第20話 さあお食べ

 三方五湖。


 久々子湖くぐしこ日向湖ひるがこ菅湖すがこ水月湖すいげつこそして三方湖みかたこ

 五つの湖が合わさるこの五湖は、それぞれ水質が異なり、水の色もまた異なる。

 そのことから『五色の湖』と古来より呼ばれていた。


 そんな湖のほとりに猫人ねこびとと呼ばれる亜人の住む村があった。

 村と言っても人が住むような家はない。

 彼らは地面に穴を掘って、その中に暮らしていた。

 穴の一つから会話が聞こえた。


「んにゃ~~~~。お母ちゃん……腹減ったにゃぁ~~~~」

「……我慢するにゃぁ~~。今年は特に魔獣が暴れてて……狩りに行けないんだにゃぁ~~」

「んにゃにゃにゃ~~~~弟たちも元気がないんだにゃぁ~~~~」

「お乳が出ないんだにゃぁ……。ごめんだにゃ~~」

「……隣の犬人たちの村に、餌を分けてもらいに行ってくるかにゃぁ~~……」

「無駄だにゃ……。向こうはもっと悲惨だにゃ……。この間、襲撃にあったばかりだにゃ~~~~」

「……そうだったにゃ……。カワウソんところはどうだにゃ?」

「あそこもおんなじにゃ~~。湖には大鰻おおうなぎ。海には大蛸おおだこの魔獣が暴れ回って漁どころじゃないにゃぁ~~~~」

「そうかぁ……。今年……冬、越せないかもしれないにゃぁ~~~~……」

「あんた……そのときには……」

「ああ……覚悟しなければならないかもにゃぁ……」

「うぅぅぅぅ……つらいにゃあ……つらいにゃぁ~~~~……」


 ぐ~~ぐ~~とお腹の鳴る音が聞こえてくる。

 みゃ~~みゃ~~と幼い鳴き声も聞こえてきた。

 ほかの穴からも同じ音と鳴き声がする。

 猫人たちはみんな飢えていた。


 母猫は祈った。

 自分たち成猫おとなは飢えて死んでもいい。

 でもせめてこの子たちは……子猫たちだけは助けてあげてほしい……。

 どうか……どうか神様――――。


 そんな所に――――――――どんっ!!!!

 突然、なにかが降ってきた。

 驚いて息をひそめる猫人たち。

 穴蔵の暗闇から、いくつもの目が光って、落ちてきたものを警戒する。


 しばらくするといい匂いが漂ってきた。

 これは……肉の匂い??


 ――――どん!! どん!! どどどんっ!!!!


 続けていくつも落ちてきた。

 それらはみんな魔獣『象豚ゾウトン』の肉だった。

 象豚といえば、先日、犬人いぬびとたちを襲った凶悪な魔獣。

 その肉がなぜ空から降って――――?


 猫たちは見上げた。

 遥か上空、何枚か雲を抜けたその先に、光るものが見えた。


 それは黄金に輝く龍の形をした――――神様だった。





「ねぇ~~~~彭侯ほうこう~~。ほんとにあそこで良かったのぉ? ……なんにも気配がしないんですけどぉ~~~~?」


 遥か地面を見下ろしながら、龍の弥生は雲の上を飛んでいた。

 彭侯が教えてくれたタイミングで肉を落としたのだが……どうにも届けられた手応えがない。

 なにもない平野に投げ捨てた感覚しかなかった。


「猫人は土の中に暮らしていて家を持ちません。わずかに煙が見えるでしょう? あれは彼らの縄張りを示す狼煙のろしです。大丈夫、ちゃんといい場所に落ちましたよ」

「ふ~~~~ん。……だといいけど」


 龍の目を凝らして見てみるが、猫人の姿はまだ見えない。

 どうやら警戒して怯えているようだ。


「これで少しは飢えをしのげるかな?」

「きっとうまく分配して生き延びるでしょう。多少の蓄えもあるでしょうし」

「次は犬さん?」

「はい。彼らには骨と臓物を届けてあげましょう」

「腐らないように塩漬けにしてあるんだよね? 犬って塩分ダメなんじゃない?」

「塩抜きの知恵くらいはあるでしょう。彼らも人の仲間なんですから」

「そっかぁ、じゃあいいか」

「はい」


 面舵いっぱい。

 弥生たちは湖をまたぎ、旧美浜町方面へ飛んでいった。




「……さて犬人へのほどこしも終わりましたし、そろそろ帰りましょうか?」

「たしかカワウソ人ってのもいたよね? それらはいいの?」

「彼らの住処はいまいちわからないのですよ。まぁ犬猫族と協力関係にあるようですから分配なりなんなり勝手にするでしょう」

「そぉかぁ~~~~。ま、あまり関わるのも……ね。それよりもせっかくここまで出てきたんだから海に行かない? ひさしぶりに海の魚が食べたいわ」


 かつてこの地域では鯖が名物とされていた。

 焼き鯖、鯖寿司、へしこ、鯖ぬた、なまぐさ汁。

 どれも弥生の大好物であった。


 ほかにも若狭かれい、若狭ぐじ、若狭フグなどが有名で、どれもとても美味しかった思い出がある。


「地味にチヌとかマゴチも好きなのよねぇ~~~~」

「海といえばほかにも魅力が一杯です。ではちょっと寄ってみましょう」


 弥生たちは五湖を飛び越え、陸を挟んだすぐそばの浜辺へ降り立った。

 そこは入江となっており、1000年前は小さな港があったはずだが、いまはもちろん見る陰もなかった。


「……コンクリートの一つも残ってないのね。よくここの堤防で釣ってたんだけどなぁ~~おじさんたちと……」


 海風に髪を踊らせながら思い出に浸る。

 そのもっと前、平安時代でも、やはりよくここで釣りをしていた。

 さらに前――――は、もうあまり思い出せない。

 ずっと同じことをしていた気がするが、記憶がごちゃごちゃしていて整理が追いつかない。


 忘れたくない平和な日常ほどはかない。

 大切にしていても、いつのまにか無くなってしまっているのだ。

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