第07話   新しいカードの能力

 聖女アリエスは、次もオーランドが番犬であるならば、敬愛する魔王ディオメリスに再び会えるとはしゃぐ反面、オーランドは番犬であることを隠すだろうから、結局オーランドのふりをする魔王と楽しく会話する機会は、同じ番犬同士にならなければ不可能なのだと察して、複雑な気分だった。


(番犬の私ではなくて、シラフの私のままで魔王様とお話したいです……)


 今回もアリエスは番犬ではなかった。だって勝利して上の階に行きたいから。これがもしも番犬になってしまったら、何がなんでも勝利して全員を一階まで落としてやりたくなるはずだから。魔王に忠実な犬となれば、そのような思考に変化して当然なのだった。


(皆様のことを知らない私が、圧倒的に不利な状況です。ここはオーランド様に三階の案内をしてもらいつつ、皆様のカードを紹介してもらいましょう。もちろん、私の手札も皆様に開示しないと、怪しまれて番犬だと誤解されてしまいます)


 アリエスは早々に、自身の手札を明かして効果も伝えた。オーランドのカードは全員が内容を把握しているため省略された。


「それじゃあ、ボク、メリオのカードを紹介するね~」


 メリオはカードゲーム用のお洒落なケースを、ごつくて機能的な腰ポシェットから取り出した。やたらとポケットが多いポシェットで、彼は大事な物を全て手元に置いて管理したい性格のように見えた。



・『ホワイト・ゴート』

「ボクはヤギさんが大好きなんだ~。白ヤギさんは怪しい二人のやり取りを妨害してくれるよ。もちろんお手紙でのやり取りも禁止」


・『ブラック・ゴート』

「白いヤギさんと全く同じスキルだよ。つまりボクは二回、誰かと誰かのやり取りを完全に妨害することができるんだ」


・『スケープ・ゴート』

「これは、あんまり使いたくないなぁ。番犬が誰を狙おうとも、ボクしか狙えなくなるよ。このカードを使った時点で、ボクの完全なる自己犠牲が果たされちゃうね」



「あらまあ……なんとも使い方の難しいカードなんですのね」


「そうなんだよ~。だからボク、滅多に勝てなくってさ~」


 メリオは心底げんなりした顔で、肩をすくめた。たしかに、とアリエスも内心で同感してしまう。メリオのカードはどういう状況下なら輝くのか、全く想像できなかった。


(これはー、実践を繰り返して私自身がコツを掴んであげるべきですわね。メリオさん単独だと番犬に勝つのは難しいと思われます)


 誰かと組んだほうが、メリオは強くなると思えた。しかし、どう組めばいいのやら、アリエスには思いつけないでいる。


「リンさんとギンさんは、お二人いるように見えますが、本当はお一人なんですよね?」


「うん」「そうだ」


「カードの枚数は、どうなっているのでしょうか」


「一枚だけだよ」「一枚しかない」


「え? 一枚だけなんですか???」



・『ジキルとハイド』

「番犬に襲われても、ギンだけは生き残るんだよ」「切羽詰まった状況下で、愛嬌や建前など、要らんだろう」



「つまり、リンさんを犠牲にしてギンさんだけが確実に生き残る、というスキルなんですね」


「ギンもやられちゃったら大変だから、守ってあげてね」「リンがやられた時点で、私は番犬ではないと証明できるぞ」


 重要なことを言っているのだが、二人同時にしゃべるため、なんとも聞き取りづらい。リンを失った時点でギンの潔白が証明される仕組みのようだが、リンを失った時点でギンの使えるカードは一枚も無いことになる。残されたギンを守るために、誰かが余分にカードを使用しなくてはならない状況を考えると……これもなかなか扱いに困るカードだった。


「メリオさんは、リンさんとギンさんにボロボロに負けてしまったそうですが」


「だって、どうやって勝てばいいんだよ! ボクが番犬になってリンを襲っても、ギンは残ってるんだよ! 絶対にギンがボクの正体を言い当てるじゃん!」


「ああ……それは勝てませんね。ですが、メリオさんがずっと番犬であれば、ずっとギンさんに言い当てられて番犬が負けることになりますから、それで高い階層まで上っていけますね」


