに混ざり合い、薄い肌色の液体が完成する。ちょっと粘り気のあるドロッとした液体であり、この液体をバッター液という。


 完成したバッター液を両手でしか持てない大きなボールに流し込む。


(それにしても、バッター粉が学校に有ったのは少し驚いたな)


 メジャーカップにこびり付いたバッター液をプラスチックのベラを使って、ボウルの中に移す。


少しでも無駄にするな。使えるのだから。飲食の仕事で嫌というほど身体に染み付いた教訓である。


 次に、教員によって用意された豚肉のロースをトングで掴んでバッター液に浸す。


 程良くバッター液をロースから落として、銀色の四角のステンレスバットに予め用意していたパン粉の上にバッター液がしっかり付着したロースを置く。


 飲食の店でやっていたように、マニュアル通りにロースにパン粉付けを行う。


 ロースを隠すようにパン粉を塗し、大貴はまず上から3回だけ押さえる。それを終えた後、サイドにもパン粉付をし、一旦ロースに付着したパン粉を落とす。その後に、パン粉の付着したロースをクジラ型にする。


 同じように、パン粉付したロースを4つ作る。グループメンバーの4人分を作る。


「すご~~い。形が整ってて綺麗~~」


 グループメンバーの1人が感嘆した声を漏らす。大貴の作ったパン粉付け済みのロースに見入ってしまっているようだ。


 飲食の仕事でも、大貴はパン粉付けが上手い方であった。アルバイトのメンバーや社員の店長よりもパン粉付だけは大貴の方が上手であった。何度も褒められた経験もあるため、パン粉付には自信を持っていた。


 白の揚げ鍋に7割ほど油を投入し、ガスの火で加熱する。

油を火で加熱している一方、大貴はグループメンバーの傍を離れる。


「先生、200度測れる温度計って有りますか? 」


 教室全体を回りながら、生徒達の様子を確認途中の教員に、大貴は声を掛ける。


「うん? 200度を測れる温度計? 有ったかな? 」


家庭科の教員は教室の後ろに温度計を探しに行く。


「ごめんね。200度を測れる温度計は無かったの。その代わり150度まで測れる温度計は有ったの。これで大丈夫? 」


 大貴の元まで歩み寄り、教員は大貴に温度計を差し出す。


(150度までか。まあ、揚げる時間が少し長くなるだけか)


「わざわざ探してくださり、ありがとうございます」


 軽く頭を下げ、大貴は教員から温度計を受け取る。


「温度計を使ってどうするの? 」


 グループメンバーの女子が不思議そうに大貴に尋ねる。温度計の使い道が分からないようだ。


「油の温度を測るために使うよ。150度を超えた油で無いと、俺はトンカツを上手く上げられないからね」


(本当は170度の油でトンカツを揚げたかったんだけどな。店の油は、そのぐらいの温度だったし)


 多少なりとも胸中で不満を持ちながらも、揚げ鍋の中で加熱された油に温度計を差し込む。


 温度計の赤のメーターがグングン上に上昇する。

 30秒ほど漬けたところで、大貴は油から温度計を取り出す。


「150度は超えてる。そろそろ投入するかな」


 パン粉付済みのロースを手に取り、大貴はゆっくり油の中に投入する。


(150度だから4分は揚げる必要はあるかな。店だったら3分だったけど)


 事前に教員から配られたタイマーを4分にセットし、スタートする。


「このまま待ってればいいから」


 残りのグループメンバー3人に、大貴は指示を出し、教室の後ろの戸から大皿を4つ取り出す。


 予めステンレスバットに置いていたキャベツをプラスチックのトングで掴み、1つの大皿にキャベツを盛る。高さがあり三角形に似た形が出来るようにキャベツを盛る。まさに、見栄えは完璧だ。


(よし。キャベツの盛り付けは問題なし)


 ピピッピピッ。


 待つこと4分。セットしたタイマーが高い音を何度も吐き出す。


 反射的にタイマーの音に反応し、大貴は即座にタイマーを切る。


 そして、プラスチックではなくステンレスのトングで油で揚げたロース(とんかつ)を取り出す。


 油を落とすために、ロース(とんかつ)を掴んだトングを左右に何度も振る。その効果も有って、揚げ鍋に多くの油の数滴が落下する。


 十分に油を切り、まな板にとんかつを置く。


 カッカッカッカッ。


高速の包丁さばきで油で揚がったとんかつを5等分にカットする。瞬時にとんかつの肉が赤くないかを目視する。問題なかったため、カットしたとんかつをステンレスのトングで器用に掴み、キャベツの載った大皿に盛り付ける。


「えぇ~。何その包丁さばき~」


「トングの使い方もやば~い」


 グループメンバーは驚きを隠せない。それらは大貴から目が離せない。驚きのあまり、女子達は口元に手を当てている。


「え~。なにこれ~。こんな太くて綺麗なとんかつ初めて見たかも」


「俺も初めて見た」


「感動レベルかも…」


 分かりやすく、グループメンバーはリアクションを示す。大貴の揚げたとんかつから決して目を離せない。


「これで完成。次の分を揚げないとね」


 注目されていることに喜びを覚えながら、大貴は再びパン粉付の完了したロースを揚げ鍋に投入した。

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