第21話 釣れないなぁ

「ぜんぜん釣れないんですけど~~~~~~~~~~っ!!」


 浅瀬に点々と頭を出している小岩の上。

 竹竿から糸を垂らした弥生が情けない顔をしてボヤキ声をあげた。

 糸は麻の繊維を紡いで彭侯ほうこうが、針は鉄から自分で作った。

 餌は小さなフナムシ。

 ジャリメのほうが良いと言われたが、生理的に臨界点を突破しているのでこっちにした。フナムシこっちにしても相当我慢しているのだが……。


「そうですか? ……まぁ釣りの格言に『おだやかなることを学べ』とありますから、あまりイライラすると感情が糸に伝わって魚が逃げてしまうのかもしれません。落ち着いて深呼吸などされてみては?」


 すぅ~~~~~はぁ~~~~~すぅ~~~~~はぁ~~~~~……。

 言われて素直にやってみる。

 彭侯は海に入ってなにやらごそごそやっていた。


「……もしかしてなんか採ってる?」

「はい、せっかくですからアオサやワカメなど海藻類を少々。塩蔵して保存食にしようと思っておりますが……お嫌いでしたか?」

「嫌いなわけないじゃん。私こう見えても海藻系大好きよ。土の化身だけど。海藻サラダとか酢の物とかワカメうどんとか、回転寿司に行ったら必ず頼んだもんね」

「……そ、そうですか。しかし黄龍様ともあろう存在が回転寿司とは……せめて回らないお寿司屋に通っていてほしかったです……」


 いそいそと順番待ちをしている主人(お一人様)の姿を思い出す彭侯。

 ちょっと涙が出てきそうになった。

 その気になれば金でも宝石でも、いくらでも掘り出せる弥生は決してお金に困っていたわけではない。

 ただ『食事はお気楽に食べるのが一番美味しい』と持論を持っていただけ。


「あと『にがり』も持って帰ろうと思っています」

「にがり?」

「はい。豆腐を作るのに欠かせない材料です」

「マジで!? 絶対いるじゃんそれ!! でもにがりって海で採れるものなの??」

「はい。では実際に採取してみましょうか?」





 そんなわけで、さっそく釜戸と鍋を用意させられた弥生。

 彭侯はどこからか薪を拾ってきた。


「まずは鍋に海水を入れて煮立たせます」

「ほうほう」


 鍋を釜戸にセットして火を起こす。

 メラメラパチパチと燃え始めた。


「ああ……せっかくの焚き火なんだから、これで魚を焼きたかったわぁ~~」

「……このまま沸騰させ続けます。だいたい一時間くらいかかりますよ?」

「じゃあそれまでに何か釣ってくる~~!! おりゃぁーーーーーーっ!!!!」




 ――――そしてしばらくの後。


「……これ、食べられるかなぁ……」


 しょんぼり、弥生が引きずってきたのは巨大な半透明のホ◯ミスライム(?)

 直径1メートルくらいのブヨブヨで、頭(?)の下には茶色い髭のようなモジャモジャがついている。


「エチゼンクラゲですね。食べられますよ。ではさっそくお刺し身にでも――」


 包丁を取り出し調理の準備をする彭侯。

 弥生は「ちょっと待って」と待ったをかける。

 そしてしばし思案の後、黙って海にボチャンした。


「……どうして逃してしまわれたのです?」

「いやその……記念すべき1000年ぶりの海の幸一発目がエチゼンクラゲって……なんかさ……なんだろう……すごく負けた気がしてさ……。いや差別する気はないのよ? 食材はみんな平等よ? でもさ、やっぱり鯛とかさ平目とかさ……そんなのがいいじゃん?」

「まぁ……その……たしかにそれらは美味しいですよね?」


 上の方を見上げ、ポカンとつぶやく彭侯。

 波の音が少し大きくなった。

 ザパンと大きく波が暴れ、飛沫しぶきが飛んでくる。


「そうよね? さすがにさクラゲはないよね?? どう考えてもいろいろ食べ尽くして何周か回ったあとの珍味よね??? やっぱり最初は定番なモノから攻めたいわぁ~~~~」


「……………………………………でしたらタコなんていかがですか?」


「タコ? タコねぇ……。悪くは……う~~~~ん……まぁ悪くはないわよぉ。イカもいいけどタコの方が高級感もあるしね~~~~」


「…………………醤油も持ってきておりますから焼きダコとかいかがでしょう?」


「いいねぇ~~串に刺したりとかしてね。うん、プチプチプリプリの吸盤にもっちりふわふわな身の食感。じゅわっと溢れるタコ汁(?)がもうジューシーで、それでいてあっさりしていて……」

「低脂肪高タンパクなうえタウリンも多く含まれておりますので、お酒好きな弥生様にはうってつけな食材かと」


 にょろにょろと、吸盤のついた触手が何本も岩肌を滑ってくる。

 ザザザと言う音とともに、今度は波が引いていった。


「ほんとに? じゃあタコで決まり!! ね、タコってどこで捕れるんだっけ? ここらへんでも捕れるのかなあ!??」

「……ええ捕れますよ。なんなら振り向いていただければ、そこに」

「え?」


 おおきな影が二人にかぶさった。

 弥生の足に、ネバネバとした触手が絡みつく。

 それはぶよぶよにょらにょら肌を這うと、捕らえた獲物は逃さないとばかりに吸い付いてきた。


「ぎゃ!? な、なにコイツ!?? ど、どこ触ってんのよ!???」


 慌てて後ろを振り返る。

 すぐにもう一本の触手が、今度は二の腕に絡みついてきた。


「な、なに!? うわ、デッカッ!???」


 そこにいたのは直径10メートルほどの大きな貝。

 クジラのように大きな殻の隙間から、八本の触手をうごめかす、正体不明の巨大二枚貝だった。


「大王ホタテダコ。タコの軟体性と貝の防御力を併せ持つ海の魔獣ですね。やわらかな触手で敵を捕獲、固い殻で噛み砕く攻撃性もあり。海洋生物でもなかなかの上位に位置する捕食者です。そのため味はよくわかっておりませんが、見た感じ不味くはなさそうですね」


「うん、そうね。――――って!! ちょっと見てないで助けなさいよっ!!!!」


 四本の触手に両手両足を拘束された弥生は、空高く持ち上げられ、ガバっと大きく開けられた殻の中に引きずり込まれようとしていた。

 殻の縁には無数の牙が生えていて、その奥には舌にも似たタコの頭が詰まって、捕まえた弥生エサを美味そうに見上げていた。

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