夜更けの風景

 若い兵士は落ち葉をみしめながら、ひたすらに歌声のする方へと進んでいた。小枝を折り、つたを引きちぎり、あるいは蜘蛛くもの巣を払いなどして自分の道を切り開いて行く。年輩の兵士はその後に従って、作られた道をただ歩く。


 歩きにくい道なき道の中。視界を照らすのは木々の間からもれてくるわずかな月の光だけ。そんな不安定な明かりを頼りに黙々もくもくと歩き続ける。


  月だけが見てる 月だけが……


 歌声はだんだん大きくなり、もう歌詞まではっきりと聞こえている。


「近いな」


 若い兵士はつぶやいて、視界をさえぎっているいばらつるを引きちぎる。すると、突然、視界が開け、流れる川が目に飛び込む。


 若い兵士が草むらの中から川沿いの道に抜け出すと、川下に向かって歩く二人の子供の姿が見えた。若い兵士は、早足はやあしで二人の子供に近付くと、後ろの方を歩いている少女の肩に手をかける。


「きゃっ!」


 強引に引っ張られて、ルティアが驚いて声を上げた。それに気付いたシェサも慌てて振り代える。


「子供二人だけで、こんな夜遅くになにをしてるんだ? おまえ達、メティエの子供だろう」


 若い兵士はそう言って、お目当ての獲物えものを見つけたと、にやけた笑みを浮かべた。シェサは相手の顔を「キッ」とにらみつける。


「ルティアから手を離せよ!」


 シェサの言葉に、若い兵士は手を離すどころか、むしろ面白がってルティアのえりかられているスカーフをつかんで彼女を宙に釣り上げる。シェサがそれを見て助けようとした時、ルティアは宙ぶらりんのままで、思い切り兵士をり付けた。


「離しなさいよ! あ、あたしは歌の精よ! 人間のくせに妖精ようせいに逆らうつもりなの⁉︎」


 すると、ルティアの体が金色に輝き、彼女の周りに強い風が巻き起こる。若い兵士はルティアから手を離して後ろに吹き飛んだ。


 しかし、彼はすぐに立ち上がると、足元に落ちていた銃を拾った。


「何が『歌の精』だ。謀反人の分際で! 俺は国王陛下こくおうへいかの正規軍の兵隊様だぞ!」


「なにが王よ! ただの人間じゃない!」


 ルティアは相手をまっすぐに見つめて言い放つ。


「貴様!」


 若い兵士は、敬愛けいあいする王を侮辱ぶじょくされて怒りに打ちふるえながら、銃口をルティアに向けた。


「よさないか!」


 年輩の兵士は、すきをついて若い兵士に近付くと、その手から銃をうばい取る。


「冷静に考えて見ろ! こんなみょうな服はメティエの物じゃない。もし、本当に妖精だったらどうする気だ?」


「どうって……」


 若い兵士は反抗的な目で見返すが、年輩の兵士はさとすよう言葉を続けた。


「いいか。妖精を殺したばかりに、神々の怒りを買ってつぶれた国もあるんだぞ。もしそんな事になったら責任を取れるのか?」


「……って! あんな子供の言う事を信じる気ですか⁉︎」


 若い兵士は、納得できないとばかりに言い返す。しかし、年輩の兵士はそれには答えず、もと来た方に向き直る。


「焚き火を消してないんだ。早く戻らないと、山火事にでもなったら大変だ」


「やっぱり、あんたは反逆分子はんぎゃくぶんしだ!」


 若い兵士は、年輩の兵士の背に向かって叫ぶが、相手は振り返ろうともしない。今なら子供を捕まえる事ができるかもしれないと若い兵士は考えるが、年輩の兵士の言った事が頭に引っかかる。そして、悩んだ末に、年輩の兵士の後に従う事にした。

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