第45話 ライ麦畑でぶった斬る その5

 わー、僕空飛んでるよ。すごーい。


 言うてる場合か!


 風圧がすごい。現在、体の角度はは水平で、頭の方向に進んでいるようだ。格好としてはスーパーマンやウルトラマンのように腹ばいで飛ぶ感じだ。


 ただ、風圧がすごくて腕を前方に伸ばすことはできない。彼らはよくあのポーズできるなあ。


 顔を飛んでいる方向に向けようとしたが、巨大扇風機に煽られるバラエティタレントのように、口に空気が入って歯茎がむき出しになり、ほっぺたが痛いほど膨らんだ。


「むぎぎぎ」


 こ、これは無理だ。仕方ないので前は見ないことにする。


 そのまま足の方に顔を向けて、体の状況を確認する。すると、自分の胴体から太ももにかけて、がっちりとした大きな虫の足で捕まえられているのがわかった。足の数は合計六本でブーンというバカでかい羽音が聞こえる。


 さっき小さな〈不蜻蛉〉がいたし、おそらく僕よりも少し体長が長いくらいの〈不化〉したトンボに捕らえられてしまったのだと推測した。


 と、ここで気が付いた。


 トンボ? トンボって確か肉食で……飛びながら食事する昆虫じゃなかったっけ?


 ハッと首をひねって後ろを見ると、僕を捉えている捕食者がその顎を開いたところが見えた。


「おわわわっ。『円柱ピラー』!『連結コネクト』!」


 慌てて先ほど目の下まで作った『円柱ピラー』に頭の上まで覆った『円柱ピラー』を作って連結する。ガキッとトンボの顎が『円柱ピラー』にかみついた音がした。


「頼む!」


 この円柱状の《枠》が食い破られてしまったら大ピンチだ。だが、今はただ祈ることしか出来ない。


 幸い、僕の《枠》の強度はトンボの嚙みつき力を上回ったらしく、《枠》は破壊されなかった。


 火急の危機は去った。ただ、今のところやられてはいないが、《枠》の壁のすぐ向こうでムギムギと僕の《枠》とトンボのアゴがすり合わされ、大きな音を立てている。正直、生きた心地はしない。


 しかも、頭部全体を《枠》で覆ってしまったために視界がまったくなくなってしまった。けれども、防御の観点からはこの《枠》を消すことはできない。なんとかこのままでできることをやらないと。


 まず、僕の胸辺りを抑えている脚の一本をつかんだ。


「『円環サークル』」


 輪状の《枠》を一つ作って、かけた。その『円環サークル』を持って抜けないかどうか動かしてみる。うまいこと脚に生えているトゲに引っかかって抜けなさそうだ。よし! もう一個!


「『円環サークル』」


 先程作った『円環サークル』にもう一つ『円環サークル』をつなげるよう試みる。


 僕の《枠》は"《枠》のもと"に生体や別の《枠》が重なっていると実体化ができなくなる。そのため対象が見えていないところでは《枠》を作りづらいという弱点がある。


 だが、もうこちらにきてずいぶん経ち、いくつもの《枠》を作って来た。これくらいなら見えていなくてもできるだろう。


 お、うまく実体化できたようだぞ。試しに後から作った方の『円環サークル』を引っ張ってみる。


 ガチン


 音を立てて『円環サークル』と『円環サークル』がぶつかった。きっちり二つが鎖状につながったようだ。コツコツと積み重ねた経験に感謝する。


 よし、この調子でどんどん鎖を伸ばしてやる。


 トンボは相変わらず高速で飛んでいる。時々急な方向転換と思われる動きが挟まるため、時々『円環サークル』の生成や連結に失敗することもあるが、順調に鎖を伸ばしていく。


「うう、酔いそう」


 ここで吐いたりしたら、頭を覆う『円柱』内にアレが充満してしまう。そんなのは嫌だ。


 頑張って《枠》の鎖を伸ばす。僕が持っている端とトンボの脚にかかってる端の間に縄跳びの縄のように鎖が垂れ下がってるはずだ。


「は、早く誰か掴んで……」


 そう願っていると……ガクンと急ブレーキをかけたみたいにトンボの体が停止した。慣性の法則に従って僕の体が前に飛び出そうとするが脚でとらえられているために動かず、大きなGがかかる。


「うぐっ」


 そしてそのままトンボと一緒に地面に突っ込んだ。衝撃で頭がくらくらするし、体中が痛いが、思った通りに地上の人たちがなんとかしてくれたっぽい。助かった。


 僕を助けてくれた人の声が聞こえる。


「いよっしゃああ! 捕まえたああああ!」


 女性の声だ。


「【フレイムワーク】『一炎弾いちえんだま』」


 あ、この声、あの人だ! ってちょっと待ったあ! 僕いるんだけど!


 掛け声と記憶からわかる火の技。熱さを想像して体をこわばらせていると、ふっと脚による拘束が消えた。トンボの〈不化〉が解けたらしい。


 あれ? 僕は熱くないぞ。どんな技でダメージを与えたんだ?


 ほっとして力が抜けた。うつ伏せのままだと息苦しいので、弱々しくうつぶせから仰向けに態勢を変えて息をつく。ふう。


「大丈夫か? なんだこりゃ? ミイラみたいな。形は人っぽいが、生きてんだろうなコレ」


 両脇の下に手を入れられて子供をあやすような格好で力強く起こされた。足が宙に浮いている。


 すごい力だな。知らない人じゃないし、助けてもらったお礼も言わなければ。


 顔上半分の『円柱ピラー』を消して、目を出し、挨拶する。


「こんにちは、助けてくれてありがとうございます。えーと、ヒズルヒスさん」


「あん? ああ、そのおでこのメガネ。見覚えがあるな。オリカんとこの新入りか」


 言いながら足を下してくれた。


「ほれ、立てるか?」


「ありがとうございます」


「んー? これがあの時言ってた《ドレス》と能力か? ワタシの【フレイムワーク】に似た名前の。たしか【フレームワーク】だったか」


  『円環サークル』をつなげて作った鎖を手のひらに乗せたまま、ヒズルヒスが問いかけてきた。


「あーそうです」


 似てるのは名前だけだと思うけど肯定する。


「そうか。『炎纏華えんてんか』」


 そう言うとヒズルヒスは突然、手のひらから炎を吹き出した。その炎を眺めたあと、僕の方を見てニヤリと挑発的に笑った。


 美人に凄まれると迫力があるなあ。


 え? 僕の《枠》焼いてるじゃん。どどどどういうつもり?

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ドレス&フレーム 〜前世で枠にはまってたおかげで開花した《枠創造》能力でワクワク異世界暮らしを楽しんでます~ 乃日眞仁 @nobimahito

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