第20話 試し試される枠とバチ その3

 "なろうワーク"の中は人でごった返していた。むわっとしたにおいが立ち込めている。待合の長椅子が大量に置かれ、そこに番号の書かれた紙を持った人達が多く座っていた。


 時々番号が呼ばれ、対応した紙を持った人が受付に進む。市役所や銀行を思い出す光景だ。


 ある壁には一面メモのようなものが張り出されていた。それが求人内容の書かれた用紙だそうだ。定職の他にもアルバイトのような募集や一回限りの仕事の募集もある。


 前世でいう"フリーター"やファンタジー世界で"冒険者"と呼ばれるような自由人は、こちらでは"なろうワーカー"と呼ばれており、定職以外の仕事は彼らが請け負うことが多いらしい。


 "なろうワーク"の裏庭には訓練場のような施設があった。


 ここは〈不の付く災〉と対峙しても生き残ることができるように"なろうワーカー"を鍛える施設だ。以前オミの言っていた〈不の付く災〉出現地域での活動資格もこちらの施設を使って試験を行うとのことだ。ちなみにその資格のことを"不対免許"という。 


 オリカやトー、ニイはその資格を持っている。〈不の付く災〉に対応可能な人材として重宝されているらしい。


 その有資格者である黒髪の女性、トーと僕は十メートルほどの距離開けて、向かい合わせに立つ。


「さて、まずは一回このまま戦おうか。と言いたいところだが、最後の確認をさせてもらおう。このまま戦えばあなたの能力が私やニイにばれることになるがそれは構わないか?」


「あれ? オリカから聞いてないの?」


「人の能力は簡単には言わないよ~。まあ、マナーとしてね」


「なるほどね。それで人払いされているのかここは。いいよこのままやろう。これまでの短い会話からだけど、あなたも他の人には言わないだろうと思えるから」


「信用してくれてありがとう。他の人には言わないと約束しよう。ニイもそれでいいな」


「分かった……」


「では開始だ。おかあさん、合図を頼む」


 僕は気持ちを切り替え、臨戦態勢を整える。トーは何も武器を持っていない。


 そのまま拳法や組み打ち術のように無手で戦う人なんだろうか。あ、そうか《ドレス》能力主体の戦法というのもありうるな。


 そう考えていた時にオリカから声がかかった。


「レディ…… ファイトッ!」


「ドレッシング! 【フレームワーク】!」


 僕はいつものボーダースタイル状に《枠》を作り、身に纏う。


「ドレッシング! 【ビートマスター】!」


 トーの左手に黒い指ぬきグローブが現れた。そしてオリカと同様に上空から光の粒が降りかかり、全身がまばゆく光る。


 全身を覆う《ドレス》はかなり《着力きりょく》が高いことを示している。光に包まれた後で現れた《ドレス》の上半身は和服のような襟のあわせを持つスタイルだった。


 全体の色は黒で、襟部分は赤色。腰回りには太めの赤い帯。下半身正面と背後には上半身の服から続く直垂のようなものがぶら下がり、腿周りは赤いスパッツ。


 そして陽光が差すような意匠が彼女のポニーテールにあるプラチナゴールド色であしらわれている。派手さが下品に見えることのない、絶妙なバランスのきらびやかで美しい"くのいちスタイル"《ドレス》だ。


 ただ、実を言うと彼女の《ドレス》の外観について、この時はほとんど認識できていなかった。勝負があっという間に終わったからだ。


 トーが《ドレス》の着用を終えて、ザッという蹴り足の立てる音を聞いたと思ったら、すでに開始の距離から半分の地点まで走ってきていた。


「【バチツチ】」


 トーがつぶやくと彼女の両手に短い棍のようなものが現れた。《アクセ》だと思うが、なんだあれは?


「『鎧胴ボディ』!」


 【フレームワーク】として《ドレス》に見せかけるためのボーダー柄の《枠》、その隙間をさらに《枠》で埋める。


 そのいでたちから、トーはスピード近接タイプの戦闘スタイルだと予想した。だから《枠》で守りを固めた。


 そうこうするうちにも彼女は迫ってきている。と、トーが両目を閉じた。


 え? 何で?


「『ライト』」


 一瞬戸惑った僕とトーの間に光源が出現した。


 眩しっ! 突然目の前が光ったため、目をつむる。


 光系の技か! くそ!


 だけどあの武器なら近づいて打撃を加えてくるはず、打撃が当たったら組み付いて動きを止めてやる!


 腕を上げ、顔周りを守る。


「《枠》のカーテン!」


 そうして備えていると、ドガッという音がして左脇腹に打撃が来た。そっちか! 


 衝撃を我慢してなんとか組み付こうとするが、その前に次の打撃がドガッと同じ場所に加えられた。


 グッ、両手に武器持ってたから二連撃か。だけどこれで掴めるはず……


「『横打ち』」


 そうつぶやいたトーによってさらなる連打が同じ個所に浴びせられる!

 

 ドガドガドガドガドガドガ!


 打撃が止まらない。


 ドガドガドガドガドガドガ!


「おごごごごッッッッ」


 両手の武器で交互に連打されてる?


 ドガドガドガドガドガドガ!


 あ、あの武器の感じ…… わ、分かった、あれはた、太鼓の"バチ"か。連打で攻撃するの、のか。


 終わらない連打に思考も途切れ途切れになる。やられてるのは胴体だってのに。


 ドガドガドガドガドガドガ!


 わ、《枠》は は、破壊されていない……よう、だ、が。


 こ、 れ、 は、 キ、 ツ、 イ。


「ま、い、た」


 降参の意思を告げると同時に僕を苦しめていた連打が止まり、僕はその場で尻もちを付いた。


「ゲホッ、ガッ、ハッ、ハッ」


 肺近くにダメージを入れられ、呼吸が苦しい。


「大丈夫か?」


「ヒデンでん大丈夫? 『ヒール』」


「ハッ、ハッ、ふう。"大丈夫か? " じゃないよ。あれだけやっといてもう。ひーきつかった。目くらましからの連打って初見じゃ対応できないよ」


「いや、普通なら最初の二連打で終わっている。守りに優れているとは聞いていたが、素晴らしい。これはなんだ?」


「んー、何かといわれたら《枠》としか答えようがないなあ。こういう感じの《枠》を作るのが能力」


「すごいでしょ。めっちゃ硬いのよ」


「すごい。同じ箇所を叩き続けてみたが、あれだけの連打で破壊できないとは。変形もしていない。これはどんな形、どんな大きさのモノを作れるんだ?」


「んーじゃあ、それを見せながら、二回戦目の舞台を作りますか」


 次はこうはいかないぞ。少し成長した力で地形を変えてから勝負だ。

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