「リンとギンが番犬の場合、ボクはどうすれば勝てるのさ……。スケープ・ゴートは自爆カードだし、白黒ヤギさんは、二人で一人の意思を持つリンとギンには効果がないんだ」


「うわあ……。つまり、メリオさんとリンさんとギンさんの三人だけで、魔王様のもとへ向かうには、完全なる運任せになってしまうのですね」


「その運が尽きて、こんな下層まで落ちちゃったんだよぉ」


 絶対に勝てない相性というものがあるのだと、アリエスは学んだのだった。



 アリエスはオーランドに、三階の案内を頼んでみた。ところが、二階と大して変わらないだとか、今度は他の人に頼んで交流を図ってみろだとか。オーランドは厳つくて堅物そうな雰囲気をかもしだしているわりに、今日も上の階へ這い上がるやる気が、あんまりないように見えた。


「わかりましたわ、オーランド様が番犬ですわね!」


「あんた、言いなりにならない男にはすぐに番犬のレッテルを貼ってくつもりか? 怪しいな。あんたこそ番犬なんだろ、ああ、人狼だっけか?」


 廊下の壁に背中を預けて、完全に歩く気配のないオーランドに、アリエスは薄紅色の眉毛を寄せた。そこへ近づいてきたのは、ギンとリン。鏡映しのごとく容姿が似ている二人が、一切の足並みを崩さずに近づいてくる様子は、少々不気味に映った。


「やっほー! アリエスちゃんだっけ? 仲良くしたいからお話しよう!」「お前のことがわからんから、知りたい。初対面ゆえ番犬かどうか判断しづらいからな」


 少年二人は同時にしゃべりだすから、何を言っているのか大変聞き取りづらい。アリエスは少し考え、オーランドを見上げた。


「オーランド様、私ではお二人同時とお話するのは難しいかと思います。リンさんかギンさんのうち、どちらかをあなたにお任せしたいのです。あわよくば、どなたが番犬であるかを判断できるかもしれません」


「んー……それじゃあ、リンのほうを預かるよ。建前や愛嬌はリンが担当してるから、一緒にしても疲れないんだ」


 それはつまり、ギンは本音でぶつかってきて礼儀も愛嬌もあったものではなく一緒にいて疲れるから、という意味だろうかと、アリエスは肩をすくめた。


「ヤツは気乗りがしないと、やる気さえも出ないぞ。案内ならば私がしてやろう」


「あ、はい。よろしくお願いいたします、ギンさん」


 こうして彼女は、自分よりもずいぶんと小柄な少年ギンの案内のもと、三階を探索した。どこもかしこも綺麗な純白の素材で輝いており、だんだんと、蜘蛛の巣ではなくて繊維素材が紡げる繭なのではと思えてしまう。


「この部屋は私のだ。鍵は夜にしか掛からないが、勝手に入られると少し困る」


「入りませんよ。私は番犬ではありませんから」


「どうだかな」


 ギンが歩きだすので、アリエスもついて行く。


「最初に重要なことを言っておく。私は嘘は言わないぞ」


「はい?」


「リンは嘘がつけるが、私は『本音』の部分だから偽れないのだ。私の言っていることは、全てが真実だと思え」


「もしもギンさんが番犬ならば、その正体を隠したいと思うのが本音になりますから、やっぱり嘘はつけると思います」


「それでも、私は本当のことしか言わない。私への質問の仕方を、よくよく考えておくんだな」


 では、とアリエスは何も考えずに尋ねてみた。


「あなたは番犬ですか?」


「違う」


「番犬は我々を騙したいのが本音ですから、違うとお答えするのは当然でしょうね」


「私は番犬ではない」


「質問を変えます。私を番犬だと思っていますか?」


「思っていない」


「その答えも、あなたが番犬であった場合は、参考になりません」


 ギンが黒い双眸を細めた。


「お前は私を番犬だと思うか?」


「わかりません。ですがもしも今夜、番犬があなたを襲ったら、リンさんだけが犠牲になってギンさんだけが残りますから、ギンさんが潔白であることが証明されてしまいます。それは番犬側にとって、不利になる状況だと思うんです。番犬は番犬であると証拠を突きつけられたら負けなんですから、ギンさんが潔白ならばその他の方々が疑われて、番犬さんが見抜かれる確率が上がってしまいます」


「ほう、よくわかっているではないか。お前が番犬ならば、私を襲わぬようにな」


「うーん、でもですよ、ギンさんは厄介そうですから、早めに二回襲撃して、リンさんとギンさんの口を封じることも番犬さんは考えるかもしれませんね」


「そうだな。私のスキルは、ゲームの参加人数が多いほど役に立たなくなってゆく。そして、私は本当のことしか言わない。質問の仕方をよく考えておくんだな」


「だから、そんなことしたって意味がないんですよ。あなたが番犬だった場合、偽りたいのが本音になるんですから」


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人狼聖女 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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