第18話 豚肉食うなら

 ――――パリッ――――カシュッ!!!!

 揚げたてパリパリポテトチップス。

 口に含んだ瞬間、油が弾け、じゃがいもの風味が爆発した。


「う…………うんみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………っ!!!!」


 鼻の穴をパカパカ開いて悶絶する弥生。

 カロリー爆弾なのはわかっているが、なんのなんの。

 この子のためならジョギングなど苦でも何でもない。

 思考停止させるほどの美味さが全身を駆け巡った。


「酸味を強くした葡萄酒ワインもご用意しました。合わせてみてください」

「おぉ……おぉ……おぉほぉほぉほぉほぉほぉほぉ……」


 一口飲むと香りがまた湧き上がってくる。

 じゃがいもの風味が倍増し、葡萄の酸味が脂っこさを洗い流す。

 ポテチにはビール。

 もちろんそれは大正解だろう。

 しかし葡萄酒ワインも一度ご賞味あれ。

 とんでもなく美味しいから。


 ああ……この幸福感……。

 どこの誰に伝えるでもなく、心のなかでそう唸る弥生であった。





「あ……ふ、あ……ふ……」

「あの……弥生様……」


 揚げたて『わんこポテチ』を堪能した弥生。

 ほどよい満腹感。酔い具合。

 干し草のソファーに寝転び、股をだらしなく広げながら泥酔している主に彭侯ほうこうは小さくため息をついた。


「その……お昼寝はよろしいいのですが……もう少しその、女性らしく……あ、いえ……う~~~~ん……」


 そういえば前期の後半『らしく』などと言葉は『ハラスメント』とされ禁句にされていた気がする……。

 とはいえ女性(?)が股間を無防備に、脇を開けて、口から涎を垂れ流しつつ半目で眠るのはどこの時代でも注意するべく案件ではないか?


 どっちなのか? どっちなんだろう??

 悩んでいると、


「あによぉ~~~~あんたどこ見てんのよ~~~~……」


 腑に落ちないジト目を向けてくる主人。

『エッチ』と、絶妙に腹立たしい言葉を投げつけられ、モヤる。


「……失礼しました。その……肉を加工したいので岩塩を多めに出して欲しいのですが……」

「ほいよ」


 弥生が指をひょいと曲げると――――ずごごごごごごごご。

 庭から大きな音がした。

 確認すると人の背丈ぐらいの岩塩がせり上がっていた。


「有難うございます。ではおやすみなさいませ」

「ZZZZZZZZZZZZZZZZZZ……」


 言われずとも弥生はすでに爆睡していた。

 だらしないが幸せそうな寝顔。

 彭侯はそっとシーツをかけ直して、作業に入った。





 ぐ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……。


「……んん??」


 自分の腹の音で目が覚めた弥生。

 薄く目を開けると外は真っ暗。すでに夜だった。


「お目覚めですか弥生様」

「おおぉう……ちょっと寝すぎちゃったかな? 今日はけっこう歩いたしね」

「……そうですね。1000年も寝ていらしたのですから身体も鈍っておられます。多少疲れやすいのは致し方ないでしょう」

「だよね。そうだよね~~~~~~~~」


 自分には堕落する理由がちゃんとある。

 理解されてごきげんな弥生。

 それはともかく、部屋中にむちゃくちゃいい匂いが充満していた。

 それを嗅いだ瞬間、弥生の胸に懐かしいあの日の定食屋の光景がよみがえった。


「――――――――まさかっ!??」

「はい。ご用意できております」


 じゅぅ~~じゅぅ~~~~~と、返されるフライパン。

 踊り、宙に舞うのは、粗切り生姜と薄切り豚肉。

 漂ってくる香ばしい香りは――――間違いない。


「天下一の飯泥棒めしどろぼう『豚の生姜焼き』様っ!!!!」


 だらだらだらだらだらだらだらだら。

 唾液腺が決壊した。

 ぐ~~~~ぐ~~~~~~~~ぐ~~~~~~~~~~~~っ!!

 腹の抗議も1段階ギアを上げた。


「盛り付けさせていただきますので、先にお顔を洗ってきてください」


 じゃぶじゃぶじゃぶじゃ~~~~~~~~~~~~~~~ぶじゃぶじゃぶ!!

 洗いますとも洗いますとも!!!!

 そしてスタイよだれかけをつけて座りますとも!!

 ――――ぎっこんっ!!!!

 一瞬で洗面を済ませ、飛び込むように椅子にダイブする。


 タイミングを合わせたようにコトリと置かれるご飯さんとお味噌汁くん。

 そして焼き立て出来立て、じゅうじゅう音を奏でている生姜焼き殿。


 起きがけ早々、肉ですか?

 当然でしょう。


 寝起きだろうがなんだろうがデナーはデナーである。


「では、本日の夕餉ゆうげ象豚ゾウトンの生姜焼き』でございます。ご賞味くださいませ」

「いっただっきま~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っすっ!!!!」


 生姜焼きを前にすると、みんな子供に戻ってしまう。

 弥生は見た目の美麗さをゴミ箱に投げ捨て、元気いっぱいいただきますをした。


 そして一口。

 うまい。


 象豚ゾウトンの肉は黒豚によく似ていた。

 シャクっという果物にも似た歯ごたえに、はじける肉汁。

 ほのかな酸味は肉の味を引き締めて。

 あるはずの獣臭さは生姜がすべて旨味に変えてしまっている。


 ものすごくうまい。

 が。

 弥生は知っている。

 まだ、評価するべきはここではないと。

 そう。

 生姜焼きとは。

 飯と渾然一体になったその瞬間に――――


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ威力を発揮するのらぁ~~~~!! もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐも」


 ――――豚と生姜と甘い米。豚と生姜と甘い米。豚と生姜と甘い米。豚と生姜と甘い米。たまにお味噌汁。豚と生姜と甘い米。豚と生姜と甘い米!!!!


 そんな悪魔のトライアングルが弥生の頭を支配して、


「うぉぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉおおぉおぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉおうまいぞ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 ずごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ!!!!


 ガッツポーズとともに、小屋が地面ごと山のようにせり上がった!!!!

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