第03話   騎士様と聖女のスキルカード

「階段なら、そこから見えるアレだよ。俺はしばらく上らないけど」


 肩越しに親指で示された階段は、幅が広くて段差も浅く、これなら疲れて足が重くても上っていけそうだと思った。


「この一階だけなんだ、番犬がいないのは。俺はしばらく、この平和な場所で休憩したい」


「ここにいたって、外には出られないのでしょ?」


「うん、まあ。自由になるためには、最上階に行って魔王をどうにかするしかないらしいんだ。世界中が何かを期待して送り出した勇者たちは、こんなところでずっとずっと、腹も減らず歳も取らずに、戦い続ける地獄に落ちてるってわけだ」


 ハァ、と再び甲冑が鳴るほど深く肩をすくめた。


「あんたも、気の毒にな」


「オーランド様は、まだここでお休みになりますか? 私、上の階に行ってみたいです。魔王様にお会いせねば。絶対にここへ来るって、約束しましたの」


「何度も言わせないでくれ」


「では私一人で、ちょっくら見に行ってまいりますわ」


 迷いなく階段へ駆けてゆく少女に「待てよ」とため息混じりに声がかかった。


「俺はこれでも現役を名乗ってる騎士なんだ。淑女の護衛に名乗り出ずには、いられないな」


「意外とキザな御方ですわね」


「俺が番犬になっちまっても、容赦はするなよ」


「うふふ! ワンちゃんになっても、掴まえれば済む話なのでしょう? どちらか一方に首輪を付けて、一緒に三階まで行きましょう、騎士様♪」


「わくわくできるのも、今のうちだよ」


 騎士オーランドの足取りは重く、階段に至っては着込んだ甲冑がガシャガシャ鳴ってばかりで、なかなか進まない。


「二段くらい飛ばして上ってくださいな」


「やっぱり、もう少し休憩したいな〜」


 と言いつつ、二階まで上ってきてくれた。広かった一階と違い、部屋数があるのか扉がたくさん見える。


 アリエスの体から勝手に紋様が浮き出して、消えた。代わりに現れたのは、頭上に浮遊する三枚のカード。裏も表も同じ柄で、なんとなく紋の形に見えなくもない。


(魔法紋が、カードに変わった?)


 どういうことかと、オーランドに振り向くと、彼の頭上にも三枚のカードが浮かんでいた。


「一つの勝負に、全てのカードはたったの一回しか使えないんだ。たとえ自分が日常的に使ってる特技であってもね」


「三枚しかないのに、これで戦えますの?」


「頭をよーく使うと、一枚でも勝てるみたいだよ。ちなみに、これが俺のカード。三枚あるよ」



・『シールドバッシュ』

「盾をどこかで落としちゃってて、今は持ってないんだけど。代わりに、一回だけガントレットで物理的に番犬から守るよ」


・『一刀両断』

「剣を上の階層にある自室に置きっぱなしにしちゃって、今は持ってないんだけど、剣で相手のスキルカードを切断して、使えなくできるよ。剣がないから、物理的に手でパキッとやるね」


・『不屈の鎧』

「俺を襲いに来た番犬は、スキルカードを一枚失うよ。番犬は正体を隠して仲間っぽく振る舞ってくるから、不自然なタイミングでカードが無くなってる人は番犬かもしれないね」



「以上が俺の持ってるスキルカードだよ。あ、一日に使えるカードは、昼間と深夜の二枚だけなんだ。あんまり勝負を長引かせると、手持ちのカードが無くなって番犬に負けちゃうから、そこも注意してね」


「昼間と、深夜で、二枚も……。早めに勝負を決めようと焦ると、一枚も無くなってしまいますわね。そうなったら、鈍器か拳ですの?」


「そういうことする人もいるけど、みんなからすっごく嫌われるよ。暴れるヤツはみんなで縛り上げて、部屋に閉じ込めてる」


「あらら、対人関係も重要視されますの。難しいんですのね」


 いざとなったらオーランドを何かで殴って気絶させる手も、使えなくはなさそうだと思った。


 ふと、白い魔王城に黒いモヤが現れて、二人の周囲を漂い、消えた。


「……魔王はいったいどこから俺達を見張ってるんだろうな。さっきの黒い煙が、『番犬のもと』。これに取り憑かれた人が番犬になるんだ」


「私かあなたが、たった今番犬になったんですのね?」


「そうだね」


 オーランドの薄紅色の虹彩が、鋭くアリエスを見据えた。


「俺は君が番犬だと思ってるよ。だから君に襲われるのを防ぎつつ、君のスキルを全部封じなきゃ、一緒に三階へは上がれない」


「私はあなたが番犬だと思いますわ。私のスキルは、えーっと、どこに説明が書いてあるのやら」


「スキルは君の分身だ。効果の程は、なんとなくの感覚でわかると思うよ」


 そう言われても、アリエスは初心者である。じっとカードを観察し、何かビビッとくるものはないかと、待ってみた。



・『炎の守り』

「対象のカードを一枚燃やせますわ」


・『断食回避』

「つまみ食いをするために、別室へ移動できますわ。何かの危機を脱するときに便利かもしれません」


・『軟禁生活』

「対象者一人を、翌日の丸一日お部屋から出しませんわ」



「それじゃあ、俺は自分のスキルカード『一刀両断』を使うよ」


 オーランドのカードのうち一枚がぼろぼろと朽ちて、アリエスのカード『炎の守り』が、オーランドの手元へと移動して、ビリッと破かれた。


「ああ、私の『炎の守り』が~」


「危ないカードが一枚あったから、さっそく『一刀両断』で斬らせてもらったよ。今は素手だけど。カードは早めに使うか、それとも温存するか、よーく考えるんだ」


「私は今日中に、絶対にカードを使わなければなりませんか?」


「明日でも明後日でも、手元に置いてて大丈夫だよ。君が番犬にやられたら、なんのカードも使えなくなるけど」


「あなたは今ここで私を襲いますの?」


「俺は番犬じゃないから襲わないけど、番犬は深夜になると絶対に襲ってくるし、襲撃をもろに喰らった人は負けちゃうから、身を護るカードを保温しておくのもテだね」


 さっきよりもずいぶんと元気な顔になってきたオーランドが、軽いため息をついた。


「俺は今日、カードを使っちゃったから、もう何もできないよ。深夜になったとき、使えそうなカードがあれば使うかもしれないけどね」


「勝負って、けっこうお時間がかかりますのね~。って、ちょっと待ってくださいな、今夜中にあなたをなんとかしないと、翌日には私が番犬に襲われて負けてしまいますわ」


「まあ、負けても一階に落とされるだけだから、たいしたペナルティじゃないんだが、勝ちたいんなら、なんとかするこったな」


 たいした事がない、そう言われるとなんだか甘い話な気がして、アリエスは不信感が湧いてしまう。


「本当に? 負けても、ただ一階に戻されるだけですの?」


「うん。スキルカードも復活して、全部が手元に戻ってくるよ。勝っても負けても、今回の勝負は君にとっていい練習になるんじゃないかな」


 オーランドが両腕を組んでみせた。


「俺は騎士道の精神に則って生きてるから、無抵抗な女性を殴ったりはしない。君が襲ってきたら抵抗するけど。信じるか信じないかは、君に任せるよ、どうする? 君もカード使う?」


「この階層の案内をお願いしますわ。新参者ですので、右も左もわかりませんの」


「ん、わかった」


 彼がどれほどの紳士か、試す意味も込めていた。


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