第14話 こねこねこ

「水飴の原材料は澱粉でんぷんです」

「ほ? 砂糖と水じゃないの?? たしか1000年前、ママさん教室でそう習った記憶が……」


 お風呂から上がり、もこもこバスローブ姿の弥生。

 彭侯ほうこうが先日、夜なべをして作ったものである(綿100%)


「それは代用品ですね。水飴はよく余らせてしまう調味料の代表格ですから、家庭料理教室では砂糖を煮詰めてつくる『代用水飴』をよく紹介しております。本当の水飴は砂糖からではなく穀物や芋類などの澱粉から……というかそんな所に通っていたのですか??」

「当時の女友達に無理やり誘われてね……。なんでも意外と出会いの場だとかなんとか……」

「男目当てですか?」

「私は違うわよ!! そういう付き合いもあったって話し!!」


 そもそも彭侯こいつが側にいる生活で、他の男に気が向くはずもない。

 ナチュラルに世界一美形なのだから(怒)


「ともかく今回は砂糖で作る水飴の代用品ではなく、砂糖の代用品としての水飴を作っていきます」

「ゲシュタルト崩壊させようとしてる?」


 わけがわからなくなってきたが、砂糖の代わりとして水飴を作るという話である。


「澱粉作りは意外と簡単です。まず、さつまいもを皮ごとすりおろします。弥生様、おろし金をお願いできますか?」

「はいはい」


 部屋の隅にかためておいた鉄鉱石に能力をかける弥生。

 すると石がストップモーションアニメみたいに踊り、みるみるうちにおろし金ができあがった。


「……昔これをさ、近所のガキンチョに見せたのね。そしたら大喜びされて。調子にのって色々作ってたら大人たちに見つかってさ。妖術師だの何だのと大騒ぎになって……いやぁ~~スマホ時代だったらアウトだったわぁ~~~~」

「…………気をつけてくださいね」


 べつに正体がバレたからといって彭侯的には問題ないのだが、特別扱いされるのが退屈な弥生は嫌がる。なので彭侯も目立たないよう監視の強い平成、令和の時代ではほとんど精神生命体として過ごしていた。

 人の姿でいたのは弥生のアパートで炊事洗濯をしているときぐらい。たまにコンビニに走らされることもあったが、そのくらいである。


「さつまいもがすり終わったら、布で包みます。そうして桶にはった水にけて……もみもみもみもみ……」


 揉むたびに、水の中に白いモヤモヤが広がっていく。


「手つきよ」

「………………揉んで、さつまいものエキスを水に溶かしたらしばらく待ちます」



 ――――しばらく。


「はい。すると成分が沈殿しますので、上澄みの水を捨てます」

「……なんか白っぽいものが溜まってるわね?」

「はい。ここにさらに新鮮な水を入れてかき混ぜます」


 まじぇまじぇまじぇまじぇ。


「そうしてまた沈殿するまで待って、また上澄みを捨てます。それを何回か繰り返し、沈殿物が真っ白になったら水を捨てきり、残った塊を布か紙の上に広げて乾燥させます」


 んにょにょにょ~~~~(乾燥)


「はい、できました。『澱粉』の完成です」

「おお~~……なんだが片栗粉みたい。手触りがキュッキュしてる」


「…………澱粉は片栗粉でございます」

「まじで!?」

「はい」


「え? じゃあ竜田揚げとか、あんかけチャーハンとかできるの??」

「もちろんです」

「そっちが食いてぇ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

「了解しました。ですがいまは水飴作りに集中しましょう」

「ぐすん……」


 ぐずる主人を無視して、大根をすりおろす。

 弥生は床に『の』の字を書いてイジケている。


「澱粉を深皿に移して熱湯を注ぎます」

「水じゃだめなの……いじいじ……」

「熱湯を使うことでトロみが出ます」

「トロみはいいよね~~。トロみはロマンだよねぇ~~……」

「……(病んでらっしゃる?)……すこし冷まして、そこに大根おろしを加えます」

「なんで?」

「大根に含まれているアミラー……いえ、その……澱粉を甘くしてくれる成分を使うためです」


 ゆっくり下ろされる弥生チョップ。

 つまり大根にふくまれるアミラーゼという酵素をつかって澱粉を糖に変えるという話である。


「しっかり混ぜましたら、このまま保温して5時間ほど待ちます。この間にアミラー……え~~~~っと……甘くなります」

「早送り、早送り!!」


 んにょにょにょ~~~~~~~~!!


「はい。これを布に包んで搾ります」


 ぎゅ~~~~。

 牛の乳搾りのように、んぎゅ、んぎゅ、んぎゅ。


「手つきよ」

「……(やはり病んでらっしゃる?)……絞り汁を小鍋に移し、火にかけ、焦がさないようによく混ぜます」

「あ……なんかトロトロしてきた……うるうる……」

「充分に水分を飛ばして……トロみを調整したら――――はい、完成です」


 とろぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~り。

 木匙ですくったそれはトロトロと糸を引き、まさに水飴の姿だった。


「う……うおぉぉぉぉぉぉぉ!! ほ、本当だ…………」

 

 水晶のように透き通ったその蜜は、とてもあの大根とさつまいもから作ったとは思えない。まるで魔法で作り出したかのように神秘的な輝き。綺麗な泡粒。


「ハッ!? こ、こうしちゃいられないわっ!!」


 何かを思い出した弥生はダッシュで棚まで走って行った。

 箸を二本取ってくると、それで飴玉大ほどの水飴をすくって――――、


 ん~~~~~~~~こねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこっ!!!!


 両手で箸を持ち、もの凄い勢いで水飴をこねくり回しはじめた。

 箸と箸を編みもの棒のように器用に操り、その間で水飴を踊らせる。

 落ちないように、垂れないように素早くこねこねこねこねこ。


 これはそうやって中に空気を含ませ固まらせることにより、ふんわり食感を実現させるという昭和時代、庶民の知恵である。


「……落ち着いてください」

「いや、無理無理無理無理!! 昔よく競争してたわ、近所のガキンチョとこうやってさ!! こねこねこねこねこ!! 誰が一番早く白くさせるか勝負ってね!! そのころの闘志が押さえきれな~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!!!」


 完全に昔を思い出し覚醒する弥生。

 後片付けをしながらそんな主人を微笑ましく見守る彭侯だった。

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