神棚の招き猫

黒月

第1話

 私が3歳のころ、母方曾祖父が亡くなった。曾祖父は叔父宅の離れで一人で生活しており、その前日まで日課の庭仕事をし眠るように逝ったという。99歳の大往生だった。

 

 私自身はこの曾祖父にあまり思い出はないのだが、一つだけ今でもハッキリと覚えていることがある。

 曾祖父の葬儀も一段落したころ、その住まいを片付けるために祖母、母と叔父宅を訪ねた。手伝いなどできるはずもなかったので「邪魔にならないように遊んでいなさい」と言われ、曾祖父宅に積まれた古新聞の山から裏の白い広告を引っ張りだしひたすらお絵描きをしていた。

 

 「にゃんこ、にゃんこ」

 急に私が立ち上がり、神棚を指差す。ちょうど神棚の片付けをしていた祖母と母は首をかしげた。

 「にゃんこがいるよ」

 「あぁ、これ」

古ぼけた神棚の奥の方に小さな招き猫があった。曾祖父は神社のお札の他、小さな達磨や招き猫等も神棚に祀っていた。

 「これは招き猫といって幸せを呼んでくれる縁起物。でももう神社に持っていって供養してもらうんだよ」

祖母が説明する。しかし、私はどうしてもその招き猫が欲しくなってしまった。20cmくらいの埃を被ったそれに何故か惹き付けられてしまったのだ。

 「招き猫と遊びたい。それ、欲しいな」

 私の懇願に祖母も折れたのか、埃を払って手渡してくれた。静かに遊んでいてくれたらいい、と思ったのだろう。


 結局私はその後ずっと招き猫と遊んでいた。ぬいぐるみやお人形遊びの感覚で、ずっと抱き抱えて歩いていたらしい。



 そして、帰宅したその晩は招き猫を抱いて寝たのだが悪夢を見た。


 夢の中で私は自宅にいた。しかし、家のなかは暗く、家族は誰もいない。窓から外を見るが、見たこともない不気味な暗さをしている。常に家族が誰か家にいて一人で留守番などした事のない私には恐怖だった。家族を探し回るが、一向に見つからない。家族の名前を呼び、一部屋一部屋見て回るが答えはなく静まり返っている。

 誰もいない、暗い家で私は途方に暮れた。だが、ここでずっとこのままでいるわけにもいかない。意を決して外に出ることにした。

思いきって玄関の引き戸を開ける。


 すると、そこにはあの、招き猫がいた。大きさは昼間遊んだあの招き猫に違いないが、その目がまるで人間のような生々しいものになっていた。

 招き猫は私を家から出さないかの様にそ

の目で睨み付ける。昼間の招き猫からは感じられなかった恐ろしさを感じ、私は立ちすくんだ。


 翌朝は寝汗をびっしょりかいて目覚めた。枕元の招き猫は変わらずその場所にあり、目も筆で描いた目のままだったことに安堵した。

 朝一番に招き猫を持って祖母の部屋へ行き、供養に出してくれるよう頼んだ。祖母はあれだけ気に入っていたのに、といぶかしんでいたが、もうそれで遊ぶ気にはとてもなれなかった。

 仮にも神棚に祀られていたものをおもちゃにしては行けなかったんだ、と幼心に感じたのを今でも覚えている。

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神棚の招き猫 黒月 @inuinu1113

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